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17


 目を覚ました時、俺を覗き込んでいたのはティファだった。他人行儀な声に、俺は慌てて身体を起こす。地下室のような薄暗い空間は、妙に静かだ。室内の趣味も相まって、相当に気味が悪かった。ティファの無事を確認したところで、変装を、そう、あくまでこれは、変装だ。変装を、見破られる。近くに倒れていたエアリスが起き上がり、ティファと自己紹介をしたまではよかった。はたと気付く。そうか、随分と静かだと感じたのは、あいつがいなかったからだ。

「あれ、カレン、いないね」
「えっ、カレンも来てるの?」
「うん、ここに来るまでは、一緒だったんだけど」

 あたりを確認してみたが、カレンの影も形もない。俺たちは完全に閉じ込められているようで、カレンを探しに行くどころか、この部屋から出ることもできなかった。意識を失う直前の、男たちの会話を思い出す。カレンのことを、「特別ゲスト」だと言っていた。コルネオの「お得意様からのリクエスト」だとも。コルネオに直接会ったことはないが、得意先が目をつけた女に危害を加えるとは思えない。姿が見えないのは心配だが、手を出されはしないだろう。三人で話し合った結果、コルネオの嫁に選ばれた人物が、二人きりになってから、カレンの居場所と、七番街スラムでの企みを聞き出すことになった。カレンのことは気がかりだが、焦っても仕方ない。それに、今回ばかりは、エアリスかティファに任せることにしよう。万が一にも、自分が選ばれることはないだろうから。そう、固く信じていたのだが。

「今日はこの強気なおなごだ!」

 は、嘘だろ。思わず零しそうになった言葉を飲み込んだ俺を誰か褒めて欲しい。手を引かれて思わず抵抗してしまったが、それすらこの男を喜ばせただけだった。嘘だろ。信じたくない。茫然とコルネオに手を引かれる俺を、エアリスとティファがどんな目で見ているのか、考えたくもなかった。

「さあ子猫ちゃん、俺の胸へカモ〜ン!」
「寄るな」
「ほひー! これは新路線!」
「腐ってる」
「あはは〜! もっとほめてくれ〜!」
「薄汚い野郎だ」
「たまらーん!!」

 思いつく限りの罵倒を並べても、男は喜ぶばかりだった。いいかげん堪忍袋の緒が切れそうだったので、ゆっくりと立ち上がる。奇妙な声を上げて飛びかかってきた男を、振り向きざまに蹴り飛ばした。さすがに痛かったのか、コルネオの顔が引きつる。仲間を呼んだところで、負ける気がしないな。今ならこの湧き上がる衝動を魔法にすら変えられそうだ。ぐ、と拳を握ったけれど、扉から駆け込んできたのはティファとエアリスだった。おい、着替えたのか。俺のは?

「クラウド、服!」

 エアリスから荷物を受け取り、素早く着替える。振り返ると、素っ頓狂な声を上げたコルネオが、信じられないものを見る目で俺を見ていた。くそ、そんな目で見るな。俺だって、好きであんな格好をしていたわけじゃない!

「男じゃねーか! なにがどーなってやがる?」
「質問するのはこっちだ。カレンをどこへやった」
「それから、七番街のスラムで、手下に何を探らせてたの?」
「なんの話だ?」
「しらばっくれてもダメ。言わないと――」
「切り落とすぞ」
「や、やめてくれ! 話す! 頼まれて、片腕が銃の男のねぐら探った。女も、命令が来て、捕らえた!」
「誰の依頼? 言わないと――」
「ねじり切っちゃおうか」
「ほひー! 神羅だ! 治安維持部門総括のハイデッカーと、タークスの赤毛の男!」
「神羅の目的は? 言わないと――」
「すりつぶすよ」

 最後に凄んだエアリスの言葉を聞いて、コルネオはぐるりと俺たちを見回した。その顔つきが、先程のへらへらしたものとはまるで別人になる。鋭い目つきに、不敵な笑み。これが、ウォールマーケットを手中に収めた男の、本当の顔か。

「ねえちゃん、本気だな。しかたねえから教えてやるよ。神羅は魔晄炉を爆破したアバランチとかいう一味を、アジトもろとも潰すつもりなのさ。文字通り潰しちまうんだ。プレートを支える柱を壊してよ」
「そんな……!」

 あまりのことに絶句する。プレートを、落とす、だと? アバランチを、たった5人の反逆者を殺すために、いったい何人を犠牲にするつもりだ。そんなこと、許すわけには、いかない。コルネオを睨みつけると、男はニヤニヤと笑ったまま、口髭をさすった。

「もう一人のねえちゃんは、隣の部屋でおねんねさ。安心しな。手は出しちゃいない。そういう命令なんでな」
「タークスの目的は」
「さあな。ただ、個人的な案件だって、言ってたぜえ?」

 伍番街スラムで相対した、赤毛の男を思い出す。レノ、と言ったか。激情を宿した冷酷な瞳。あいつ、カレンにひどく執着していたようだった。それが理由か。

「ティファ、クラウド、行こう。カレン、助けに行かなきゃ」

 エアリスの言葉にハッとする。そうだ、急いでカレンを救出し、スラムに向かわなくては。コルネオの言っていることが本当か、確認する必要がある。プレートを落とすなんてこと、許していいはずがない。

