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19


 鼻をつく酷い臭いで意識が覚醒した。至る所が軋む身体をなんとか起こし、周囲を確認する。確か、コルネオの屋敷で、落とし穴の罠にかかって――落ちたのか。近くに倒れる人影に、はっと息を飲む。広い空間に、自分の声が木霊した。

「ティファ! エアリス!」

 その声に、唸りながらも身体を起こす二人。どうやら、大きなダメージは負っていないようだ。よかった、あとは――そうだ、カレン。辺りを見回すも、他に人がいる様子はない。やはり、コルネオの言った通り、別室に捕らえられているのだろうか。無事だといいが。

「クラウド、エアリス、大丈夫?」
「うん、だいじょうぶ。ティファも怪我、ない?」

 エアリスの言葉に、ティファが頷いた時だった。ただっ広い空間に響く咆哮。鎖を引きずる音と、地面が揺れるほどの足音。現れたのは、巨大なモンスターだった。二足歩行のそれは、尻尾を地面に叩きつけて威嚇してくる。割れた舌先と、光る二本のツノ。完全に戦闘態勢のモンスターに、背中のバスターソードを構えた。

「二人とも、いけるか」
「もちろん!」
「まかせて」

 こんなところで手間取っている場合ではない。魔法も駆使しながら、なんとかモンスターを倒した。ダメージを負ったモンスターが、破壊した壁の向こう側に消えていくのを、息を乱しながら見送った。カレンがいない今、遠距離攻撃と回復の要員が少ない。居なくなって初めて、あいつの魔法に助けられていたのだと知る。何度も支えた、あの細い二の腕を思い出す。早く、助けに行かなければ。焦る気持ちとは裏腹に、上に戻る手段はないようだった。ならば、進むしかない。モンスターが逃走する際に破壊した壁を見つめていると、ティファが不安そうに呟いた。

「ねえ、コルネオの話、信じる? プレートを落とすなんて、アバランチをつぶすどころじゃない。ミッドガルの危機だよ。神羅カンパニーがそんなこと、する?」
「コルネオは、ありもしない計画で俺たちを脅したのか?」
「あいつならやりそう」
「でも、もし本当だったら?」

 エアリスの言葉に、息を呑む。そうだ、もし本当だったら、プレートは、スラムの人々は、どうなる。止めなければ。なんとしてでも。それでも、心に引っかかるのは、彼女のことで。

「万が一って、あるよね。ね、七番街、向かおう」
「……カレンは、」
「カレンは、だいじょうぶ」

 あまりにもはっきりとエアリスが言い切ったので、思わず彼女の顔を凝視してしまった。目を見開く俺に、エアリスはもう一度「カレンは、だいじょうぶだよ」と頷く。それから、言いにくそうに顔を背けて、手を胸の前で握る。

「何か、知っているのか」
「……コルネオ、言ってた。赤毛のタークスは、レノ。レノは、カレンが困るようなこと、しないから」
「エアリスは、何を、知ってるんだ」
「……今は、言わない。カレン、助け出したら、ちゃんと言うから」

 エアリスの、明るい翡翠の瞳が俺を見つめる。その瞳には、覚悟が見て取れて。

「わかった。とにかく今は、七番街に向かおう」

 水路を辿って、その先へ。とにかく、前へ進むしかない。お互いに頷き合って、駆け出した。この選択が、最善のものだと、信じて。



***



 バラバラという雑音に、苛立ちが募る。とっくの昔に慣れたはずのその音が、今はひどく不快だった。ハナから操縦する気もないくせに操縦席に座っているのは、それが定位置だからだ。何か言いたそうに相棒がこちらをチラリと盗み見たが、なにも言ってこないので無視した。

「ったく、人使いが荒いぞ、と」

 神羅ビルのヘリポートを発ったのは先程のことだ。直前まで腕の中にいたカレンのことを思い出し――警備兵の失態に舌打を漏らす。くそ、あいつには、聞かせたくなかったのに。シルバーのチェーンに通した指輪を、いつものようにつまんで光にかざす。あいつの瞳のような、深いエメラルドが、夜の光を反射して輝いた。そう、あのエメラルドが、さっきまで、俺の、腕の中に。唇や、キスをした鎖骨を思い出してまた舌打ちが漏れる。どうせなら、思い切り噛みついてやればよかった。きっとすぐ消えてしまうけど。

