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- ナノ -

12


「っ、やああぁ!」
「ほら! 踏み込みが足りないんだって!」
「っく、」

 キィン。耳を劈くような金属音。ロッドを握っていた右手がビリビリと痺れて、危うく武器を落としてしまいそうになる。振りかぶったロッドは確実にダメージを与えたと思ったのに、ザックスによって簡単にいなされてしまった。それどころか、弾かれてバランスを崩したあたしにザックスが鋭く反撃してくる。やばい、やられる。咄嗟に身体を捻って、紙一重で繰り出された蹴りを交わす。無理やり体勢を変えたせいか、背骨がぎしりと嫌な音を立てた。

「さっきから言ってるだろ、攻守の切り替え、下手」
「う、っさ、い!」
「はい、スキあり」
「うぐ、っ!」

 肩を掴まれたその瞬間に足払いを掛けられ、身体は簡単に宙を舞った。受け身も取らせてもらえないまま、ぐしゃりと地面へと押しつけられる。うぐえ、というカエルみたいな声が出て、ぶつけた肩が音を立てて軋んだ。そのまま肩甲骨のあたりをザックスの膝に抑えられ、ちっとも身動きができなくなってしまう。うぐぐ、と必死に払い除けようとしたけれど、それは全くの無駄だった。ふは、というザックスの笑い声。

「じゃ、今日も俺の勝ち、な!」
「くっそお……」
「これで通算……ん? 何勝目だ?」
「全勝でしょ。……ちょっと、いい加減重いんだけど!」
「あ、わりわり。立てるか?」

 あたしが何か言う前に、ザックスが二の腕を掴んでぐいとあたしを引き起こした。別に、あんたの助けなんかいらないんですけど。負け惜しみのようにそう言ったら、相変わらずだなあとザックスは苦笑する。そのまま右手が、あたしの頭へと伸ばされた。ぐしゃり、と髪の毛を掻き混ぜて、すぐにグローブは去っていく。もう慣れてしまった感覚だった。

「そういうときは『ありがとう』だろ」
「べつに、頼んでないし」
「お前なあ」
「はい、これ、約束のやつ」

 ポーションの小瓶を取り出して、ザックスへと差し出した。サンキュ、とザックスがそれを受け取ってぐびりと飲み干す。シミュレーションルームでのこのやり取りも、もう恒例のものとなっていた。自主練に付き合ってくれるザックスに、ポーションを渡すようになったのは二度目からだ。無償で構わないというザックスと、そんなわけにはいかないというあたしで揉めた末、負けた方が勝った方にポーションを奢る、という取り決めが交わされたのだった。悔しいことに、あたしは一度もザックスからポーションを奢られたことがない。正真正銘、全敗だった。くそう、こいつ、口は軽いくせに攻撃は恐ろしく重い。ほんっと、腐ってもソルジャー。

「あ、カレン、お前なんか失礼な事考えただろ!」
「ぜんぜん考えてませーん」
「その顔! ウソだろ!!」
「うそじゃないって。で、アドバイスは?」
「絶対うそだろ……ったく。えーと何言ったっけ?」
「攻守の切り替え」

 こうやって、組み手後に意見をもらえるのは大変ありがたい。ザックスに稽古を見てもらえるようになって、身体の使い方だけでなく、戦闘中の位置取りや相手の予備動作の見分け方などが、少しずつできるようになってきた。どれも仮想敵相手では培えない能力だから助かっている。この調子で行けば、近いうちにレノに一発入れてやることも可能になるはずだ。むふ、と頬が緩んでしまう。最近のオフィスは、いつにも増して殺伐としていた。どうやらウータイのスパイに動きがあったようで、タークスの仕事量が全体的に増えているみたいだった。新人のあたしにはあんまり関係ないけど。だから、レノとはここ数日手合わせをしていなかった。ちょうどいい、この期間にしっかり実力をつけて、次の手合わせであいつをぎゃふんと言わせてやる。

