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「#エロ」のBL小説を読む
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03


「……それで、なんであたしはこんなとこにいるわけ」
「だから、言ってんだろ。実力確認」

 不満そうに頬を膨らませるカレンに、ぴくりと眉に力が入った。いや、落ち着けオレ。ビー、クール。息を吸って、ため息として吐き出す。朝のミーティングを終え、彼女を連れてまっすぐ向かったのは、此処、49階ソルジャーフロアのトレーニングルームだった。こいつに対するクソみたいな第一印象は、現在も変わることがない。生意気なガキ。そんなガキでも仕事ならば仕方がない。面倒を見てやるとしますか。教育係に指名されたからには、後輩の実力を知っておいて損はないはずだ。それに、鍛えるのにも丁度いい。それから、朝一番で鈍った体の、肩慣らし。ぺらぺらと言い訳を並べたが、まあ、ただデスクワークから逃れたいだけだった。あとは、単純に興味もある。あれだけ喧嘩を売ったのだ。それなりの実力なんだろうなあ? ニヤリと釣り上がる唇を見て、カレンは心底嫌そうにオレを睨んだ。オフィスではずいぶんと自信たっぷりだったが、さてどうだか。

「バトルシミュレーターは初めてじゃねえだろ?」
「……はあ」
「最初は射撃な。銃の種類は自分で選べよ」

 ドーム中央の端末を操作して、シミュレーターにアクセスする。武器の選択画面になったので場所を譲ると、カレンは億劫そうにスナイパーライフルを選択した。精度に特化したボルトアクションのそれは、少々意外だった。煽り耐性のない様子から、勝手にハンドガンやアサルトライフルでガンガン削っていくタイプだと思っていたのだが。じろじろ見ていたせいか、カレンがオレを見上げて「何」と唸るように呟いた。なんでもねーよ。横から腕を伸ばして、端末を操作する。シミュレーターはいくつもの設定ができるが、そのうちのあまり使ったことのない射撃モードを選んだ。障害物、なし。仮想敵、なし。ただ、1キロ先に、射撃訓練用の人型ターゲットを置くだけだ。とりあえずは、動かないように設定しておくか。実行ボタンを押すと、周囲が暗くなった。それから、目の前に浮き出る「SHINRA COMBART SIMULATOR」のロゴ。視界が白く光ったと思ったら、そこはもう無機質な空間だった。障害物のないただっ広いスペースの先、1キロ地点で、いくつもの黒いターゲットが地面から浮いていた。バーチャルライフルを握り締めたカレンが振り返ったので、顎で指示を出して、オレは数歩下がった。その場に伏せたカレンが、手にしたライフルを構える。流れるようなボルトアクションに、自然と唇が弧を描く。さて、と。お手並み拝見といきますかね。



***



「まだ、やります?」

 オレを見遣ったカレンが、わざとらしい敬語でそう訊ねてくる。にやにやと笑うその顔にカチンときたが、しかしぐっと堪えて手を振った。満足そうに笑ったカレンが、ゆっくりと立ち上がる。それを横目に端末に近寄って、終了ボタンを押した。ホログラムに表示された平均スコアは10.0。バグかと思われるそれも、目の前で全てのターゲットを撃ち抜かれては疑いようもない。おいおい、こいつ、何モンだよ。オレよりうめえぞ。なんならタークス一なんじゃないか。メンバーの中ではツォンさんの射撃の腕がかなり高いが、それを凌ぐほどの腕前だ。正直、みくびっていた。アホそうな顔からは想像のつかない実力に、狸に化かされた気分だ。にまにましたカレンの頬を思い切り抓りたくなる欲を、必死に抑える。こいつが上機嫌だとなんか気に食わねえな。

「なあ」
「なに」
「これだけの腕前で、なんで主席じゃねえの」
「う、」

 言葉に詰まったカレンが、さっと視線を彷徨わせる。間違いなくトップクラスの射撃の腕を持っているこいつが、主席でないとなると、何かが壊滅的にダメだったのだろうか。先輩たるもの、後輩の短所はしっかりと把握しとかねえとな。いざという時に助けてやれねえだろ。いざという時以外はもちろん、全力で揶揄うつもりだったが。しばしの沈黙。オレが譲らないことがわかったのか、眉間にしわを寄せたカレンがぼそりと呟いた。あまりに小さな声だったので、顔を近付けてすぐに聞き返す。オレを睨みつけるエメラルドの瞳。あらま、楽しんでんの気付かれたなこりゃ。

「なんだって? 聞こえねえぞ、と」
「……苦手な科目、が、あって、」
「なにが?」
「………………対人戦闘」
「へーえ?」

 にやにやと見下ろすと、ふいっと顔を背けられてしまう。あ、そう。そういう態度とるわけ? へえ? 目上の人間には敬意を示せって、ガッコウで教わんなかったのか? ああ、悪かったな、そういえばアレか、おまえ、「尊敬できそうなところが一ミリもない」つってたもんな。じゃあ先輩らしく、尊敬されるような部分も見せてやらねえとなあ? まだ起動中だったシミュレーターに腕を伸ばして、入力を開始する。バトルモード、フィールドは……まあ邪魔が入らねえ方がいいか。障害物なし、仮想敵なし。オレの操作を横目で見ていたカレンが、そのエメラルドを見開いた。キッとオレを睨みつけてくるけれど、そんなこと知ったこっちゃない。これも、あくまで“実力確認”だぞ、と。

