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「わたし、好きだなあ、冬」

 吐き出した息は白く凍って空気中に溶けていった。隣を歩いていた棘くんが、驚きに目を見開く。その鼻先は赤く、気の抜けた顔がなんとも可愛らしい。彼氏に対して可愛いなんておかしいのかもしれないけれど、棘くんは本当に可愛いのだ。本人に言うと怒るので口にはしないけど。
 くりくりとしたまんまるの目を見開いて、棘くんはわたしを見つめる。そんなに驚くことかな。確かにわたしは寒がりだし、冷え性だけど、それを抜きにしたって冬は大好きだよ。

「意外だった?」
「しゃけ」
「そっか」
「……高菜?」
「え、理由? うーん、いっぱいあるよ」

 例えば、こうやって棘くんと手が繋げるから、とか。絡めていた指先をきゅっと握ると、棘くんの眼が嬉しそうに細められる。棘くんのポケットのなかは、ちょっと狭くて、ほわほわしてて、そしてとても暖かかった。こうやって、学校から寮へと向かう短い距離が、いつものわたしたちのデートコースだ。誰にも邪魔されない、二人だけの時間。棘くんのわたしを見つめる視線が柔らかくて、胸の奥がとくんと高鳴った。

「ツナマヨ」

 ぎゅっと指先を握り返した棘くんが、優しく囁いた。その唇から、白い結晶が生まれては空へと還っていく。いつも口元を覆っている制服のジッパーは下ろされ、彼の形の良い唇が露わになっている。両端から伸びる紋様は、彼が呪言師であることを物語っていた。
 言霊を扱う棘くんは、基本的に口元を見せることはない。見たい、と言い出したのは、わたしのわがままだった。声を出さない彼に、少しでも近づきたくて。おにぎりの具しか口にできない棘くんと、少しでも特別なやりとりがしたくて。読唇術というほどのものではないけれど、口パクでいいから彼と会話がしたかったのだ。優しい棘くんはそれを了承してくれて、二人きりの時は口元の覆いを外してくれるようになった。彼女の特権であるだろうそれが、くすぐったいほど嬉しくて、あたたかい。

「    」
「ん、なあに?」

 棘くんの唇が、わたしの名前をかたちづくる。それが嬉しくて、わかっているのにわからないふりをして、棘くんの顔を覗き込んだ。仕方ないなあ、とでも言うように、微笑んだ棘くんが白い息を吐く。「    」ゆっくりと、薄く色づいた唇が、わたしの名前を紡ぐ。声は聞こえない。でも、唇から漏れた吐息が、ひとつ、ふたつと、白い結晶になって空へと昇る。そこには確かに、彼の声が存在していた。

「……あのね、棘くん」

 ん? と棘くんは首を傾げる。幸せそうなその顔はやっぱりかわいくて、でもそれ以上にかっこよくて、心臓がどきどきと走り始める。空気は冷たくて、それに触れている肌は冷えているはずなのに、どうしてか頬だけがぽぽぽ、と熱くなる。棘くんの瞳が、真っ直ぐわたしを見つめていて。きゅう、と胸が切なく締め付けられた。

「冬は、ね、空気が冷たいから、こうやって息が白くなるでしょ?」
「しゃけ、」
「だからね、好きなの。言葉が、目に見えるみたいで」
「っ、」
「棘くんの言葉が、ここにあるんだなって。……なんて、ちょっとクサかった、きゃっ!」

 ぐい、と突然抱き寄せられて、気付いたら棘くんの腕の中だった。ポケットの中の手は繋いだまま、反対側の手が力強くわたしを抱きしめている。おとこのひとの、身体だった。厚手のコートごしに、それを感じてしまって息を呑む。痛いくらいわたしを抱きしめたその手が、わたしの頭を優しく撫でた。そのまま後頭部を引き寄せた棘くんが、こつん、と額をくっつけてくる。至近距離、綺麗に澄んだ瞳に見つめられて言葉が紡げない。「と、げ、くん、」わたしの掠れた声が、白い息となって棘くんの唇にぶつかる。「    」棘くんの唇が、わたしの名前を呼んだ。そして、

「 す き 」

 漏れたその白い吐息ごと、棘くんはわたしの唇にキスをした。冷たい唇が触れた場所が、じんじんと熱を持つ。啄むように何度もキスをしながら、棘くんは声を出さずに囁いた。好き、好き、好き。思いに形があったなら、わたしの中は今、棘くんの「好き」でいっぱいになっているに違いない。たくさんの「好き」が寄り集まって、ぽかぽかとわたしの体温を上げていく。わたしだって、棘くんに好きを返したいのに、唇を塞がれたせいで何も言葉にできなかった。数えきれないキスの合間、生まれては消えていく白い結晶たち。きっと今年の雪は積もらないだろう。だってこんなにも、彼の傍は、あたたかいんだから。


210105