「それにしてもカレン、ロッドの使い方、良くなってきたじゃん」
「うん、だいぶ手に馴染んできたよ」

 左腰に下げたロッドを、指先でするりと撫でる。ルードに言われて特別に発注してもらったロッドは、今ではすっかりあたしの相棒になっていた。数回の改良により、より使いやすくなったそれにはマテリア穴が大量に空いている。攻撃力はそれほどではない代わりに、防御に重きを置いた武器だった。近接で隙を作って、魔法で叩く。それがあたしに合った闘い方だと、教えてくれたのはレノだった。そうだ、レノ。先日の夜、八番街で鉢合わせた時のことを思い出して、思わず眉間にシワが寄る。綺麗な女性だった。すらりとしていて、真っ赤なルージュの似合う女。その唇がレノの唇とくっついたことを思い出して、胸の奥からむかむかとしたものが湧き上がってくる。うわ、嫌なこと思い出したな。

「どうしたんだよ、急に顔、怖いぜ?」
「嫌なこと思い出した。不快。」
「なに? フラれた?」
「は? なんであたしがレノに、」
「レノ?! あいつはやめとけよ! 女遊び激しいから」

 やっぱり激しいんだ。いや、違う。べつにレノが女好きだろうがなんだろうがあたしにはこれっぽっちも関係ない。ただ、全く興味を持っていなかった同僚のプライベートを見せつけられたからこんなにも気分が悪いんだ。しかもあんな綺麗なひと、遊びで捕まえるなんてありえない。いや、でも、女側も遊びなら、それは構わない、のかな……? よくわかんない。お互いが納得していたら、それはそれでいいはずなのに、じゃあこの胸のもやもやしたものはなんなんだろう。軍事学校以外は男の人とあまりはなしてこなかった。っていうか、シスネ以外に話し相手がいなかった。だから、男の人のことがこんなにもわからないのだろうか。

「ザックスも女の子、好きなの?」
「は? 当たり前じゃん! かわいいだろ、柔らかいだろ、いい匂いもする」
「…………男ってサイテー」
「いや、こんなもんだって! お前、男に幻想抱きすぎ」

 それを言うならザックスの方こそ、女に幻想を抱きすぎじゃないの。反論しようとしたけれど、ザックスの両手が怪しい動きをしたので、感情がスンっと凪いだ。うわ。その手つき最低。わきわきと両手を握っては開くザックスを睨みつけると、なんだよ、とザックスは不満そうに唇を尖らせる。いや、ただ最低だなって思ってただけです。

「俺だってちゃんと一途なんだからなー?!」
「全然説得力ない」
「付き合った子のことすげえ大事にするし、浮気は絶対しない!」
「…………付き合うまでは?」
「それはまあ、ほら、な? お互いフリーなわけだし、」
「……やっぱサイテー」
「おま、なんだよその目! くそ、こうしてやる!」
「ぎゃー! ちょ、暴力反対!」

 ぬっと伸びてきたザックスの両手が、あたしの頭をがしりと掴んだ。そのままわしゃわしゃと掻き混ぜられて、視界が自分の髪でいっぱいになる。ちょ! 毎朝ちゃんとセットしてるんですけど! やめてよ! ぎゃあぎゃあというあたしの悲鳴もお構いなし、爆笑したザックスに思い切り拳を振るうけれど、それは楽々と躱されてしまった。くっそ! 腐ってもソルジャー!!

「ほらほら、攻守の切り替え」
「なんなの! もう! ムカつく!」
「うわ、ちょ、おま、引っ張んな、って、うお!」

 情けない声を上げて、バランスを崩したザックスがあたしの方に倒れてくる。たたらを踏んで堪えようとしたけれど、ソルジャー様の体重を一人で支え切れるわけもない。あたしとザックスは仲良く地面へと倒れ込んだ。いつのまにかあたしの後頭部に回されている、大きな手。ごつごつとしたグローブの感覚は、間違いなくザックスのもので。助けてくれたんだ、と思って顔を上げたら、その距離の近さにはっと息を飲んだ。

「っ、」

 空が。空色の瞳が、あたしを見つめていた。魔晄の目、ソルジャーの証。澄み切ったその瞳が、ぱちりと瞬きをする。次の瞬間。

「あ、わ、わりっ!」

 がばりとザックスが身体を起こした。頭の後ろに回された手のひらも、同じように去っていく。そのせいで、ごつんという鈍い音を立てて、あたしの後頭部は地面にぶつかった。痛っ! あたしが声を上げたのと、ザックスがあたしの名前を呼んだのは同時で。キッとザックスを睨みつけたその時、空から降ってきたものがゴツン、とザックスの頭に直撃した。

