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- ナノ -

きらきら星を連弾しないと出られない


「きらきら星を連弾しろ……?」

 壁に浮かび上がった文字を見つめて、レノが呟く。きらきら星? 連弾? どういうこと? 不思議に思ったあたしの背後で、がちゃんと鍵の開く音。目の前の大きな扉ではなく、先ほど鍵がかかっていた小部屋の扉が開いたらしい。あたしをじっと見つめてから、レノがひょこひょこと扉に近づき、なんの躊躇もなくドアノブを握った。それにどきりと心臓が跳ねる。

「レノ、罠かも、」
「んな面倒なことしてる暇があったら攫ってきた時に殺してるだろ、と」
「そうかもだけど、」
「……開けるぞ」

 ごくり、と唾を飲み込んでから、ゆっくりと頷く。レノが音もなくドアノブを回して、ゆっくりとその扉を押し開いた。一瞬の緊張。張り詰めた空気は、レノの気の抜けた声で弛緩する。

「……ピアノだ」

 レノの後ろからひょっこりと部屋を覗き込む。真っ白な小さい部屋に、ぽつんと一台のアップライトピアノが置いてあった。なるほど、この部屋には必要なものが現れる仕組みなのだろう。ツカツカとピアノに近づくレノの後ろを、一応警戒しながらついていく。敵意も何も感じないし、無駄な気配りなのかもしれないけど。部屋と同じく真っ白なピアノは息を飲むほど綺麗で、黒鍵が滑らかに光っている。試しに指を伸ばしたレノが、その白い鍵盤を一つ叩いた。ぽーん、という澄んだ音が部屋にこだまする。

「鳴るね、普通に」
「そうだな。『指令を全てクリアしないと出られない』つってたからどんなもんかと思ってたけどよ。ま、最初は楽勝だな」
「え、」

 小さく漏れた声はレノに届かなかったらしい。ピアノの前に置かれた二脚の丸椅子の、左側にレノが腰掛けた。少しよれたワイシャツを腕まくりしたので、綺麗な筋肉があらわになる。両手を鍵盤の上に乗せたその姿は、意外にも様になっていた。え、え、嘘でしょ。

「レノ、ピアノ弾けたの……?」
「弾けるってほどじゃねえよ。独学だしな」

 そうして、拙いながらもその指先から柔らかい音が生まれる。三拍子のそれはどこかで聞いたことのあるメロディーだった。なんだっけ。突っ立ったまま呆然と眺めているあたしに構わず、レノはそのままワンフレーズひきおえてからふう、と息を漏らした。お、お上手なことで……。

「ま、こんな程度だな」
「なんだっけ、この曲……」
「メヌエット。つーかお前、いつまで突っ立ってるんだよ。早く座れって」
「う、」

 そうだ。連弾しないと出られないんだった。こんな部屋でずっと、レノと二人きりなんて耐えられるはずがない。とにかくやるだけやってみようと思って、ピアノの椅子を引いて浅く腰掛けた。同じような鍵盤が、均一に並んでいる様子は圧巻だ。どこから弾いていいのか、それすらわからずに戸惑うあたしに、レノはもしかして、と眉を釣り上げた。

「……なに、おまえ、ピアノ弾けねーの」
「う、……うるさい、押せば出るでしょ、音」
「…………ドの場所は?」
「……ここ」
「それ、ファな」

 うぐ。やばい。やっぱり出られないかもしれない。硬直するあたしに、レノがはあ、とため息を吐いた。「弾けないならそう言えよ、と」なんて言うけどさ、あたし弾けるなんて一言も言ってないじゃん!

「もしかしてきらきら星も、」
「それくらい知ってる!」
「へえ? ド・ド・ソ・ソ・ラ・ラ・ソ……?」
「ファ・ファ・ミ・ミ・レ・レ・ド、でしょ?!」
「…………音痴」

 うるさい! ばしんと頭を叩くと、いって! と大袈裟に返される。そんな痛くないくせに! むすりと膨れるあたしに、レノは「悪かったって」と軽く謝罪してから、あたしの頭をぐしゃぐしゃに掻き回した。それから、立ち上がって周囲を見回す。なにを探しているんだろうか。

「ペンだよペン。おまえどこがドかもわかんねえんだろ。鍵盤に音階書かねーとなんも弾けねえ」
「はぁ?!」
「お、あったあった」

 ピアノの天板の上に手を伸ばしたレノが、黒いマジックを握ってあたしに見せつける。さっきは絶対なかったと思うけど、それ。どうやらこの部屋は、望めば必要なものが手に入るらしい。なるほど、小説でよくありそうな部屋だ。

「……よし、これでいいだろ」

 キュ、とキャップの蓋を閉めたレノが、満足そうに呟く。白い鍵盤に歪な文字で、CからHまでのアルファベートが書き加えられたそれは、まるで子どもの悪戯書きのようだった。あたしのために書いてくれたという事実が、ほんのりと胸をくすぐる。

「じゃ、行けるか?」
「は? 誰に言ってんの? 余裕だし」
「おまえなあ……」

 呆れたように言ったレノが、仕方ねえな、と苦笑する。その表情が、なんだか嬉しそうで。高鳴る胸から意識をそらせるように、目の前のドをぽん、と弾いた。部屋に響き渡る、いくつもの音楽たち。なかなか息が合わず全くOKが出ないなんて、この時のあたしは思いもしなかった。


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201213



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