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「悟、彼女のこと、どう思ってるんだ?」

 私の質問に、悟はきゅっとその形の良い眉を寄せた。夕食後の談話室はいつもはみんなのたまり場になっているが、今日はどうしてか私と悟と二人きりだ。いつも私たちのそばにいる彼女の姿はない。担任の夜我に呼ばれて、今は職員室だった。だからできる話だ。彼女がいない時に、いない場所で、明らかにしておきたかった。

「あ? なんだよ急に」
「急でもないさ。ずっと気になっていたからね」

 サングラス越しの鋭い瞳が、私にぐさぐさと突き刺さる。ともすれば呪いさえこもっていそうなほど、純粋で鋭利な視線だった。なるほどね。目は口程にものを云う。サングラスをしてようが目隠しをしてようが、悟のこの感情を隠すことはできないだろうな。くすりと笑った私に、不機嫌そうに悟が口を開いた。

「なにそれ。なんで俺がアイツのこと気にしなきゃなんねーの?」
「なんでって、悟、彼女のこと好きだろ?」
「はァ? ねーわあんなヤツ」

 不自然に声量を上げた悟が、ぷいとそっぽを向いてしまう。へえ。本当に悟は素直じゃないね。いや、私自身も大概だと思うけれど。ひねくれ者はお互い様かな。そんなところまで似ていなくてもいいのに、と思うけれど、こればかりは仕方ない。くすくすと笑う私を、視線だけこちらに遣った悟が睨んでくる。残念だけどそれ、私には効かないよ。彼女なら反発して勝手にべらべらと喋った挙句、思い切り墓穴を掘るんだろうけど。私はそうはいかないし、今回墓穴を掘るのは君だよ、悟。

「どうして? 可愛らしいじゃないか」
「どこがだよあんなちんちくりん」
「いつも一生懸命で前向きだし」
「空振ってんじゃん。脳味噌空っぽだからあんなヘマするんだろ」
「努力家で泣き言も言わないし、途中で投げ出さない」
「ただの意地っ張りだろ、あれは」
「笑顔もいいけど泣き顔もいいね」
「っ、は?」

 ぽんぽんとリズミカルに飛び交っていた会話は、悟の息を飲む音で唐突に止まってしまった。目をガッツリ見開いた悟が、信じられないという面持ちで私を凝視している。聞こえなかったのかな。もう一度言ってあげようか? 笑顔もいいけど、泣き顔もいいよね、彼女。

「ま、て、……あ? アイツ、泣いたの? オマエの前で?」
「私と組まされる回数が一番多いんだ。悟が知らない表情を知っていてもおかしくはないだろ?」

 ゆらり、ソファから立ち上がった悟の、纏う空気が一変する。ぎらぎらと鋭い瞳が、まるで射殺さんとばかりに私を睨みつけた。ピンと貼ったその場の空気に、ピクリと指先が痙攣する。その殺気に、びりびりと肌が痛んだ。ぎり、と奥歯を噛み締めた悟が、私を睨みつけたままゆっくりと唇を開く。

「傑……オマエが、泣かせたのか?」

 腹に響くような、低く重い声に、ぞくりと身体中の毛が逆立った。顔に出さないように取り繕いながら、その鋭い視線を受け止める。目を細めると、ぐらりとさらに悟の圧が増す。キレる一歩手前のぎりぎりで踏みとどまってる悟に、ふっと笑いが漏れた。もういいか。そろそろ限界かな。

「私ではないよ。ただ埃が目に入っただけだから」
「…………は?」
「なかなか取れなくてね。ボロボロと涙を零してたよ。相当痛かっただろうな、あれは」
「っ、おま、わざと、」
「悟、彼女のこと、興味ないんじゃなかったっけ?」

 ハッと息を呑んだ悟が「ねーよ!」と大声を出しながらソファにぼふんと座り込む。あはは、素直じゃないなあ。声を出して笑ったけれど、罰が悪いのか悟は眉間に思い切りシワを寄せたままぷいとそっぽを向く。込み上げる笑いを隠すことなく、一人でくすくすと笑う。意地っ張りなのは彼女だけじゃないみたいだね。でもそうやって意地ばかり張っていると、大切なものを取り逃がしてしまうと私は思うんだけど。

「ところで、」
「んだよ。もういいだろ、さっさと部屋に、」
「“彼女”って、硝子のことを言いたかったんだけど」
「っ、な、」
「やっぱり君、あの子のことが好きなんだろ」
「傑、てめ、カマかけたな!?」

 微かに顔を赤らめた悟が、がばりとソファから起き上がる。カマ? かけたさ。引っかかるお前が悪いな。にやにや笑いながら立ち上がって、自室に帰ろうと扉に向かう。背中に「傑!!」と悟の大声がぶつかったので、首だけで振り向いた。

「悪いが悟、私は部屋を片付けておきたいんだ」
「んなことどうでも、」
「彼女が来るんだ。汚い部屋は見せられない」
「は、ァ?!」

 あんぐりと口を開けた悟の眼をじっと見つめながら、にっこりと言い放った。

「好きじゃないなら、私が貰っても問題ないね?」

 フリーズした悟を置いて、談話室を後にする。まったく、悟も彼女も素直じゃない。どっからみても両想いなのに、どうしてあれでくっつかないのか不思議で仕方ないな。まあ、悟がどうにかしようとしなければ、このままずっと平行線だろう。そうしたら、私が付け入る隙も自ずとうまれてくるかな。安心しなよ、彼女は私が幸せにするから。くすり、漏れ出た笑いを手のひらで隠す。悪いけど、私も本気なんだ。譲るつもりなんか、さらさらないからね、覚悟しなよ。


201128