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「#エロ」のBL小説を読む
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- ナノ -

04


「はぁ? 嘘だろ」
「聞こえなかったのか? もう一度言おう。八番街の警備にはお前もついていけ、レノ」

 オレをじっと見つめた主任は、「以上だ」と述べてからまたディスプレイに視線を戻してしまった。主任のデスクの前、オレの隣に立つカレンが、居心地悪そうに身動ぎする。タークスの初任務は八番街の警備だと決まっている。オレもそうだったし、オレの後に入ってきた奴らも例外なくその任務を全うしていた。この生意気な新人も例に漏れず、のはずで、実際にそうなりそうだが、しかし、予想外の事態である。オレが? ついていく? なぜ? 疑問は顔に出ているだろうが、主任はそれをあっさりと無視した。八番街での異常事態に備えているのならまだわかる。ただ、そういった事案は前もって全員で情報を共有しているはずだ。それがないということは、つまり、本当に、ただ、カレンと共に警備をしろというわけだ。この場合、オレは警備というよりも、見守り要員ということなる。は? わけわかんねェ。

「お断りだぞ、と」

 そんな暇はない。そもそもこの新人教育という名の子守りだって、進んで引き受けたわけではないのだ。持っていたタスクが減るわけもなく、今日一日仕事は滞ったままだ。いや、午前中の訓練は、あれは、まあ、オレが勝手にやったことだけれど。午後だって、隣にこいつがいるせいで全く仕事に身が入らなかった。別にこいつが何か足を引っ張ったというわけではない。最低限の作業はできるようだし、要領も悪くはなさそうだ。めちゃくちゃにデキるというわけではないが、思ったほど悪くはない。まあ、それなりに、というわけだ。それでも、今まで誰もいなかった隣の席が埋まっていて、そこに座った新人が「これでいいの」「できたけど」「ねえこれは?」と一々声をかけてくれば、集中することなどできるはずもない。ただでさえ億劫なデスクワークなのに、これではなにも捗りはしない。それに加えて、今度は外で子守だって? オレはベビーシッターじゃねえ。冗談じゃないぞ、と。

「今日が締め切りの仕事はもうないだろう? そのまま直帰して構わんぞ」
「そうは言っても、主任、」

 直帰したところで、溜まった書類が消えるわけではない。さらに文句を連ねようと口を開いたが、ヴェルド主任の瞳がオレを貫いたので言葉に詰まってしまった。見透かすような瞳。深い色をしたそれに、一瞬たじろぐ。ひとつため息を零した主任は、「ツォン、」椅子を回転させて、副主任の方へと向き直った。端末を操作していたツォンさんが、返事をしながら顔を上げる。しっかりとこちらの会話を聞いていたのだろう。凛とした表情の中に、この場を楽しむような雰囲気。目が笑っている気がした。おいおいおい、なんだよ。嫌な予感。

「どうやら、レノがお前の仕事をやりたいらしい。すまないが、今からカレンと八番街に、」
「オレが行きます。行くぞ、新人」
「え、あ、はい」

 すぐさま踵を返したオレを見て、慌ててカレンが主任に一礼する。ツカツカと自分の席に向かい、机の上の端末をポケットに突っ込んだ。積み上がった資料は見ないふりをする。デスクの上を片付けているカレンを置いて、足早にオフィスを後にした。プシュウ、という扉の閉まる音に、重なるように、ため息。頭を振ってから、近くの壁に寄り掛かった。いやいや冗談じゃねえよ、ツォンさんの仕事が回ってくるとか、地獄か。くそ、してやられた。今頃オフィスでツォンさんたちに笑われているに違いない。むすりと口を結んで、カレンが来るのを待つ。それにしても、小さいガキじゃあるまいし、保護者つきとは、少々過保護がすぎるのではないだろうか。街のチンピラ程度ならば問題なくノしてしまうだろうし、一体何が目的でオレをつけたのか。主任のことだ、どこかに意図があるはずだが。考えたところでわからないものは、考えても仕方がない。くそ、カレンにひとこと言わないと気が済まない。お前のせいでこっちは散々な目に合ってるぞ、と。プシュウ、と再び扉の開く音。不満をぶつけようと開いた唇は、彼女の表情を見た途端に固まってしまった。伏せられた目、下がった眉。申し訳なさそうな顔に、ぐ、と息が詰まる。いや、別に、おまえにそういう顔して欲しいわけじゃ、

「お待たせ、しました」
「……なんつー顔してんだよ、と」
「う、だって、」
「…………はァ。ほら、行くぞ新人」

 パシリと頭を叩いて、歩き出す。間を置いて、オレを追いかけてくる足音。控えめのそれが妙に気になって、ガシガシと頭を掻いた。あーくそ、なんだ、調子狂うな。やっぱオレ、こういうの、向いてねえよ。ため息は必死に飲み込んだ。



***



「は? おまえ、八番街来たことねえの?」

 素っ頓狂なオレの声に、カレンは複雑そうな表情で口を噤んだ。帰宅ラッシュの時間だからか、噴水広場は人々が行き交っていて忙しない。端の方に突っ立っているオレたちはさぞ人目を引くことだろう。それでも、誰一人としてこちらを凝視しないのは、オレたちの服装が服装だからだった。闇夜に紛れる黒いスーツ。ミッドガルに住む人ならば、よく知っている言葉。「悪い子はタークスに連れて行かれるよ」子どもを叱るときの常套句らしいが、なるほど、どうやら大人にも効き目があるらしい。意識は向けられていても、視線が合うことは一度もなかった。不自然に避けられるのも、とうに慣れたものだが。どうやら隣の新人はそうもいかないようだった。所在なさげにそこに立つ姿は、華やかな八番街からは少し浮いている。姿勢はいいのに、どこか挙動不審な様子も、なるほど、初めてここを訪れたのならば、わからなくはない。

