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ツォンの受難(9話あたり)


「……報告は以上です」
「ああ、ご苦労」

 電話越しに聞こえてきた声に、ツォンは一つ息を吐き出した。定時報告は終わった。この後は16時に社長室に呼ばれている。会議資料をもう一度見直して、代替案をいくつか用意しておかなければ。それから、ハイデッカーにも計画についての確認が必要だ。早くも次の仕事に脳内がシフトしていたので、ルーファウスから名前を呼ばれた時は一瞬反応が遅れた。合理主義な副社長には珍しいことだった。いつもならば、すぐさま電話は切れるのだが。

「そう言えば、お前のところの姫が見つかったそうだな」
「姫、ですか……?」
「なんだ、聞いていないのか?」
「はあ、」
「この間の護衛任務中、レノが緊急要請だと言ってミッドガルに帰っただろう」
「……副社長のジュノン会合中にですか?」
「その様子では、報告を受けていないようだな」

 初耳である。ツォンは突然痛み出した頭を押さえた。あのバカは、護衛任務を放って一体なにをしていたのだ。電話越しに苦悩が通じたのか、ルーファウスが低く笑った。

「ああ、一応言っておくが、私が許可を出した」
「申し訳ありません」
「いや、随分取り乱していたからな。ルードが発見したらしい」
「一体、何を」
「じゃじゃ馬姫、とでも言えばわかるか?」

 じゃじゃ馬、と聞いてツォンの脳裏に懐かしい顔が思い浮かぶ。アッシュグレーの癖毛、深いエメラルドの瞳。もう何年も見ていないその顔がまざまざと思い出され、ツォンは言葉を失った。まさか、生きていたのか? 信じられない。しかし、生きていたなら、なぜ戻ってこない?

「どうやら記憶を失っているらしい」
「記憶を……」
「確か、死亡扱いになっていたな。生きていると知れたら、抹殺命令は避けられまい」

 神羅から逃げ出すことは、許されない。一会社員であるならまだしも、上層部に食い込めば食い込むほど、“見てはいけないもの”を見てしまうことになる。ましてや、彼女ほど神羅の“闇”の部分を知っている人間もそうはいない。エアリスの所在が把握されている今、上層部は躍起になって彼女を探し出すだろう。文字通り、“抹殺”するために。

「お前にも言ってないとなると、相当焦っているようだな」
「申し訳ありません、すぐに確認を、」
「どうしても自分の手で連れ戻したいらしい。若いな、あれも」

 あまり責めてくれるな、とルーファウスは笑った。上司にそう言われてしまえば、レノを罰することもできなくなってしまう。まあ、小言くらいは言わせてもらうが。はあ、と溜息が漏れた。全く、あの二人は相変わらず、上司に迷惑をかけるのが天才的に上手い。

「うまくやれよ、ツォン。私も、あれを失うのは惜しい」
「はっ」

 ぶつり、と通話は途絶えた。無機質な音が流れる受話器を戻し、デスクに肘をつく。鈍く痛む米神を押さえながら、ツォンはまた重い溜息を零した。室内には彼以外誰もいない。レノもルードも、今はエアリスの保護と、彼女と行動を共にしているという不審な男女の対応のため、伍番街スラムに出かけていた。携帯を取り出そうと逡巡し、止める。どうせ電話で問い詰めたところで戻りが早くなるわけでもない。帰ってきたところをこってり締め上げよう。背もたれに体重を預けると、ギシリとチェアが軋む。天井を見上げながら、ツォンはポツリと呟いた。

「そうか、生きていたか」

 彼女にとってそれが幸せなことなのか、今のツォンにはわからなかった。





200512



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