×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -




 髪の毛さらっさらやな。
 口の中でのツッコミは聞こえていないはずなのに、こちらを向いた傑が私を見つめてきたのでどきりと心臓が跳ねた。慌てて視線を目の前のテレビへと移す。金曜日、お風呂上がりのこの時間に傑の部屋に入り浸るのが私たちの習慣になったのは、もうだいぶ前のことだった。映画好きの悟の影響で、民放のロードショーを同期四人で見始めたのだけれど、今日は主催者である悟の姿はなかった。どうやら泊まりで呪霊を祓いに行っているらしい。それを聞かされたのはジュースとポップコーンを持って傑の部屋に訪れた時だった。嘘でしょ、の言葉はなんとか飲み込んだけど、傑の「硝子は?」の返事は喉に突っかかってうまく出てこなかった。

「もらす?」
「あ、えと、今日のは観たことあるから、パス、だって」
「そうか。じゃあ今日は二人だな」

 え、中止じゃなくて決行するんですか。私の心の声が傑に届くはずもなく、クッションを用意した傑が私の場所を開けてラグに座り込んでしまったので、仕方なく私もその横に腰を下ろす。腕が触れるような距離じゃないのに、傑の座る右側だけが熱を持ったみたいにじんわりとあたたかい、気がする。テレビの中で、おじいさんが映写機を回している。傑が部屋の電気を暗くした。いつも通りだ。薄暗くした中で、お菓子を摘みながら、映画を観る。いつもと全く変わらない状況なのに、二人きりというだけでこんなにも緊張するものなのか。ちら、と傑を見上げたけれど、その視線はテレビへと注がれている。私ばかりが意識しているみたいだ。つきん、と痛む胸を無視して、始まった映画に集中しようと前を見る。幸いなことに、今日のは去年ヒットしたサスペンスものだった。ラブロマンスじゃなくて、本当によかった。



***



 結論から言う。全然集中できない。だって、薄暗い部屋の中で、二人きりで、お互い風呂上がりで、スウェットで、全くなにもないわけながい。いや、なにもないんだけど。だって私と傑は別に付き合っているわけじゃないし、ただのクラスメイトで、それで、それで。傑が身動ぐたびに、ふわりと漂ってくる香りに目眩がした。シャンプー、なに使ってるんだろう。すごく、いいにおい、する。そわそわと心が落ち着かない。映画はクライマックスに差し掛かっていた。主人公が敵組織と最後のドンパチをしているけど、あれ、こいつさっきまで味方じゃなかったっけ? 裏切ったの? いつ? 全然観てなかった。テレビの中の派手なアクションよりも、真横に座った傑の、お菓子を摘んだり、ジュースを飲んだり、そう言った些細な動きの方が何倍も気になってしまう。どうしよう。どんな顔して観てるのかな。ちょっと気になる。こんないいシーンだし、傑は最初この映画を観たかったと言っていた。きっと集中して観ているに違いない。ちょっとくらい、盗み見しても、バレないかな。ごくり、唾を飲み込む。喉が渇いたけれど、手元のジュースはとっくの昔に空になっていた。握りしめていたペットボトルを、静かに床に置く。そして、息を吸い込んで、ちらり。傑の方を盗み見る。傑の澄んだ瞳と、ぱちりと視線が合ってしまった。

「ぁ、」

 え? 言葉にならない音だけが、しゅるりと唇から漏れた。私のそんな様子を、傑は目を細めて見つめている。ていうか、立てた膝に肘を置いて、その手で自分の頬を支えて、完全に私の方を向いて、私を見つめていた。唇が、くいと妖しく弧を描いている。え? あれ、映画見てたんじゃないの? え、めっちゃ私、見られて、え、あれ?

「ほんとに、びっくりするほど可愛いね」

 エンドロールまで我慢できるかな。にっこりと笑顔でそう言われて、音が出るほど勢いよく視線をテレビに戻す。主人公がついに敵を倒し、ヒロインを助け出しているところだった。え、待って、今のなに? 幻聴? 心臓がどくどくどく、と機関車みたいに身体中を走っている。え、可愛い? 誰が? 私が? なにいまの、夢? 混乱している私の右手に、傑の左手がするりと重ねられた。ひぇ、と変な声が飛び出して、反射的に手を引こうとしたけれど、それを許さないとばかりに傑の手が私の手を押さえつける。絶対に逃さないという、固い意志を感じるような力強さだった。ま、待って待って待って、

「傑、あの、」
「ほら、いいシーンなんだから、ちゃんと観てないと」

 こんな時に限って、画面上では熱い抱擁とキスの嵐。頭の中が完全にパンクしてしまった私に、くすくすと楽しそうに傑は笑いかけた。掴まれた手を、指先でつつつ、となぞられる。あ、もう、無理、

「ところで、今日は泊まっていくだろう?」

 それ、私に拒否権あります? 小さな抵抗は笑顔で黙殺された。困ったな、断る理由を見つけるには、私には時間が足りないみたいだ。画面に流れるエンドロールと、引き寄せられた先の熱に目眩がする。傑の匂いに包まれて、「好きだ」なんて囁かれて、拒否できる人がいたら見てみたい。傑の指先がリモコンをとらえて、ぷつりとテレビが消されて、それで。ああ、硝子になんて報告しよう。そんな考えも、傑が顔を近づけてきたせいで吹っ飛んでしまった。全てが傑の手の上だとわかったのは、全てが終わった翌日の話。


201118