「ほとんど、家と、寮から、出たことないから、」
「あー、神羅の寄宿舎か」

 神羅軍事学校は壱番街プレートの上にある。神羅ビルのある零番街からほど近く、敷地内には大規模な訓練場からセキュリティのしっかりとした寄宿舎まで、様々なものが併設されている。壱番街には他にも神羅の主要施設が数多く建てられており、一般市民の立ち入りが制限されてる箇所も存在する。武器の生産ラインを確保するための巨大な兵器工場から始まり、飛行機やヘリコプターなどの製造所、それから、アブナイものを保管する大型倉庫など。オレたちの社員寮もそこにあるが、しかし、どこか殺伐として温かみに欠ける場所であることは確かだ。実際、壱番街プレートの社員寮は空きが目立っている。人気なのは七番街あたりだったか。ああ、思考が逸れた。まあつまり、壱番街ほどクソつまらねえプレートも、そうそうないというわけだ。

「出かけることくらいあったろ。壱番街じゃ買い物もできねえし」
「別に、ネットでどうにかなるから」
「いや、トモダチと遊びに行くとか、ねえの。デートとか」
「は?」
「つーか、おまえ、どこに住んでんの? 壱番街の社員寮?」
「……アンタに関係ない」

 軽蔑したような視線に閉口する。おい、言っておくけど変な意味じゃねえからな。ただの雑談だろ。おまえ、本当ノリ悪いっつーか、冗談通じねえよなあ。むすりと口を結んだカレンから視線を離し、また目の前の光景を視界に映す。なるほど、確かに、ヴェルド主任の采配も、まあ、わからなくはない。家と寄宿舎からロクに出たことのない女が、この八番街にポンと放り出されるのは、少々気掛かりだろう。過保護と言ってしまえばそれまでだが、しかし、なにも知らない状態で“警備”もなにもあったものじゃないことは確かだ。はあ、とため息を吐き出すと、隣に立つカレンがぴくりと反応した。そういうことか。主任の考えを潔く理解した。つまり、この、なにもわかっていない箱入り娘に、プレート上のことをいろいろ教えてやれ、ということだ。“いろいろ”には、多分、プレートごとの建物の配置や、逃走経路、チェックすべき怪しい店、ブラックリストに載っている人間、という仕事のことだけでなく、例えば仕事を終えた会社員のグループが、居酒屋でどのように過ごしているのか、とか、待ち合わせた恋人たちがどんな会話をしているのか、とかそういう、人間関係の営みを教えてやれ、ということだろう。おいおい、これじゃあマジで子守じゃねえか。オレはまだ親になった覚えはないぞ、と。

「……平気だから」
「あ?」
「一人で、できるから。アンタは本社に帰って仕事でもすれば」

 ツン、と澄ました顔で、カレンはそう言い捨てた。頭二つ下で揺れる彼女の髪を見つめたけれど、視線が交わることはない。オレが一日書類仕事を進められていなかったことに気づいていたらしい。そして、どうやらその原因が自分にあると思っているようだった。その上、多少なりとも、それを申し訳ないと思っているらしい。桜色の唇が、僅かに尖っている。へえ、なんだおまえ、可愛いとこあんじゃん。唇の端を釣り上げる。こちらを見ていないカレンは気づかなかったけれど。仕方ねえな。指導係として、この世間知らずのお嬢様にいろいろ教えてやるとしよう。報酬はあとで主任から直接もらうとしますかね。教育手当くらいは出るだろ。

「ひよっこを置いて帰るほど、オレは薄情な先輩じゃねえぞ、と」

 バッと、勢いよく顔をあげたカレンの瞳が揺れていて、一瞬息を飲む。深いエメラルドがオレを真正面から見つめてきて、どくりと変に心臓が跳ねた。縋るようなその視線は、すぐさま伏せられる。な、んだ、今の。瞬きをしたけれど、カレンの表情は窺えなかった。なんだよ、調子狂うな。それでも、組まれた彼女の両手が忙しなく動いているから、彼女の心中が察せられて苦笑が溢れる。素直じゃねえやつ。そのふわふわとした癖毛に、ぽん、と掌を置く。

「八番街、案内してやっから。ちゃんとついてこいよ、新人」

 行くぞ。俯いたカレンにそう声をかけて、一歩踏み出す。と、後ろから聞こえてきた不満そうな声に、思わず振り向いた。眉間に寄った皺、先ほどよりも尖った唇。深いエメラルドが、すっと細められて。

「……なんか、偉そうで嫌」
「はァ?」
「言っておくけど。あたし、アンタが神羅に入る前から、神羅に所属してるから」
「あ? どういう、」
「だから、あたしが先輩で、アンタが後輩」

 にやりと笑ったカレンが、オレを指差す。そのまま、「じゃ、案内よろしく〜」とひらひら手を振って、オレを追い抜いていった。ハァ??? ぴくりと痙攣するこめかみ。苛立ちを抑えるように、左の拳を力強く握る。前言撤回。この女、これっぽっちも可愛くねえぞ、と。





200720



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