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 苦しそうな吐息に理性はぐらりと揺れた。悟、と小さく名前を囁く唇を、再び自分のそれで塞ぐ。口内に侵入したいと暴れそうになる舌を、ぐっと歯を食いしばって制した。ん、という可愛らしい声に、腰のあたりがぞくぞくする。我慢できなくなって少しだけ目蓋を持ち上げると、目の前のコイツはぎゅっと目を瞑って俺を受け入れていた。悩ましげに顰められた眉に興奮する。あ゛ー、クソ、なんだよ、可愛いな。

「力抜け、バカ」
「っは、むり、そんなの、」
「キスくらいでなに言ってんだよ」

 しかもディープじゃねぇし。至近距離で見つめると、腕の中のコイツは真っ赤な頬を膨らませて俺を睨み付けた。自分の眉がピクリと動くのを感じる。だから、んな顔すんなよ。わかってんの? お前今、俺から逃げられねぇんだけど。後ろは壁、両脇に俺の腕。密着している身体をさらに押し付けると、うぐ、と苦しげな声が聞こえてくる。色気のねぇ声。それにぐっときてしまうのは惚れた弱みというやつか。いや、違った、俺は今、お前に対して、すげえ腹を立ててるんだった。だから任務帰りのコイツを捕まえて、こんなところに引っ張り込んで、半ば無理やりキスをしている。抵抗するように身体がもぞもぞと動いたけれど。だから、逃がすわけねぇって。

「悟、まって、ここ、給湯室、」
「あ? だから何」
「誰か来たら、」
「見られるな」

 寮についている簡易キッチンは比較的人の出入りが激しい。部屋に冷蔵庫を持っていない奴らが飲み物だの食べ物だのを保管しているからだ。扉に貼られた「名前を書くこと!」の紙は何度も濡れたのかよれたままカサカサに乾いている。そんな場所で、見てくれだけはイカガワシイことをしているのが耐えられないのだろう。ぐい、と胸板を押されたけど、生憎そんな程度の力で解放するほど柔な鍛え方はしていない。言ってるだろ、逃がさねぇって。

「悟、あの、とりあえず、どいて、」
「なんで」
「だって、あの、」
「だから、俺、怒ってんの」

 なんだよこの匂い。すん、と耳裏に鼻を近づけて匂いを嗅ぐと、ビクンとコイツの身体が跳ねる。そして鼻腔に広がる嗅ぎ慣れた香水の匂い。傑のだった。オマエ、俺の女だろ。どうしてアイツの匂いがするんだよ。眉間に皺が寄る。鼻を押し付けて、思い切り息を吸い込んで、口から吐き出した。くそ、ちゃんとコイツの匂いもするところが余計に腹が立つな。どんだけ近くにいたんだっつーの。ただの任務だろ。匂い移されてんじゃねーよ。首まで赤く染めたコイツが、だから、とふてくされたようにべらべらと言い訳を並べ立てる。曰く、ただ傑はわたしを守ってくれただけ、とか、一瞬抱き寄せられただけ、とか。一瞬でこんなに匂いが移るはずねーーーだろ。どうせ助けられたあともボケっとしてたんだろうな。簡単に想像つくからこそ苛立ちは増した。コイツの異性に対する距離感のバグり具合はいっそ異常なほどだった。さっきだって、壁に押しやった俺に対して「なに? 狭いんだけど」だぞ。普通照れたり困ったりするだろ。キスしたらすぐ黙ったけど。ただ唇を触れ合わせるだけで真っ赤になる顔はクるものがあるけれど、そんなんじゃそろそろ我慢できねーんですけど。すり、と首筋に擦り寄ると、髪が当たってくすぐったかったのか身を捩る気配。逃げようとする腰を捕まえて、抱きしめて、本気で抵抗される前に、その首筋にじゅう、と吸い付いた。