「い、ってェ! …………んだこれ、ポーション?」

 先ほどあたしがザックスに渡して、彼が飲み干してしまったものだ。どうやら転倒した時に空中に投げ出され、それが丁度ザックスの頭部に落ちてきたようだった。まるでコントのような展開に、お互いが頭を押さえたまましばし見つめ合う。一瞬の空白。唇の端が引きつる。湧き上がってきたそれはもう、抑えることなんてできなかった。もうむり。静かな部屋に響いたのは、堪えることのできなかった笑い声だった。

「まって、あはは、むり、ザックス、ほんと、あははっ!」
「っ、おい、カレン、笑うなよ!」
「いや、笑うでしょ、こんなの耐えられない! なんで、頭に、……ぶふっ!」
「元はと言えばお前のだろ!」
「ザックスにあげたからもうザックスのでしょ! ふ、ふふ、あははっ!」
「笑い過ぎだっつーの!!」

 頬を膨らませるザックスがおかしくて、あたしはお腹を抱えて笑ってしまう。そんなあたしを見て、だんだんと可笑しくなってきたのか、ザックスまで笑い出した。二人してひいひい涙を流しながら笑う様は、ツォンさんあたりが見たらびっくりするだろうけど。だってなんだかツボに入ってしまったのだ。笑いすぎて頬とお腹が痛い。滲んできた涙を拭って、呼吸を整えた。整えながら、またさっきの光景を思い出してしまって、ふふふ、と笑いが湧き上がる。

「おい、カレン、笑い、すぎだって!」
「ザックスだって笑ってるじゃん、ふは、」

 くすくすと笑うあたしを、口を閉じたザックスがじっと見つめてくる。なんだろう。爆笑の波が去ったのと、思った以上にその視線が真剣だったから、あたしはやっと身体を起こしてザックスを見つめ返した。綺麗な瞳が、ぱちりと瞬きをする。聞こえてきた言葉は、予想外のものだった。

「お前、そうやって笑ってた方がいーよ」
「え?」

 目を見開いたあたしに、ザックスがにっと笑いかける。

「お前、いつも眉間にシワ寄せるだろ? こえーってあれ!」
「余計なお世話、」
「笑ってた方がかわいいよ、カレン」

 はい、と立ち上がったザックスが手を差し伸べてきたけれど、混乱したあたしはそれをただ見つめることしかできない。待って、今なんて言われたの。か、わいい、って、なに。なんなの。こいつ、いったい、なに言って、

「ほら、いつまて座り込んでるんだよ」
「じ、自分で立てるし、っ」
「そーやってすぐツンツンすんじゃなくてさ、素直になれよ」

 な? なんて言いながら、手を差し出したまま小首を傾げるザックスに、思わず言葉を飲み込んでしまう。素直になる、ってなに? 素直って、どうすればいいんだろう。そんなこと、今まで一度も言われたことがない。誰も教えてくれなかった。意味がわかんない。困惑するあたしを、ザックスは楽しそうに見下ろすだけだ。ほら、とでもいうように、グローブに包まれた大きな手のひらが揺れる。この手を、掴んでもいいのだろうか。少しだけ、迷ってから、おずおずと手を伸ばす。あたしがそれを掴む前に、あたしの手を捕まえにきたザックスががしりと手を握り、あたしを引き起こしてくれる。力強い、手のひらだった。

「お前、軽すぎ。もっとちゃんと食って筋肉つけねーと」
「う、るさ、い、頼んで、ないし、」
「だめだめ、ほら、素直になれって!」

 起こしてやっただろ? なんて言うものだから。感謝の言葉を伝えるのはなんとなく悔しいけれど、そんなことができないほど子どもだと思われるのも癪だった。きゅ、と結んでいた唇を、ゆっくりと開く。たった五文字の言葉。それがこんなにもこそばゆいものだとは、思いもしなかった。

「…………あ、り、がとう」
「ふは、どーいたしまして!」

 お前、声ちっせぇな! なんて笑うザックスの笑顔がどうしてか眩しくて、あたしは目を細めてしまう。ありがとう、って、あんまり言ったことなったな。だからだろうか、胸の奥がじんわりとあたたかくなるのは。ありがとう。声に出さないように、もう一度だけ囁いてみた。それはたしかに、あたしの胸の奥を小さく震わせたのだった。





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