「……話はできたのか」
「全然だぞ、と」

 全然、全く、伝えたいことの一割も話せなかった。今までのことも、これからのことも。そういえば、あの元ソルジャーのことも、結局聞き出せなかったな。クラスファースト、一体あいつは何なんだ。突然現れて、まるで自分のもののように、カレンを抱き寄せやがって。思い出すだけで腸が煮え繰り返る。いや、忘れよう。カレンはもうオレのもとに戻ってきた。生きて、呼吸をして、オレを見つめて、オレの名前を囁いた。それは、紛れもない真実で。抱き締めたときの髪の香りが、口付けたときのその感触が、不意に思い出される。必死でオレにしがみつく細い指先も、オレを見つめる潤んだエメラルドも。あのとき必死で保っていた理性が、今更になってかき乱された。あ、やべ、なんつーか。

「ヤりてぇー……」
「…………合意を得られなければ、暴漢と同じだ」
「冗談だぞ、と」

 記憶、ねェもんな。手元で弄っていた指輪を、ピンと弾く。ルードがなにか言おうと口を開いた瞬間、インカムから耳障りな呼び出し音が響いた。「……了解」操縦桿を握ったルードが、低い声で応答する。その声色からは本心が読み取れなかったけれど。長年付き合っているのだ。その命令に対しての感情など、手に取るようにわかる。お互いに。

「アバランチへの制裁が決まった。誘導工作を開始する」
「上の連中はなに考えてんだろうな?」
「反乱分子は徹底的に叩く。うちは昔からそうしてきた」
「ぜーんぶつぶれちまうぜ?」

 窓の外、人工的な光がキラキラと輝いている。あれのひとつひとつに、人が、家族が、生活が、あるのだ。あの光は、命の光、そのもの。オレが、数多く奪ってきた、命、そのもの。それを見下ろしながら、吐き捨てるように呟いた。

「はっ、今さら善人ぶるなよ――っと」

 どれだけ血で汚れようと、どれだけ屍を踏み越えようと、歩みを止めないと誓ったのは自分自身だ。レールに乗ったのは、偶然が重なった結果だけれど、この道を進んできたのはオレの意思だ。どんな命令にだって、感情を殺して従う。高いプライドを持って仕事をこなす。それが、タークス、だけれども。

「あいつ……記憶なくて良かったのかもな」

 いつも、“そういう仕事”のたびに、心を痛めていた彼女を思い出す。泣き言も言わず、表情一つ変えず、淡々と仕事をこなしていた彼女だけれど、確実に、彼女の繊細な心は、傷ついていたのだ。あの時の彼女に、そう伝えたところで、否定しただろうけど。今のカレンはどうだろうか。部屋を出るときの、あの必死の表情を思い出す。本質的なところで、彼女は何も変わっていない。人の心の痛みに、寄り添える。他人の痛みを、自分のことのように感じることができる。そして、相手の心を、身体を、癒すことができる。そんなところに、オレは惹かれたのだったか。

「記憶……戻って欲しくは、ないのか」
「さあなァ」

 答えは、すぐに出そうにない。どちらにせよ、神羅から逃れることはできないのだ。タークスから抜けるなど、そんなこと、できるはずがない。プレジデントは、きっと地の果てまで探し出して始末するよう命じるはずだ。反逆者には死を。あいつの懐刀であるハイデッカーも軍人あがりだ。容赦などするはずがない。だから、彼女がどんなに嫌がろうと、悲しもうと、あの部屋から出すわけには、いかない。たとえそれで、彼女がどれほどオレを恨むことになろうとも。

「護るってのは、難しいなァ、相棒」
「……ああ」

 でもあの時に、誓ってしまったから。二度と離さないと、あのエメラルドに、誓ってしまったから。胸元のリングを、きつく握りしめた。ヘリは高度を上げ、プレートの上を進む。向かうは七番街支柱。任務の為には私情を殺す。それが――タークス。





200520



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