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恋と呼ぶには


「カレン、ちょっといいか」

 月が綺麗な夜だった。珍しく個室が取れたので、今日は各々好きなことをしようと夕方ごろ解散したのだ。明日の朝までは各自、自由行動。エアリスは併設されたレストランのスイーツ食べ放題に、バレットはマリンへ土産を送るとショッピングに行った。カレンは、疲れが溜まっているからと早々に部屋に引っ込んだのだった。俺は、バスターソードのメンテナンスに武器屋へと足を向けた。適当に町をぶらついて時間を潰し、預けた大剣を受け取って武器屋を出ると、すでに日はとっぷりと暮れていた。酒場には煌々と明かりがつき、酔った客の楽しそうな声が聞こえてくる。小さな町なので飲み屋は二軒しかないらしく、一本通りを過ぎるともう喧騒は聞こえない。宿への帰り道、ふと空を見上げると、闇夜に輝く白い月。どうやら満月らしいそれは、思わずため息が出るほど、綺麗で。何とは無しに、カレンを、誘おうと、思ったのだ。あいつは、ベタなことが意外と好きだから。もし夕方からぶっ続けで寝てたとしたら、何か胃に入れたほうがいいだろう。食事しながら、たまには、ゆっくりと月でもみて、話ができれば、と。ただ、それだけだったのに。

「寝てるのか? 開けるぞ」

 ドアノブを回すと、少し軋みながら扉が開く。返事がないのに勝手に入るのはどうかと一瞬思ったが、もう旅をして長いので半分慣れているのも確かだ。野宿だってするし、個室が借りられなければみんなで雑魚寝もする。まさか裸で寝ているわけでもあるまい。それにしても、鍵をかけていないのは少々不用心な気がした。俺以外の男だったらどうするつもりだ。後ろ手で扉を閉めながら、ため息を吐き出そうとして、飛び込んできた光景に息が止まった。どうして。返事がないから、てっきり、寝ているものだと。電気のない部屋、唯一ある窓から明るい月明かりが差し込んで、カレンを照らし出していた。アッシュブロンドの髪がキラキラと光って、まるで月の光を集めたかのようだ。ベッドの上で座り込んだカレンは、指先で光るものをつまんでいた。そうだ、あれは、いつも彼女の右手の薬指で光る、シルバー。それを、愛おしそうに見つめる彼女。指先でくるりと回しては、月にかざしてみたり。その桃色の唇が、ゆっくり開かれて、そして、聞きたくなかった言葉を、吐き出した。

「レノ……」

 どうしてかは、俺自身にもわからない。でも、彼女からその言葉が零れた時に、頭にカァッと血が上ったのは確かだった。バスターソードを乱暴に扉に立てかけると、耳障りな音が響く。驚いたカレンが肩を揺らして、こちらを凝視した。そのまん丸に見開かれた深いエメラルドすら、今はどうしてか憎いくらいで。訪問者が俺だと分かったからか、カレンが肩の力を抜いた。それにまた苛立ちが募る。どうしてそんな余裕なんだ? どうして俺を意識しない。俺はこんなにも、こんなにも、あんたに掻き乱されているのに。

「びっくりした、クラウド、ノックぐらいしてよ」

 あはは、と笑うカレンが、さりげなく指輪を握り込んで、隠す。それがまた、気に食わない。なんだよ、大切なものなんだろ。堂々としてればいいだろ。それとも、俺には見せたくない? 見られたくない? 残念だったな。俺はもう見てしまったし、もう、あんたを逃しはしない。無言で近づくと、カレンは俺の様子がおかしいことに気がついたのか眉を下げた。どうしたの、クラウド、調子悪い? 桃色の唇、その動きが、いやにゆっくりと感じられる。生憎、調子はいい。気分は最悪だけどな。カレンの手首を掴んで、強引に引き寄せた。カレンが小さく悲鳴を上げる。ぐ、と顔を近づけると、カレンの瞳が見開かれた。エメラルドのその奥に、動揺と、微かな、恐怖。意識しているのだろうか、俺を。いい気味だと思った。そうやって、俺を意識していればいい。これからのことを、ずっとずっと、忘れないように。

「クラウド? どうしたの、なんか、変、だよ?」
「変? 変ってなんだ?」
「クラウドが、クラウドみたいじゃない、知らない人、みたい」
「……俺は、俺だよ」

 知らないんじゃない。あんたが俺を見てなかっただけだろ。ぐいとその細い腕を引っ張って、強引にベッドに押し倒した。カレンが抵抗する前に素早く馬乗りになり、両手をまとめてベッドへと押しつけた。開いた右手で、カレンの右手をこじ開ける。コロリと落ちたそれをつまみ上げて、先ほどのカレンと同じように月明かりに照らす。俺の下から抜け出そうともがくカレンだけれど。あんた、馬鹿だろ。抜け出せるわけがない。あんたは女で、俺は男だ。あんたは、知らなかったかも、しれないけどな。

