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 あ、レノの香りだ。
 身体がうまく動かない。あたたかい。身動ぎをすると、肌触りのいいブランケットが素肌を滑った。ふわふわとした感覚が心地良くて、瞼をあげるのが億劫だ。すん、ともう一度息を吸い込むと、胸いっぱいにいい香りが広がった。たまに漂ってくる、レノの香水だった。隣のデスクはいつ見ても書類が積み重なっていて、ツォンさんが呆れたようにため息を溢すのが日課になっている。能力はあるのだから、本気を出せばすぐさま片付くのに、どうして後回しにするのだろうか。小言をもらったレノが、仕方なくデスクに着いた時。ふわりと香るのがこれだった。そうしてぱらぱらと書類を確認してから、面倒臭そうに顔を上げる。ぱちりと視線が合って、そのアクアマリンの瞳が、悪戯に細められるのが、いつもの流れだった。デスクが隣だからか、レノは必要以上にわたしにちょっかいをかけてくる。ちょっとバカにしたような、そんなやりとりが、胸がくすぐったくなるくらいうれしいだなんて、恋というものは本当に恐ろしい。必死で取り繕うわたしを見て、レノはいつだってニヤニヤしながら顔を近づけてくるのだ。恋人になる気なんかないくせに、ぐいぐい距離を詰めてくるのだからタチが悪い。それとも、素直になれないわたしがいけないのだろうか。答えは出ない。

「起きたか?」
「ん、まだ寝る……」

 柔らかい声に、ついつい甘えた声が出てしまった。この身体の怠さは、アルコールだな、間違いない。昨日そんなに飲んだっけ? 回らない頭で考える。ああそうだ、確か居酒屋で鉢合わせたチャラい男たちと飲み比べをしてしまったんだった。ひとりで洒落たバーにでも行こうかと思ってたのに、レノがついてきたものだから、予定を変更したのだった。酔っ払った集団が絡んできたので、返り討ちにして、そのあとは? たしか、レノが飲み直そうって言って、それで、それで……え? まって、わたしいま、誰と会話したの? 素肌を滑るブランケット? あたたかくて、身動きが取れなくて、それで、香りが、レノの、

「起きねえと食っちまうぞ、と」
「れ、れ、レノ?!」

 目を見開くと、飛び込んできたアクアマリンの瞳に息を飲む。噎せ返るほど濃厚なレノの香水と、それから、レノ自身の香りに、目眩がした。驚いたように目を見開いたレノが、その瞳をニイと細める。腰に回された腕がわたしを引き寄せて、レノの剥き出しの胸板に密着してしまった。え! 胸板?! 抱き寄せられて、る、の、わたし?! どういうこと?! く、食っちまうって、何?!

「おはよ」
「おは、よう……え、まって、レノ、あの、え? なんで? あれ?」
「おまえ、全然覚えてねえのかよ」

 待って待って、今思い出すから。そうだ、レノと飲み直そうって言って、二軒目はバーに行って、なんか話を、そうだ、ツォンさんの恋愛事情とか、ルードの彼女の話とか、そういう、いわゆるコイバナというものを、レノとはじめてして、そうして、えっと、確か、レノの話も聞かせてよって、わたしが言って、それで、「オレの家に来たら教えてやるぞ、と」って言われたから、わたし、ノコノコと、え、嘘でしょ!?

「こ、ここもしかして、」
「そ、オレん家。思い出したか?」
「ひっ!」

 するり、とレノが下着の上からお尻を撫でたので、びくんと身体が跳ねてしまう。あ! 下着! 履いてる! わたし下着履いてる! そう言えばブラもしてる感覚、よかった、未遂、なのかも、え、でもなんで、下着なの?! 脱いだの?! 脱がされたの!? 記憶がない!!

「その顔は覚えてねぇな?」
「ま、待って、いま思い出すから、」
「おまえが突然キスしてきたんだからな」
「えっ?!」
「そんで服脱いでオレを押し倒した」
「嘘でしょ?!」
「おう、うーそっ」
「レノ!!」

 うーそっじゃない!! 信じられない!! この状況でそんな笑えない冗談言うの普通?! 言わないよね!! 信じられない!! 頬を思いっきり引っ叩こうとしたけれど、緩慢な動作すぎてすぐにレノに防がれてしまった。それどころか、右手首を掴まれて、そのままベッドに縫い付けられてしまう。わたしを抱きしめて横になっていたレノが、身体を反転させ、がばりとのしかかってきた。ブランケットは滑り落ちて、下着姿のわたしたちが露わになってしまう。レノの引き締まった筋肉にくらくらする。ついつい確認してしまったあそこは、黒いボクサーパンツで隠れていたけれど、でも、前が、あの、え、嘘、でしょ!? 言えないけど、嘘でしょ!? なんで?! 混乱するわたしを見下ろしたレノが、ぎらぎらした目を細めてべろりと舌舐めずりした。ひ、食べられ、ちゃう。その整った顔がぐいと近づいて、香る男の人のそれに、ぞわぞわと背筋が粟立った。

「本当は、」
「ひゃ、耳、だめ、」
「オレが、押し倒して」
「ん、ふ、」
「服ひん剥いて」
「あ、胸、や、」
「めちゃくちゃにキスしてやった」

 耳元で囁いたレノが、鎖骨と、その下の膨らみに吸い付く。下着からぎりぎりの場所をぺろりと舐められて、びくんと反応してしまう。つつ、と首を舐めたレノの長い舌が、顎を伝って唇の端をぺろりと舐めていく。目を瞑る暇もなかった。ふわりと重ねられた唇は、ちゅ、と可愛らしい音を立てて、すぐに去っていった。うそ、でしょ、わたし、レノと、いま、キス、した? 睫毛が触れてしまいそうなほど近くで、レノがわたしを見つめている。でも、たしかに、この唇の感覚を、知っているような、気がして。

「三回目」
「え?」
「今ので。おまえ、酔ってたからって、あの状況で寝るのはずりいだろ」
「え、あ、じゃあ、もしかして、」
「まあ、未遂だな」

 よ、よかったあ。ほう、と息を吐き出したかったのに。突然レノが首筋に顔を埋めてきて、その上べろりとそこを舐めたものだから、またびくんと身体が反ってしまう。まるでそれを見越していたかのように、するりと背中に回された大きな手のひら。わたしよりすこし体温の低いそれが、背中を撫でたと思ったら、ぷつりという感覚と、奇妙な解放感。え、うそ、ブラ外された? 今の一瞬で? 神業? ていうか、え、まって、なんで、あの、

「え、レノ? ま、」
「待たねえ。もう十分待っただろ」

 おまえ、寝すぎなんだよ。不機嫌そうなレノがまた至近距離で見つめてきたので、言葉を飲み込んでしまう。え、うそでしょ、まさか、このまま、え、うそ、

「おまえの匂い一晩中嗅いでたんだぞ。一回じゃ終わらねえからな」
「にお、え、レノ、あの、」
「好きだ」

 そう言ってまた降ってきた唇に、慌てて瞼を下ろした。ふわりと香るフレグランスはどこかセクシーで、わたしを捕らえて離さない。ずるい、キスをされてたら、「わたしも」って言えないの、わかってやっているんでしょ。激しい舌使い、息継ぎの合間、吐息まじりに囁かれる名前に、背筋が震える。わたしを抱きしめる引き締まった身体と、あまい香り。ああ、どうしよう、もう抜け出せない。


ガルバナムの誘惑

200916