27
近づいてきたヘリが、頭上でホバリングを始める。カレンの手を引いたまま駆け寄ると、全員が穴の開くほどこちらを見てきたので少々たじろいだ。俺の背に隠れたカレンの手をぐいと引っ張って、勝手に気まずくなっている彼女をみんなの前に立たせる。あああ、とか、うう、とか言葉に詰まったカレンが、救いを求めるようにこちらを見上げたけれど。……俺はなにも言わないぞ。顎で合図を送ると、諦めたようにみんなに向き直った。縋るような視線にグッときたことは、黙っておこう。
「あ、の、みんな、えっと、ごめん」
「……なにが?」
エアリスの言葉にびくりとカレンが肩を揺らす。別にエアリスは怒っているわけでは無さそうだが、なにかしらの圧を感じたのだろう。あっちこっちに視線を走らせてから、カレンは眉を下げながらみんなを見渡した。
「迷惑、かけたから」
「迷惑なんて、思ってない」
「そうだよ、私たち、カレンとエアリスを助けに来たの。二人とも無事で、よかった」
「……こういうときはよお、謝罪じゃあねえだろーが」
バレットの言葉にきょとんとしたカレンは、次の瞬間、こぼれるほどの笑顔を見せた。「……ありがとう」声は、それほど大きくなかったけれども。全員が満足そうに頷いたから、きっとみんなの耳に、心に、きちんと届いたのだろう。照れたようにへへ、と笑うカレンの横顔から、視線をヘリに移す。アバランチ本家が回してくれたそのヘリは、俺たちを拾うために、徐々に下降して、そして、次の瞬間、爆発した。ぐらりと揺れた機体が、炎を上げながらミッドガルへと落ちていく。開けた上空に、一機のヘリ。神羅のロゴが入ったそれに、どうやら撃ち落とされたらしい。神羅のヘリは屋上に着陸するつもりなのか、先ほどの機体と同じように下降してくる。この場から早く立ち去らなくては。
「残念だ」
空からの脱出は不可能だ。となれば、ビルの中をまた一階まで降りなければならない。あまり時間的猶予はないはずだ。すぐさま踵を返した俺に、呆然と成り行きを見守っていた他の仲間たちもついてくる。カレンも。安堵にこっそり息を吐き出したのと、ヘリポートに神羅兵が降り立ったのは同時だった。そして、白い服の男が、不敵な笑みを浮かべながら機内から姿を見せる。思わず立ち止まって、その男を凝視した。
「ルーファウス神羅。プレジデントの息子だ」
「ああ」
そうだ、どこかで見た顔だと思っていたが。プレジデントが死んだということは、この男が神羅のトップになったのだろう。屋上に降り立ったルーファウスの脇に、一匹のモンスターが並ぶ。手綱で繋がれたダークネイションは、歯茎を見せてこちらを威嚇した。手を上げてヘリに合図を送った男の、金髪が風で靡く。プロペラが回転数を増し、機体は空へと上がっていった。バレットがルーファウスに向かって駆け出しそうになるのを、制する。
「退くぞ」
「あ? バカ言え! 神羅をブッつぶすチャンスだろうが!」
「エアリスを家に帰す。……俺が時間を稼ぐ」
「クラウド!」
カレンが俺の腕を掴んで引き寄せる。でも、ここは、譲れない。俺が折れないとわかったのか、カレンが唇を強く結んだ。視線を、カレンからバレットへと移す。オレも残る、とそう言ったバレットの目を正面から見て、告げた。
「行ってくれ、バレット。……みんなを、頼む」
「……わあったよ! おまえもすぐ来い!」
バレットを先頭に、全員が走り出す。後ろ髪が引かれる様子のカレンも、最終的には扉の向こうへと消えていった。それを確認して、こちらへと編隊を組んで歩いてくる警備兵に斬りかかる。剣圧で兵士を吹き飛ばしてから、進路を断つように右腕を上げる。ここから先は、通すわけにはいかない。体勢を崩した兵士たちを悠然と追い越し、ルーファウスが俺の前に立った。
「おまえはソルジャーらしいな。となれば、私は雇い主だ」
「“元”ソルジャーだ。世話になったな」
「……ひとりも逃がすな」
脇をすり抜けようとする兵士に大剣を構えるが、突然ヘリから狙撃されて足を止めてしまう。――タークス、か。俺の横を駆け抜けていく兵士たち。目の前のルーファウスは、余裕の笑みを浮かべていた。「ふたりきりだな」威嚇するように身を乗り出したダークネイションを見下ろしてから、ルーファウスは俺の視線を受け止めた。
「細かいことは気にするな」
「すぐに終わらせる」
バスターソードを握る手に、ぐっと力を込めた。
***
「ぐ、あ……っ!」
「っはあ、はぁ」