「クラウド、やめて、冗談キツい、」
「冗談? 冗談でこんなこと、すると思うか?」

 月の光を反射するシルバー。Rの文字と、アクアマリンが、俺の怒りを静かに燃やす。こんなもので、カレンを縛ったつもりか。笑えるね。磨かれた小さな指輪を、思い切り、床へと叩きつけた。ガキンと、耳障りな音を立てて、それは暗がりに消えていく。カレンが息を飲んだ。その唇に、指を這わせようとして、気がつく。グローブが邪魔だ。中指を噛んで、強引に引き抜く。咥えたそれを床に吐き捨てて、カレンの顔を覗き込むように上半身を倒した。深いエメラルドが、怯えたように俺を見つめ返す。怖がらせたいわけではない、けれど。どうしてだろう、その瞳が、俺を映していれば、なんだっていい気がした。

「く、クラウド、怒ってる? あたし、なんかしちゃったかな、ご、ごめんね、謝るから、」
「あんたは、あんたのしたいようにしただけだろ。俺も、俺のしたいようにする」
「な、なんのこと? なにが、」
「なあ、カレン。神羅ビルで、レノに、なにされた?」

 びく、とカレンの身体が跳ねる。神羅ビルを脱出する直前、ヘリから飛び降りてビル内へと向かったレノと、カレンは会っているはずだった。あの後、カレンを抱きしめたときに香った匂い。忘れるはずもない。なあ、あの時は、答え、聞けなかったよな。聞かせてくれよ、今、ここで。

「な、なにも、」
「嘘だな」
「ほんと、ほんとに、」
「なにもなくて、あんなに匂いがつくわけないだろ」

 マーキングみたいに。思い出しただけで腸が煮え返る。まるで、自分のもののように。だったら、俺も。俺も、あんたに、俺を刻み込んでやる。右手を頬に添えて、親指でその桃色の唇をふに、と押す。ぴくり、とカレンの身体が震えて、それが、ひどく愛おしい。その小さな唇に、吸い付いた。驚いたカレンが腕で防ごうとするけれど、それを力で押さえつけて何度も口付ける。ちゅ、ちゅ、という音が、小さく響く。唇の先で食むように口付けると、ん、という小さな声がカレンの鼻から漏れた。かわいい。もっと聞きたい。べろりと舌を出して、カレンの唇を舐めた。端から端まで、舌先を尖らせて丹念に舐めていく。右側の唇の端を舐めると、カレンがぴくぴくと震えた。気持ちがいいんだろうか。しつこくそこばかり舐めていたら、だんだんとカレンの身体から力が抜けていく。親指で顎を押さえ、半開きになったそこに舌をねじ込んだ。

「んんっ、う」

 くぐもった声に、興奮したのが自分でもわかった。舌を噛まれないよう顎を押さえながら、侵入させた舌で口内をねぶるように探る。歯列をなぞって、頬の裏を擦って、奥の方で縮こまっていた舌を探り当てたので、絡めて吸った。カレンの歯と俺の歯が当たって、ガチリと音がする。カレンの舌先を甘く噛むと、カレンが小さく喘いだ。その声すら食べてしまいたくて、じゅるりと口内の唾液を全部吸って、飲み込む。はあ、と息を吐きながら唇を離すと、俺とカレンの間に銀色の糸が引いて、ふつりと切れた。とろんとしたカレンと目があって、心臓がどくりと跳ねる。もっとだ。もっと、俺を刻み付けてやりたい。本能が赴くままに、カレンの首筋に顔を埋める。白くて細いそこに、がぷりと噛み付いた。

「あっ、」

 甘い声。噛み付いたそこをねとねと舐めて、思い切り吸い付く。痛いのか、はたまた、感じているのか。カレンの身体がびくりと跳ねた。唇を離すと、咲いた赤い華が月明かりに照らされる。綺麗だ。俺の印。ぞくぞくと背筋が震える。支配欲が満たされて、自然と唇が釣り上がった。まだだ。まだ、こんなものじゃ、足りない。何度も何度も首筋に噛み付いては、吸い付いて、赤い華を咲かせる。掠れた声で小さく喘ぐカレンが、ふるふると力なく震えている。かわいそうで、かわいい。もっと、いろいろなカレンを見たい。カレンの、すべてを。首筋に沿って小さなキスを落としながら、鎖骨へと辿り着く。薄い肌。骨の感触を舌で確かめて、柔く噛み付いた。カレンの吐息。ふと、昼間、ティファに言われた言葉を思い出す。「クラウドって、カレンのこと、好き、なの?」好き。好き? どうだろうか。この胸に渦巻く感情が、好き? 恋というものがなんなのか、俺にはわからないけれど、きっとそれは、もっと輝いていて、あたたかくて、幸せなものではないのだろうか。そんなの、全然違う。この感情は、もっともっと、どす黒くて、冷たくて、火傷しそうなほど熱くて、こんなにも、苦しい。この感情に、名前はあるのだろうか。鎖骨に吸い付きながら、ふと考える。それは、恋と呼ぶにはあまりにも、哀しすぎた。





200619



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