×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -




「好きだ、名前──っ!」

 叫び声みたいな悟の告白は、わたしの心臓を貫くには十分だった。鼓膜を震わせたそれは、電流みたいに身体中をかけめぐった。硬直した身体は、まるでわたしのものじゃなくなってしまったみたいだ。耳は燃えてしまいそうなほど熱いのに、小刻みに震える指先は人形みたいに冷たかった。だめだって、わかっていたのに。耐えきれず、振り向いてしまった。雑踏の中、佇む悟は息を荒げていた。上下する肩、汗を光らせながらわたしを見つめる悟の目が、苦しそうに細められる。その視線に、息を呑む。そんな表情、知らない。そんな、熱を孕んだ、切ない表情なんて、わたしは、知らない。

「う、そ……」

 呟いた言葉に、返事はない。でも、そんなものがなくても、疑いようがなかった。だって、彼の視線が、表情が、全てが、全身全霊で、わたしが好きだって、叫んでいたから。それが、痛いくらいにわかってしまったから、込み上げる感情に、ぎゅっと唇を噛み締める。なんでよ、馬鹿、悟の馬鹿。そんなこと、今まで一度も、言ったことなかったじゃん。わたしのこと、いつもからかってきて、オマエは弱いなって、馬鹿にしてきたじゃん。だから、悟には相談しなかったのに。悟にはわかってもらえないって、そう思ったから、一言も、相談しなかったのに。どうして、今さら、そんなこと。

「名前、好きだ、だから、行くな」

 頼むから。懇願するような囁きは、弱々しくて、全然、いつもの悟じゃないみたいだった。それが、ひどく苦しくて、どうしてかわたしは泣きそうになってしまう。ずっとずっと欲しかった言葉だった。たった一言の「好き」で、わたしは死んでもいいって、思えるくらい、幸せになれたはずなのに。だめだよ、悟、もう遅いよ。ぜんぶ、ぜんぶ、全てが、もう遅いんだよ。

「いつまで立ち止まってるつもりなのかな」
「傑、」

 わたしの肩に手を置いた傑は、まるで悟なんて見えてないみたいに、わたしの顔を覗き込んだ。痛いくらい噛み締めた唇を、親指がするりと撫でる。「血、出てるね」優しい声だった。怖いくらいに、優しくて、哀しい声だった。大丈夫、と呟いて、傑の手をぐいと押し退ける。振り向いた先、信じられないものを見るような悟の視線を正面から受け止めて、ゆっくりと唇を開いた。血の味がした。

「ごめんね、悟」

 さよなら。これ以上彼を見ていられなくて、踵を返して歩き始める。じんじんと唇が痛む。でも、それ以上に胸の奥が、ギリギリと締め付けられるくらいに痛んで、苦しくて、視界が歪んで、もう、耐えきれなかった。ぽろり、と一度零れた涙が、堰を切ったようにぼとぼと流れ落ちていくけれど、気づかないふりをして、一歩一歩前へと進む。悟に気づかれないように。わたしの気持ちを、知られないように。だってもう決めたから。わたしの生き方は、わたしがもう、決めてしまったから。溢れ出る涙と一緒に、彼への気持ちも流してしまえたらよかった。さようなら、好きでした。わたしの声は、もう、彼に届くことはない。


201027