「ちょっと待った!」
「だまれ」
「すぐ終わるから聞いてくれ……俺たちみたいな悪党が、こうやってべらべらと真相をしゃべるのは、どんな時でしょ〜か?」

 気味の悪い問いかけに、一瞬全員の動きが止まる。どういう時か? ……そう、それは、

「ざんね〜ん、時間切れ。正解は」

 正解が何なのか、聞き取ることはできなかった。ガタン、と大きな音がしたかと思うと、足元の、床が、消えていた。襲い来る浮遊感。ティファとエアリスの悲鳴。俺たちは、奈落の底に真っ逆さまに落ちていった。



***



「お待ちしておりました、こちらです」

 ヘコヘコと頭を下げながら手揉みをする男に、わずかな苛立ちが募る。オレの冷たい視線に気付かない男は、いそいそと豪華な扉を開けた。これだけ趣味の悪い豪華絢爛な屋敷を、オレは此処以外知らない。外国産の香を炊きしめているのか、鼻につく匂いがひどく不快だった。できれば足を踏み入れたくなかったこの屋敷に赴いたのは、この男からの連絡があったからだ。「女を捕らえました」という電話一本でヘリを飛ばしたオレも、相当なものだとは思うが。執務室だろうか、巨大なデスクが部屋の中央に据えられている。乱雑に積まれた書類から、この男が腐ってもウォールマーケットのドンだということが伺えた。重厚な応接セットのソファに、その姿を見つけて息を呑む。艶やかなアッシュブロンド。深いエメラルドの瞳は、今はまぶたの下に隠れてしまっていたけれど。くたりと力なく横たわるその姿に、目を奪われる。震えそうになる指先に力を入れ、ぐっと拳を握った。ああ、間違いない。カレンだ。

「今は薬で眠っています」
「……あ?」
「ほひっ、何か……」
「……いや、なんでもないぞ、と」

 怯えるコルネオを適当にあしらう。つか、こいつ、なんでこんな格好なんだ? いや、オレ好みではあるけれど。この男の屋敷で、こんな格好で、無防備にソファで寝こけているなんて、ナニされても文句は言えないぜ? 相変わらずの鈍感さにため息が出そうだ。あとで説教だな、こりゃ。近くに蹲み込んで、すやすやと眠るそのかんばせを見つめる。どくり、と勝手に高鳴る心臓にイラついて、カレンの鼻を摘んでやった。どれだけ心配かけたと思ってる。寝てんじゃねぇよ、馬ァ鹿。

「それで、あの、間違い無いでしょうか?」
「ああ、大丈夫だぞ、と。お前のことはしっかり社長に報告しておいてやる」
「ほひー! ありがとうございます」
「ところで、彼女の他には誰かいなかったかな、と」

 背後で、ヒイッと息を飲む音。いなかったハズ、ねえよなあ? 最後に彼女を見たのは伍番街スラムだ。その時にはもう、古代種と、元ソルジャーのあの男と行動を共にしていた。鋭い魔晄の目を思い出して奥歯を噛み締める。込み上げる感情を、瞬時に抑えつけた。あの時とは違う。もう、カレンはあの男の腕の中にはいない。あの時のお礼ができなくて残念だぞ、と。

「いや、あの、」
「他のヤツの報告では、ひとりじゃなかったハズなんだがな」
「あ、他に、女が三人で、でも一人は男で、その」
「はァ?」
「でも、今頃は、地下水路で、野垂れ死んでいるかと」

 地下水路か。もしその三人(二人か?)の女のうちのひとりがエアリスだったら、少々面倒なことになるな。早急に警備兵を捜索に遣らないとツォンさんにドヤされる。あとは元ソルジャーとその仲間だろうか。そっちは野垂れ死んでくれて一向に構わないが、そううまくはいかないだろう。教会での闘いを思い出して胸糞が悪くなる。思い切り舌打ちをしたら、また背後で短い悲鳴が聞こえた。

「死体の確認は」
「し、死体は、その、まだ、」
「アンタ、余計なこと、喋ってないかな、と」
「ヒッ、俺は、いや、私は、」

 これはクロだな。まとめて上長に報告、か。溜息をついて立ち上がる。完全にビビっているコルネオを無視して、カレンを抱き上げた。あまりの軽さに、眉間に皺が寄る。軽すぎる。ちゃんと食ってんのかこいつ。さっと状態を確認するが、栄養失調ではなさそうだ。筋肉のなくなってしまった細い二の腕をみて、過ぎ去った年月を感じる。まあいい。過ぎてしまったものは戻らない。あるのは“今”と“これから”だけだ。そして、今、彼女はオレの腕の中に。

「じゃ、こいつはいただいてくぞ、と。お仕事ご苦労さん」
「え、あ、あの」
「あとで使いをやるから、その時にぜーんぶ白状しろよ」
「ほ、ひ」

 力なくその場で膝をつく男を、視界に入れることはもうしない。両手が塞がっていたので乱暴に足で扉を蹴り開けて、待機しているヘリへと向かう。相当強力な薬を嗅がされたのか、カレンは身じろぐそぶりすら見せず、こんこんと眠っている。その身体を一度、強く抱きしめて、肩口に顔を埋めた。喉の奥がカラカラに乾いて、指先が震える。息を大きく吸い込むと、懐かしいカレンの匂いに、目頭が熱くなる。

「――カレン、」

 やっと、捕まえた。


200518



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