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15


「し、死ぬ……」
「お前、救いようのない馬鹿だな」
「うるさい悪魔チョコボめ……!!」

 満身創痍の状態で、あたしはソファに座り込んでいた。闘技場のロビーはまだ熱気覚めやらぬ様子で、観客があたしたちの噂をしているのが聞こえてくる。熱狂的な視線も無視してソファに沈むあたしに、クラウドが呆れたため息をつく。身体がだるい。完全に気力を使い果たしたのは、決勝戦の後、特別に行われた最終決戦のせいだった。ヘルハウス。燃えたり、凍ったり、空を飛んだり、なんでもありの家に、あたしの気力は底を尽きた。無理。もう歩けません。こんなことなら敵は全部クラウドに押し付ければよかった。

「いたいた、探したぜ! あんたらに伝言を預かってるんだ!」
「あ、ゲートキーパーの兄ちゃん」

 みんなが遠巻きにあたしちを見つめる中、近づいてきたのはゲートキーパーの兄ちゃんだった。初めはバカにしたような態度だったけど、最後は心からあたしたちを応援してくれたアツい男だ。多分あたしと相当話が合うと思う。

「伝言? 誰からだ」
「マムからは『よくやった あとでうちに寄りな』だってよ」
「カレン、クラウド、やったね!」
「そこのねーちゃんには、レズリーからだ」
「え、あたし?」

 兄ちゃんの指があたしをさしたので、思わず首を捻ってしまった。あたしに用って、なんだろ? ていうか、レズリーって、誰?

「レズリーはコルネオさんの忠犬さ。あいつからの伝言はつまり、コルネオさんから直々の伝言ってわけだ」
「えっ、コルネオからの伝言?!」
「『あなたのサンダーに痺れました。是非一度、我が屋敷へ』だってさ! すげーなねーちゃん! 玉の輿だぜ!」

 開いた口が塞がらない。ま、まじでか。エアリスとクラウドを見つめると、クラウドは眉間に皺を寄せながら腕を組んだ。エアリスも、怪訝な様子で首を傾げる。そ、そうですよね、どう考えても、怪しいよね、うん。

「なんだろ、あたし、なんかしたかな?」
「したといえばした、な」
「うん、竜巻、発生させたり、雷、たくさん落としたり」
「え、エアリスまで!」
「コルネオ、カレン、タイプだったのかも?」
「それは……ちょっとなあ……」
「でも、痺れたって、言ってたみたいだし」
「うーん」
「とにかく、俺は伝えたからな! お前たち、また試合に出てくれよ! じゃあな!」

 ハイテンションの兄ちゃんは、またエレベーターで地下へと降りていってしまった。残されたあたしたちは、お互いの顔を見回す。まあ、ここでダラダラしてても仕方ない。とりあえずは、マムの店に行って、推薦状をもらわなければ。重い腰を上げて、夜の街を歩く。フードが切られてしまったので、より客引きの声が鬱陶しい。女なら誰でもいいんかい。あたしやエアリスが声をかけられるたび、クラウドが追っ払ってくれるけど。でもあたしは知ってる。あんた目当てで声かけて来るオッサンもいるぞ。かわいそうだから言わないけど。

「来たね。お召し替えの準備は整ってるよ」

 手揉屋の扉を潜ると、マムが待っていた。どうやらドレスも用意してくれていたらしく、扇子を仰ぐその姿からは自信が満ち溢れている。ど、ドレスか。初めて着るな。うん、ちょっとだけ、ほんのちょっと、楽しみ、かも。

「でもそのまえに、推薦状だけど、あたしからは一通しか出してやれないよ。そういう決まりだからね」
「あ、それなんですけど」
「カレン、お屋敷に、招待、されたみたいなの」
「……へぇ?」

 片眉を釣り上げたマムが、あたしの顔を凝視する。次に、頭の天辺から爪先まで、値踏みするような視線を向けられた。や、やっぱ変、です?

