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「ん、ま、社長、待ってくださ、ん」
「断る」
「ちょ、あ、んぅ」

 必死の抵抗も虚しく、唇は再度奪われた。社長の形の良い唇が、ふに、と何度も私の唇に触れる。小鳥が啄むようなキスは止むことがない。子どもがするような可愛らしいキスも、彼ほど顔が整っている男性にされると心臓がもたないな、なんて現実逃避するように考える。ちゅ、ちゅ、という可愛いらしい音が車内に響いて、あまりの恥ずかしさに顔に熱が集まった。結構な力で胸板を押しているはずなのに、どこにそれほどの力があるの、と言わんばかりに私を抱きしめる腕は強く、いつもの香水と、むせ返るようなアルコールの香りに目眩がする。こ、の、酔っ払い!

「社長、もうすぐ、家に着きますから、ね?」
「だから、抱くのは我慢しているだろう。大人しくキスくらいされておけ」
「だっ?! んん、ひゃっ!」

 ぬるり、と舌が唇を舐めまわしたので、驚いて大きな声が出てしまった。ま、まずい。社長をぐいと押しやって、恐る恐る前方を確認する。運転席で揺れる赤毛。バックミラー越しに、鋭いアクアマリンと目があって、ひゅっと胃が縮んだ。わ、ワァオ。不機嫌MAXだぁ。今日は、本当はルードが護衛につくはずで、レノは非番の予定だった。確か、彼女とデートだ、なんて楽しそうに言っていた気がする。それが、別件が入ったためルードはそちらに回され、急遽レノが招集されたわけだ。デートは潰され、雇い主は酔っ払って後部座席で女にキスをしている。そりゃあ機嫌も悪くなる。少しの同情すら芽生えそうだ。ごめん、の気持ちで彼を見つめていたら、視界に割り込んできたアイスブルーに心臓が跳ねた。

「おい、俺を見ろ」
「社長、ね、あの、レノもいますし、だから、」
「気にするな」

 いや気になりますよ! 文句はやはり唇に塞がれた。今度は、厚い舌が、無遠慮に私の口内に侵入してくる。強いアルコールの匂いに、思わず眉間に皺が寄った。この人、どれだけ飲んだんだ。今日は有名な資産家のパーティーで、招待された彼の秘書として、同伴したのだけれど。そんなに飲んでいるなんて思わなかった。確かに、打ち合わせのために何度か席を外したが、その間にしこたま飲んだのだろうか。でも、まさか、これほど酔っ払っているとは。見張りをしていたレノも、全く気づかなかったに違いない。顔色ひとつ変えないで、見送りに来た資産家たちに笑顔を振りまいた社長は、しかし、レノが車を発進させた途端、隣に座る私に覆いかぶさってきたのだ。それから、今まで、ずっと、この攻防が続いている。

「あ、ん、しゃちょ、ん、まって、ふぁ、」
「もう、仕事は終わった。いつもみたいに、呼べ」
「ちょ、んう、待って、ルー、んむ、ぁ」

 熱い舌が、ぐちゅぐちゅと私の口内を荒らして、呼吸を奪う。上顎とぬるぬると舐められて、ぞわぞわとした快感が背筋を駆け上った。スリットの隙間から、ルーの大きな手のひらが侵入して、ねっとりと太腿を撫でる。至近距離で見つめられて、もう、彼のことしか考えられなくなっていた。求められるまま舌を絡めあい、唾液を送る。しっとりと汗をかいたルーの首に腕を回して、ぎゅっと抱きしめた。大好きな香水の香り。もっと、もっと、彼が欲しい、もっと、深いところまで、彼が、

「着きましたよ、と」

 ばたん、と乱暴に後部座席の扉が開けられたと思ったら、吐き捨てるようなレノの台詞が飛んできて、思わずルーの肩を押してしまった。むすりと唇を結んだルーが、扉を開けたレノを睨む。眉間に皺を寄せたレノが、面倒臭そうに溜息を吐き出した。ああ、彼にとって今日は厄日だな。

「なんだ、レノ、邪魔をするな」
「…………家、着いたんで。シャワー浴びてから好きなだけ抱けばいいんじゃないすかね」
「! ああ、そうしよう」
「ちょ、レノ!」

 制止したけれど、もう遅かった。上機嫌に身体を起こしたルーが、フラフラしながら車を降りて玄関へと向かう。すぐさまそれを追おうとした私の顔を、レノがぐいと覗き込む。「なァ、」不機嫌に光るアクアマリンの瞳が、ぎらぎらと欲に燃えていて。うげ、という声が漏れる。脳裏に思い浮かんだのは、いつもこの瞳の餌食になっている、友人でありレノの恋人でもある彼女で。

「オレ、今日は待機だけど。いいか、命に別状ない限り、連絡はナシだ」
「あ、アイアイサー……」
「じゃ、社長、よろしく頼むぞ、と」

 べろりと唇を舐めたレノがにやにやしながら運転席へと戻っていった。黒塗りの車は滑るように走り出し、テールランプは闇に消えた。前言撤回。厄日はレノではなく、彼女の方らしい。脳内でへらへらと笑う彼女に合掌。ごめん、なんか、今日、酷くされる、かも。いや、私のせいじゃないけど。元はと言えば、ルーが。ああ、そうだ、ルー。

「おい、いつまでそこにいる気だ」
「あ、はい、今行きます!」

 不機嫌そうな声に、慌てて玄関へと向かう。酔っ払いの相手も楽じゃないけど。両腕を広げて私を待つ彼が見れるのだから、まあ、悪くないかな。


200724