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「いっ、たぁ、」

 ずきずきと痛むお腹に意識が浮上する。身体が重い。頭から布団をかぶって、膝を抱え込むようにして丸くなる。お腹の奥の方から、低く響くような痛み伝わってきて、小さく呻いた。月に一回の憂鬱な日。女の子特有のそれが、あたしは昔から特に酷くて。昨日も薬を飲んだのだけれど、どうやら眠っている間に切れてしまったらしい。今日はせっかくのオフなのに、寝覚め最悪だな。うう、という声が唇の隙間から漏れる。だめだ、とにかく薬飲もう。空きっ腹だけどこの際仕方ない。枕元のバッグの中に入れっぱなしだったはず。起き上がるのも億劫で、布団から手だけ出して鞄を探す。あれ、ないな。いつもここに置いてあるのに。仕方ない、どうせ水も取ってこなきゃいけないし、起きるか。ため息をつきながら布団から顔を出したら、ありえない人物があたしに微笑んでいた。

「おはよう。探し物ってこれかな?」

 がばり。反射的に布団をかぶり直して暗闇に逃げ込んだ。え、待って、なに今の? あたしの見間違いでなければ、信じたくないけれど、五条が居た気がする。目の前に。え、なんで? 嘘でしょ? ここあたしの部屋だよね? 昨日ちゃんと施錠して、チェーンも掛けて寝たはずなんだけど。なんでいるの。夢であって欲しいけど、じんじんと痛むお腹が非情にも現実を突きつけてくる。やばいめっちゃ痛い。もうなんでもいい、とりあえず薬飲みたい。再び布団から顔を出したあたしを、サングラスをかけた五条はにこりと迎えた。

「やあ。お、は、よ」
「おはようなんであたしの家にいるのかどうやって入ったのか小一時間問い詰めたいんだけどその前に薬飲みたいからあたしのバッグ返して」
「寝起きなのにすごい肺活量だね。はい、どーぞ」

 差し出された錠剤のシートを受け取る。ていうかコイツあたしのバッグ勝手に漁ったな。最低じゃん。罵倒は同じく差し出されたペットボトルによって口から飛び出ることはなかった。くそ、あたしの行動も心情も全部読まれていて悔しい。にこにこ笑う五条を睨みつけながら、むすりとそれを受け取る。絶対に聞こえないくらいの声量で感謝を口にしたのに、五条が「どういたしまして」と朗らかに応えたので苛立ちが加速する。ほんっとコイツ嫌だわ。ぷつりと錠剤をシートから取り出して、口へと放り込む。冷えた水が寝起きにはちょうどよかった。ごくり、飲み込んで、小さく息を吐く。効果が現れるまでは動くのもままならない。このまま寝てしまおう。目の前に突きつけられた現状から目を逸らして、布団をかぶり直す。おーい。間延びした声で五条があたしの名前を呼んだ。

「相変わらずヤバそうだね。大丈夫? 腰さする?」
「大丈夫じゃないけど大丈夫だから放っておいて」
「僕だったら十ヶ月止めてあげられるけど。どう?」
「はあ?! ば、っかじゃ、ないの?!」
「遠慮すんなよ」
「遠慮なんかしてな、っつ、う」

 思わず起き上がったら、響くような腰の痛みに息を飲んだ。下腹部に違和感。もう、最悪。そろそろとまたベッドに横になると、あたしを見つめる五条と目があった。僅かに顰められた眉に、彼の心情を察してしまう。別に病気でもなんでもないんだから、無理して元気付けようとしなくてもいいのに。相変わらずの態度に頬が緩みそうになって、慌てて布団で口元を隠した。高専時代から変わらない、不器用な優しさ。心配そうなその視線が、少しくすぐったくて、嬉しい。

「五条」
「ん? なに」
「手」
「手?」

 差し出された手を、ぎゅっと握った。五条はピクリと動いたけれど、気にせずにぎにぎと感触を確かめる。大きくて、硬くて、あたたかい手のひらだった。引き寄せて、頬にぴたりとくっつける。香水だろうか、五条の香りが鼻をくすぐった。変わらないそれに、ひどく安心する。すり、とすり寄ると、またピクリと五条の指先が痙攣した。あ、なんか眠くなってきた。あんまり寝てないし、五条の手はあったかいし、布団はふかふかだし。重くなる目蓋に逆らわず、目を閉じる。一拍置いて、五条が呆れたような声を出した。

「オ、マエ、さぁ、」
「んー?」
「…………っはーーーー。なんでもない」
「んー」
「……なに、眠いの?」
「ねむ、い……」
「寝れば?」
「うん……寝る……」

 睡魔はすぐにやってきた。薬のせいかな。さすがに違うかな。どっちでもいいや。不思議と、先ほどまでの痛みはない。五条が触れてくれているからだろうか。五条の親指が、やさしくあたしの目元を撫でる。だんだんと呼吸が深くなっていくのが、自分でもわかった。五条があたしの名前を呼ぶ。声はしっかりと聞こえていたけれど、返事はできなかった。はあ、という五条のため息。意識を手放す直前に、それは聞こえてきた。

「そうやって、いっつも素直でいればいいのに。早く僕のものになってよ、  」

 優しくて、とろけてしまいそうなほど甘い声。その言葉、そっくりそのまま五条に返そうと思う。五条こそ、もっと素直になればいいのに。そうしたら、考えてあげなくもない、けど。五条のぬくもりを感じながら、今度こそ意識を手放した。あたしと五条が歩み寄るには、まだまだ時間がかかりそうだ。


201122