「ま、そういうことなら話は早いね。あたしはエアリスの推薦状を出して、あんたたちをドレスアップしてやるさ。でもあんた、サムのところの商売人だろう?」
「あ、まあそういうことになるのかな」
「サムに説明しといたほうがいいんじゃないかい」

 確かに、サムさんには話をしたほうがいいかもしれない。あれだけ嫁立候補を止めてくれたわけだし。しかも、決勝戦ではサムさんのマシンを2台もボコボコにしてしまったのだ。謝罪も兼ねて、顔は見せに行こうかな。

「着替えたら行きます」
「そうかい。じゃあ、早速取り掛かるよ。女の支度は楽じゃないんだ。そうだね、その間あんたは遊んできたらどうだい。思ったよりこの街に馴染んできてるようだし」
「な、」
「クラウド、遊び人になるの?」
「安心しな、あんた一人で時間が潰せるとは思っちゃいないさ。男の子とは男同士、サムに話をつけておいたからね」
「勝手に話を、」
「それじゃ、エアリス、ついてきな。カレンは隣の部屋で待ってなよ。終わったら行くからね」

 クラウドを全く相手にせず、マムはエアリスと手前の部屋に入ってしまった。あたしも、クラウドに手を振ってから隣の部屋に入り、カーテンを閉める。ドレスか。あたしが。初めての体験に唇が綻ぶ。いや、記憶ないし、初めてのことなのか、わかんないけど、でも、覚えてないってことは、初めてで、いいよね。浮かれる気持ちを抑えるように、小さく深呼吸する。何色だろ。赤かな。ピンクかな。グリーンでもいいかも。ソワソワと髪を撫でる。落ち着かない。エアリスのドレスアップにはまだまだ時間がかかるだろうけど、こっちも準備しておいたほうがいいかな。先に脱いでおこうかな。乱暴にブーツを脱ぎ、上着を纏めて脱ぎ捨てた。ブラは纏ったまま、ショートパンツを下ろす。タイツも脱いで丁寧に畳んだ。うーん、生足、隠せるようなドレスにしてくれってマムに言い忘れちゃったな。まああとで伝えればいいか。でもこの格好で風邪ひいても仕方ないし、パーカーだけ羽織っておこうかな。そう思って、黒い服を手に取った時だった。

「カレン、サムの……!!」

 シャ、と小気味よい音と共に、部屋のカーテンが開かれる。突然のことに、声が、出なかった。金色が。一瞬現れて、すぐに消えていった。あまりの素早さに、悲鳴を上げるどころか呆気に取られてしまった。え、クラウド?

「す、まな、い、カレン、その、えっと、」
「え、な、なんで?」
「いや、サムのところに行くから、お前のことも、その、伝えておこうかと、いや、その……ご、めん」
「……み、みた?」
「見てないっ!!」

 いやそれ見たやつの反応……。まあ、いいか、一瞬だったし、減るもんじゃないし。多分、胸とか身体は、持ってる服で隠れてただろうし。脚は、見られたかも、しれないけど。

「まあ、いいよ。サムさんに詳細伝えといて」
「あ、ああ、わかった……い、行ってくる」

 多分謝罪を飲み込んだクラウドが、申し訳なさそうにカーテンから離れる気配を感じる。いや、びっくりした。けど、まあ、クラウドだし、万が一見られてても、見えなかったふり、しててくれるだろうし。上だけ羽織って、ベッドに座って待つ。あ、なんかこのベッドあったかいな。横になったら眠れそう。そういえば魔法で気力を使い果たしていたことを思い出した。大きなあくびが一つ溢れる。ううん、眠い。ちょっとだけ横になろうかな。ゴロリ、とベッドに横になる。目を閉じると、すぐに睡魔はやって来て。数分後、カーテンを開けたマムに「なんだいその疲れた顔は!」とモミモミされてしまうのは別の話。



***


 はあ、とため息をつくと、目の前の男――レズリーは眉間にシワを寄せた。サムに事情を説明し、エアリスとカレンの待つ手揉屋に戻ろうとしたところをジョニーに捕まったのだ。コルネオのオーディションが始まると聞いて、慌てて屋敷まで来てみたはいいが、やはり門前払いに終わった。レズリーに交渉してはみたが、結局男は入れないらしい。武力による脅しも、コルネオという男には効かないそうだ。仕方ない。俺は他の方法を探すか。エアリスはともかく、カレンも潜入するとなると、不安が残る。いろいろな意味で。