「おまえ、武器は?」
「……支給のロッドが。でも、マテリアが、」
「じゃ、オレの貸してやるよ」

 腰に下げたロッドを手に取る。たまたま装備していたいかずちのマテリアを、カレンに投げて渡した。受け取ったカレンが、嫌そうにそれを自分のロッドに装備する。おい、なんだよその表情は。小言は仕方なく飲み込んで、オレは、他に装備していたマテリアを全て外した。ハンデくらいはやらねえとな。もちろん、負けるつもりなど、それこそ一ミリもない。

「仕方ねえからハンデをやるぞ、と。オレは魔法も武器も使わない」
「はあ?」
「ロッドは防御のみ。どうだ?」
「……あたしのこと、舐めてんの?」
「あ? 舐めてんのはおまえだろ、と」

 オレを上目遣いで睨んでくるカレンを睨み返す。おまえ、オレのこと、本当に、全く、知らねえだろ。タークス所属なら、相手の実力も測れるようになっておかねえとなあ? 伊達に“エース”なんて呼ばれてねえよ。ガキ相手ならそれこそ身ひとつで十分だ。言い返そうとするカレンを無視して、端末を操作する。空中に浮き出るロゴと、白くなる視界。さて、せいぜい楽しませてくれよ、新人ちゃん。



***



「まだ、やんのか?」

 手にしたロッドで肩を叩く。にやにやと見下ろすと、深いエメラルドがオレを睨み返してきた。返事はない。できない、と言った方が、もしかしたら正しいのかも知れなかった。床に座り込み、壁に寄りかって荒く呼吸するカレンは、苦しそうに脇腹を押さえている。先ほどオレの蹴りが吸い込まれたそこは、きっと綺麗な青痣になっているはずだ。勝負はついたな。ギラギラとオレを睨みつける態度とは裏腹に、どうやら身体に力は全く入らないようだった。体力ねえなあ。ぽつりと漏らすと、悔しそうに歪むカレンの顔。まあ、実力はまずまず、といったところか。身のこなしも、それほど悪くはない。ただ、苦手というだけあって、攻撃が単調で読みやすいのは確かだった。物理攻撃は殆ど当たっていない。乱発された魔法攻撃にはかなり手を焼いたが、数が多いだけで戦闘に生かせていたかは微妙なところだ。体術とうまく組み合わせればもっと勝負になっただろうが、これが今の実力か。ソルジャー3rdあたりと同レベルか……いや、サシじゃ勝てねえかもなあ。戦闘内容を思い出しながら、座り込んだままのカレンに近づく。腰を落として正面からにっこりと笑いかけると、悔しそうに歪められる顔。いいねえ、その表情。くく、と笑いが漏れる。

「今日はこれくらいにしておいてやるぞ、と」
「っ、ちょっと休めば、まだ、」
「言っただろ、これは“実力確認”だ。訓練でもなんでもねえよ」

 悔しそうに噛みしめられる唇に、この女の負けず嫌いな面を垣間見る。まあ、ファーストコンタクトから察してはいたが。手合わせ中も、何度も立ち向かってくるその姿勢には好感が持てた。何よりその“目”がいい。必死のそれは、きっと窮地に立たされた時に真価を発揮するだろう。数え切れないほどの人間の最期を見てきたが、その人間の全ては“目”に滲み出ると思う。睨みつけるその“目”が――瞳の奥の“覚悟”が、時として自身の生死を分けるのだ。窮鼠猫を噛む、というのはよく言ったものだと思う。覚悟がない者から淘汰されていく世界で、生き残るためには、生にしがみつくその“覚悟”が必要なのだ。それを持ち得なければ、この仕事は務まらない。人員が絶えず補充されるこの職場は、常に死と隣り合わせだ。どんな経緯でタークスに配属されたかは知らないが、“入ること”よりも“居続けること”の方が、酷く難しい。だからこそ、生にしがみついてもらわないと、困るのだ。――例えそれが、クソ生意気な新人であろうと。

「ま、これでレノ様が尊敬できる素晴らしい先輩だってことがわかっただろ、と」
「……強いのと、尊敬できるのとは、別問題、だし」
「おまえのその屁理屈、なんなの」

 どんなもん食ったらこんな捻くれんだよ。ため息は無理やり飲み込んだ。まあ、これくらいの方が、この先も図太く生き残っていくだろう。手を焼きそうだが、それはそれ、だな。ピピピ、という電子音と共に、ポケットに突っ込んでいた端末が震える。画面に表示された名前に、げ、と顔を歪めた。主任からの催促。どうやらその連絡は、カレンにも届いていたらしい。同じく端末でメッセージを確認したカレンが、ジロリとオレを睨みつけるけれど。いや、おまえ、休んで続けようとしてただろ。オレのせいだけじゃねーからな。文句はとりあえず後にして、早くオフィスへと戻らなければ。声をかける前に、ひとり立ち上がろうとしたカレンがよろめいたので、咄嗟に腕を掴んで立ち上がらせる。見開かれるエメラルド。腕はすぐに離した。

「……自分で立てた」
「こういう時、なんて言うか知ってるか、と」
「…………はぁ。アリガトウゴザイマシタ」

 片言でそう言って、カレンは出口へとスタスタ歩いて行ってしまう。おいおい、さっきまでへろへろだったくせに、随分な態度だなァ? ぴくりとこめかみが引き攣る。ひとつ呼吸をして、ガシガシと頭を掻きながら彼女の後を追った。これでまだ半日、というから笑える。いや、笑えねえか。まったく、新人教育も楽じゃないぞ、と。





200714



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