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相手にガチラブレターを書かないと出られない


「が、ガチラブレター……?!」
「まじかよ……」

 絶句するあたしとレノの言葉だけが、真っ白い空間にこだまする。最初から最後まで三回読んだけれど、壁に現れた文字は一文字も変わらなかった。ガチ? ラブレター? 誰が? 誰に? 混乱するあたしをレノはチラリと見てから、大きなため息を漏らした。大きくて、しかも長い。肺の中にある全ての空気を吐き出するようなそれに、思わず眉間に皺が寄った。え、なに?

「仕方ねーな。……オレが書く」
「れ、レノのラブレター……」
「言っとくけど書くだけだからな。おまえには絶対ぇ見せねえ」
「う、」

 見たくない! と叫んでもよかったけれど、ちょっと気になるのも事実だった。あたしの知らない、あたしとレノの関係。記憶をなくしたあたしのことを、レノはまだ好きだと言うから。そりゃ、ラブレターくらい、書けるのかもしれないけど。
 レノが小部屋へと歩き出す。連弾をした後にこの大きな部屋に戻ってきてから、あの小部屋には再び鍵がかかってしまっていたけれど。多分もう鍵は開いているし、部屋にはテーブルと便箋が用意されているに違いない。がちゃりと扉を勢いよく押し開けたレノに続いて、あたしも後を追おうとしたので、突然立ち止まったレノに思い切り顔からぶつかってしまった。ちょ! 鼻! 痛いんですけど! 文句を言おうと見上げた先、レノが真顔であたしを見下ろしていたので、思わずひいっと息を呑んだ。え、こ、こわ!

「いいか、この部屋には、絶対に、入るな。なにがあっても」
「な、なにがあっても……?」
「ああ。敵が現れようが出口が開こうが、勝手に、入るな……わかったな?」
「り、リョーカイ、です……!!」

 瞳孔の開いた眼で凄まれ、思わず敬礼姿勢をとってしまう。じろり、とあたしを上から下まで眺めたレノが、無言で扉をパタンと閉めた。こっわ! なにいまの! こっわ! ぶるり、と震える身体を抱きしめて、目覚めた時に横たわっていたソファへと戻る。ぼふん、と腰を掛けて、膝を抱えて丸まった。たぶん敵は現れないし、どうせ部屋の扉だって空きはしないのだ。指令はふたつ目、あと三つも残っている。体力温存のため、うとうとしてたって文句はあるまい。襲いくる睡魔に抗わず、ゆっくりと目蓋を閉じる。部屋から出てきたレノに起こされるまで、あたしは夢の世界を旅することにした。



***



「はー、マジ、なんだよ、ラブレターって」

 樫の木でできた立派な書斎机に突っ伏すと、インクの香りがふわりと鼻をついた。先程のピアノは姿を消し、その代わりに重厚な机と椅子が部屋の中央に設置されていた。卓上にはペンやインク、引き出しには色とりどりの便箋が丁寧に仕舞われており、これを使って書けと言わんばかりに存在を主張している。とりあえず真っ白な便箋と黒いペンを用意してはみたものの、全く筆が進まない。

「つーかなんでオレが、ラブレターなんて」

 チッと舌打ちを零しても、現状は全く変わらない。仕方ない、書くしかねえか。ペンを握りしめて、隣の部屋で待っているアイツのことを頭に思い浮かべる。柔らかく揺れるアッシュブロンドの髪と、引き込まれそうなほど深いエメラルドの瞳。心臓がズキリと痛んで、思わず胸元のシャツを握り締めた。たった一度。一度だけ、彼女にラブレターを書いたことがある。書いただけで、贈ることはしなかった。できなかった。あいつはもうオレの前から姿を消していたから。それでも溢れ出るこの想いをどうにかして伝えたくて、つらつらと愛の言葉なんぞをしたためたのだった。届くはずのない言葉を書く連ねるほど、辛く切ないこともないだろう。この手紙とてそうだ。これはアイツに渡す気がないし、見せるつもりもない。さりとて、『ガチ』とまで言われてしまえば、中途半端なものではクリアしたことにはならないだろう。アイツに伝えたいこと。いまのアイツに、届けたい想い。ペンを持つ。ペン先が震えた。なあ、おまえ、いつになったら思い出すんだよ。いつになったら、ここに、オレの隣に戻ってくるんだよ。左上、とっくの昔に見慣れた名前を書いて、そうして、一つ息を吐き出した。

「……そうか」

 目蓋を閉じる。怒ったような顔、戸惑った顔、真っ赤になって照れる顔。そういえばあいつ、再会してから笑ってねぇな。それでもいいか。オレのことを忘れてしまっても。オレのもとに居なくても。どこかで生きてれば。生きて、笑っていてくれたら。

「なんだ、簡単なことじゃねえかよ」

 ふ、と笑う。さらさらとペンを走らせて、最後に自分の名前をしたためた。それを丁寧に折りたたんで便箋に入れ、机の上に置く。きっとこの部屋から出れば、先程と同じように扉には鍵がかかるに違いない。手紙は机と一緒に消えてしまうだろう。それでもよかった。手紙が消えても、あいつに伝わらなくても、この想いが消えることなどないのだから。

「どーしてあんなやつ、好きになっちまったかね」

 ぽつりと漏らして自分で笑う。仕方ねえよな。好きになっちまったんだから。手紙を置いて部屋を出る。がちゃりと扉が閉まる音にも、ソファで丸まったカレンは反応しなかった。おいおい、ここ、一応敵地になるんじゃねえの。オレだっているのに寝ちまって、襲われるなんてこれっぽっちも考えてねえな。すやすやと安らかなその寝顔に、こちらの毒気まで抜かれてしまう。眠っている姿すら愛おしいなんて、やっぱりおまえには言えねえよ。



――愛してる。だから、死ぬな。  From RENO


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201213



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