最後の武装した兵士が地面に倒れる。つられるように、あたしもその場に蹲み込んだ。ちょ、っと、キツイ。やっばい。もう気力がない、無理、ここで寝たい。落ちそうになる瞼を必死に持ち上げて、フロアを見渡す。69階のエグゼクティブフロアには、あたしと、倒れた四人の神羅兵以外は誰もいない。みんなを乗せた背後のエレベーターは、何事もなくまっすぐ地上へと向かっているようだった。よかった、と息を吐く。無理を言ってここに残った甲斐があった。どうしてもクラウドが心配だったあたしは、みんなの反対を押して、戻ることを決心したのだ。心配そうにこちらを見るエアリスたちが、エレベーターの扉の向こう側に消えた瞬間。エントランス奥の階段から、足音と共に神羅の警備兵たちが押し寄せてきたのだった。クラウドが、こんな兵士たちにやられるはずがない。きっと、大ボスの、あの若社長を相手にしているに違いない。遠くからちらりと見ただけでは、細身で、あまり戦闘が得意そうではなかったが。クラウドが、警備兵を取りこぼしてしまうくらいには、闘えるらしい。風に靡く金髪と、端正な顔つきを思い出す。顔は、ちょっと、いや、結構、かっこよかった、な。…………って、違う違う!! そうじゃない、そんなことはどうでもいい。未だクラウドも若社長もこちらに来ないということは、苦戦しているということだ。あの、クラウドが。援護に行かなければ。震える足になんとか力を入れて、立ち上がる。枯渇した魔力を取り戻すため、先ほどエアリスにもらったエーテルを胃に流し込んだ。口元を拭って、屋上へ向かおうと足を踏み出してから、気付く。誰かが、こちらにやって来る。クラウドではない。知らないマテリアの気配。いや、知っている? 感じたことのある気配だ。ずっとずっと、あたしが、察知して、逃げ回っていた、気配。コツリ、と革靴の音が、エントランスに響いた。一段一段踏み締めるように階段を降りてきた男は、あたしを見つけて、歩みを止めた。漆黒のスーツに、はだけた胸元。そこに光るシルバーと、目の覚めるような赤い髪。そして、あたしを射抜く、アクアマリン。
「どうして、ここに、」
――レノ。名前を呼ぶと、レノは満足そうに唇を釣り上げた。
***
若社長、という響きから、正直、侮っていた。これほどまでに苦戦を強いられるとは思っておらず、先に行かせた仲間が心配になる。ダークネイションとのコンビネーションに手を焼くが、しかし、それでも俺が優勢であった。至近距離で発砲されたショットガンの弾を避け、距離を取る。ルーファウスに当たることを懸念しているのか、それとも彼の勝利を確信しているのか。頭上を飛び交うヘリからの銃撃は、あれ以来一切なかった。余裕だと思われているのだろうか。ぐ、とバスターソードを握り直し、ルーファウスを睨みつける。
「俺をなめているのか」
「まさか。ギリギリだ。――だが、これがいい」
ルーファウスが取り出したのはコインだった。空中に投げ出された二枚のコインを、ルーファウスのショットガンが射抜く。赤い閃光。まっすぐにこちら向かってくるそれを、横に転がって回避した。背後で響く爆発音。ニヤリと笑ったルーファウスが、ショットガンをリロードした。
「神羅のオモチャか」
「喜べ。遊んでやる」
ルーファウスに斬りかかるが、カウンターで銃撃をくらってしまう。体勢を崩されたところに、飛びかかってくるダークネイション。厄介な相手は後に回して、まずはモンスターから片付けるのが先だろう。コインのレーザーを回避しながら、ダークネイションを集中的に攻撃する。噛みつこうと剥かれた牙を刀身で受け止めて、胴体を思い切り蹴り上げる。怯んだところをすかさず袈裟懸けに斬り捨てた。あと数撃で戦闘不能だ。さらに攻撃を繰り出そうと大剣を上段に構えたのと、ルーファウスが飛びかかろうとするダークネイションを手で制したのは同時だった。ダークネイションは素直に後退し、戦況を見守るようにこちらを睨みつけた。これで、やっと、
「今度こそ、二人きりだな」
「さあ、どうかな」
いつの間にか下降してしてきていたヘリから、一人の男が飛び降りた。音もなく着地したそいつは、風に赤毛を靡かせながら顔を上げる。俺を睨みつけるアクアマリンの瞳。最後に相対したのが、まるで遠い昔のようだ。そうか、生きていたか。左手の電磁ロッドで肩を叩きながら、レノがルーファウスの隣に立った。
「レノか。どうした。待機命令を出したはずだが」
「社長が苦戦してるかと思いましてね、と。手助けは――」
「必要ない」
ピシャリと言い放ったルーファウスに、レノはニヤリと笑った。なんだ、一体。……悪い予感しか、しない。
「じゃ、有給、もらえますか、と」
「フッ、……構わん。好きにしろ」
「どーも」
「っ、待て!」
駆け出すレノの真意を理解して、バスターソードを振りかぶる。次の瞬間、飛んできた赤い閃光に腕を焼かれた。掠った部分に激痛が走る。なんとか回避してルーファウスを睨みつけると、不敵に微笑んだ男は音を立ててショットガンを俺に向けた。駆ける革靴の音が遠ざかる。すぐにでもレノを追いたかったが、目の前の銃口がそれを許しはしなかった。
「すまない、行かせてやってくれ。あれでも私のかわいい部下だ」
ルーファウスが取り出したコインを空中に投げる。それを目で追った一瞬の隙に、ショットガンをブースターがわりにしたルーファスが突っ込んで来た。疾い。右手で振り下ろされた銃身を、紙一重で防いだ。勢いをいなしながら半回転し、背後に回ったルーファウスの二撃目も、刀身でガードする。先へは進ませないとでも言うように、俺の前に立ち塞がった男は、くるりとショットガンをリロードしながら、唇をつり上げた。
「正真正銘、二人きりだな。……忘れられない夜にしてやろう」
まずは、目の前のこの男を、倒すより他ないようだ。目を細めるルーファウスを睨みつけて、バスターソードを構えた。――無事でいてくれ、カレン。
200610