「ぁっ、」

 それは、吐息のような、ともすれば聞き逃してしまいそうなほど微かな声だったけれど、確かに僅かな熱を孕んだ声だった。聞き慣れないその声に、どくりと心臓が跳ねる。腹の奥の方から、むらむらと湧き上がってくる熱いもの。その衝動に任せて、再度首筋を吸い上げた。じゅるり。また吐息が漏れる。甘い吐息。吸い付いた場所を、今度はねっとりと舐めた。唾液を絡ませた舌で、舌から上に、べろりと一度だけ。ふつふつと立つ鳥肌が可愛らしい。もう一度、今度は舌先を尖らせてから舐め上げる。ちゅ、ちゅ、と唇で触れるだけのキスをしてから、先ほど吸い上げた場所をぐりぐりと舌で押してやる。びくんと跳ねる身体が可愛くて、自然と呼吸が浅くなる。もう一度。今度は耳の後ろあたりに、じゅる、と吸い付く。「っ、ん」押し殺したような吐息。さっきまで胸板を押された指先が、今は俺のシャツを縋るように掴んでいることに気がついてしまった。やべえ。目の前がクラクラする。は、と短く息を吐いて、赤く咲いた華をねとねと舐める。鼻腔を突く傑の香水。腹が立つ。オマエは俺のだろ。ゆるゆると唇で耳裏を撫でてから、目の前の小さな耳にがぷりと噛み付く。腕の中のコイツが震える。耳の縁をべろりと舐めると、唾液のついたそこはすぐに冷たくなった。あたためるように口に含む。唾液を絡ませて、舌でなぞるように愛撫する。「っひ、」漏れる甘ったるい声。優しく噛み付きながら吸い上げると、ふるりと震える身体。可愛い。もっと虐めたい。耳元で吐息をぶつけるように名前を呼ぶと、服を掴む指先にきゅっと力が入った。「さとる、」掠れた声。ゆっくりと身体を起こすと、潤んだ大きな瞳が俺を見つめていた。コイツのさくらんぼの色をした唇にむしゃぶりつきたくなる。ああ、くそ、なんだよその顔。反則だろ。くらくらする。必死に呼吸を落ち着けながら、真っ赤になった頬を撫でた。小さな顎を掬って、親指でふに、と唇をなぞる。散らばった理性をかき集めて、衝動を抑え込んだ。あーくそ、ほんっと、オマエ、ずるいんだよ。俺が我慢してることなんてさあ、全然わかってないんだろ。俺ばっかりが余裕なくて馬鹿みたいだ。いや、オマエもいっぱいいっぱいなんだろうけど。ちゃんと待っててやるから、だから、これくらいの独占欲は許してくれよ。

「ところで、」

 後ろから突然聞こえてきた声に、腕の中の華奢な身体がびくんと跳ねた。潤んだ瞳が、これでもかというくらい大きく見開かれる。ああ、やっぱ気付いてなかったか。俺にされるがままだなとは思ってたけど、気配を読むのに長けたオマエらしくねーな。まっすぐ俺を見つめる瞳、それだけでぞわぞわと気分が上がる。そうそう、そうやって、オマエは俺だけ見ておけばいい。

「いつになったら私は冷蔵庫を使えるんだ?」
「ずっとそこに立っとけよ、傑」

 振り向いてニヤリと笑うと、傑が呆れたようにため息を吐いた。随分前からそこに居たのは知っていたけれど、いい加減痺れを切らして声をかけてきたらしい。元はと言えばオマエが悪いんだからな。他人の女にマーキングしてんじゃねーよ。

「ところで悟」
「あ?」
「しっかりと歯を食いしばった方がいい」
「歯ァ?」

 どん、と胸板を押されて視線を腕の中に戻す。いつの間にか俺の拘束から抜け出したコイツが、大きく右手を振りかぶっていた。目にも留まらぬスピード。無限を展開する暇もなかった。

「悟の、バカーーーッ!!」

 バチン、甲高い音とともに、目の前を星が飛ぶ。渾身の一撃に、言葉にならない声が漏れた。くっそ、オマエ、覚えてろよ! いつか絶対ぇ抱き潰す。


201104