「オーディションが始まるまで、まだもう少し時間がある。もし本当に推薦状があるなら、その女をつれてこい。……俺は、勧めないけどな」

 最後にぼそりと呟いたレズリーは、これでもう終わりだというように視線を逸らした。俺も、もう用はないので屋敷を後にしようと、重い扉を押し開けた時だった。

「そういえば、あのフードの女、お前の連れだろ?」
「……カレンのことか」
「コルネオさんが探していた。彼女は――推薦状がなくても、通すようにと言付かっている」
「一体、何が目的だ」
「さあ……なんにしろ、気をつけることだな」

 奇妙な助言を残し、扉は閉ざされる。嫌な予感がする。やはり、潜入させるのはやめたほうがいいのではないか。でも、それでは、ティファはどうする。答えの出ない問いをぐるぐると考えていたせいで、周囲の異様な雰囲気に気づくのが遅れた。はっと顔を上げると、大通りに人だかりができている。カメラのフラッシュが光る中、先頭で野次馬を押し除けているのはジョニーだった。その後ろに、守られるようにして歩いてくる二人に、目を奪われた。

「おいどけって! 見世物じゃねえぞ! 散れ散れ!」
「あ、クラウド!」

 突然上がる花火に、歓声が上がる。駆け寄ってきたエアリスは、どうかな、とその場で一回転してみせた。赤いドレスが、ふわりと膨らむ。まるで、夜空に咲く一輪の花のようだった。

「似合う?」
「あ、ああ」
「良かった。カレンもすごい可愛くて……あれ、カレン?」

 隣にカレンがいないことに気がついたエアリスが、振り返る。ジョニーの影に隠れるようにして歩いてくるのは、もう見慣れたはずの、カレン、で。そう、見慣れた、はずの。

「ほら、カレンさん! 恥ずかしがってないで! ほらほら!」
「ちょ、ジョニー、押さないで、わっ」

 躓きそうになりながら、カレンが俺の前に躍り出る。その姿に、言葉を失った。エアリスが夜空に咲く一輪の花なら、カレンは、まさしく夜空そのものだった。ネイビーブルーのドレスに散りばめられた幾多の宝石が、ギラついたネオンを反射して星のように輝いている。むき出しの鎖骨と、スラリと伸びた白い腕が、夜目に眩しい。Aラインのスカートが、彼女が歩くたびふわりと舞った。いつも無造作にくくられていた銀髪は、丁寧に纏められ項が見えている。後れ毛が色香を放っていて、めまいがした。言葉が出ない。うそだろ。なんだこれは。顔を真っ赤にした彼女が唇を尖らせる。似合わないと思ってるでしょ。声は聞こえていたけれど、言葉として理解するだけの容量が、脳内にはなかった。心臓がうるさいくらいにどくどくいって、破裂してしまうんじゃないかと思うほどだった。フリーズした世界の中、カレンの深いエメラルドの瞳に引き込まれそうだった。彼女から、目が離せない。ああ、見惚れている。頭のどこかで自分の声がした。違う、彼女が何か言っているから、返事をしなければ訝しがられる、のに。声が出ない。俺なら、俺ならなんて言う? こういうとき、俺なら。

「ちょっとクラウド、聞いてるの?!」
「あ、ああ、」
「何か言ったらどうなの」
「…………化けたな」
「!!! クラウドのばか!!!!!」

 真っ赤になったカレンが、最大限の音量で俺を罵倒して去っていった。慌ててジョニーが後を追う。彼女のドレスが翻るたび、振り返った人々がため息を漏らす。その後ろ姿にすら見惚れてしまって、動けなかった。隣でエアリスのため息が聞こえる。

「ほーんと、クラウドっておバカさん」
「なっ、」
「素直になったほうがいいんじゃない?」
「似合ってる……きれいだ」
「ありがと。でも、本当に伝えたいのはわたしじゃないでしょ」

 言葉に詰まった俺を見て、エアリスは「仕方ないなぁ」と呟いた。エアリスにはすぐに言えるのに、どうしてあいつに対しては言葉がつっかえてしまうのだろう。相当困った表情をしていたのか、俺の顔を見てエアリスは小さく笑った。

「とにかく、カレン、追いかけよ」
「どこに行ったのかわかるのか」
「推薦状、もらいに行ったの。クラウドの分」
「俺の? どういうことだ」
「ふふ、クラウド、女の子の服も、似合うと思う!」
「……は?」

 ぐいぐいと俺の腕を引くエアリス。彼女の言葉が冗談であれと強く願う俺の祈りは、誰にも届かなかった。


200516



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