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06


 雨は、嫌いじゃない。
 週末から降り続いている雨は、天気予報によると明後日まで降り続けるらしい。しとしと降る春の雨は、昔から好きだった。洗濯物が干せないのは困るけれど。授業も全て終わってしまい、クラスはすこしざわついていた。試験期間まで一週間を切ったから、全校生徒は速やかに帰宅、なのだそうだ。ちゃんと勉強しろよ、と言う担任教師の声を聞き流しながら、降り続ける雨を眺めていると、不意に名前を呼ばれた。


「そうそう、沢田ァ」
「あ、はい」
「司書の先生が呼んでたぞ。なんでも、予約してた本が届いたらしい」
「わかりました」
「あー、あと、英語のノート提出してないやつー! 今日中に提出しねーと成績落とすぞー」


 その言葉に、ざわりと教室が揺れた。関係のないわたしは、私物を鞄の中にしまい込む。予約の本、綱吉が読みたがっていたやつだ。たぶん。ダメツナを演じている綱吉が、図書館で本など借りられるはずもない。そのため、わたしが代わりに借りることが常であった。借りる本のジャンルがジャンルなだけに、どうやら一部の教師には“沢田姉は秀才”で通ってしまっているらしい。確かに、中学生レベルのテストならば満点を取ることは難しくないけれども、それは今までの下積みがあるからであって、本当の秀才は綱吉のような人間のことを言うのではないだろうか。否、あれは鬼才の域と言っても過言ではない、と、思う。綱吉のことはもちろん、自分自身のことでさえ誰にも話したことはないから、客観的な意見など得られないのだけれども。担任の適当な挨拶が終わり、皆が騒がしく立ち上がる。数人の女友達に手を振って、わたしも教室を出た。向かう先は図書館。綱吉、よろこんでくれるかな。思わず口元が緩んでいることに気がついて、あわてて締め直した。





***





「あ、」


 思わずもれた声に、相手も気がついたらしい。よ、と片手をあげて挨拶をされたので、わたしも軽く手を振った。薄暗い昇降口。テスト前は部活動も禁止されているので、学校に残っているのはわたしだけだと思ってたのに。人の気配など感じられないそこに、クラスメイトの持田くんは険しい顔で一人、立っている。しとしとと、雨は降り続いていた。


「どうしたの?」
「んあ?」
「もうみんな帰っちゃったかと思ってた」
「あー」


 眉間に皺を寄せた持田くんは、人差し指で頬を掻いてから、ぶっきらぼうに呟いた。


「英語の、ノート。提出して来たトコだよ」


 むくれたようなその言い方が可笑しくて、思わずくすりと笑ってしまった。それに気付いたのであろう、持田くんからの視線が少し厳しくなる。拗ねているのであろう彼は、とある人物を彷彿とさせて、また笑ってしまいそうになった。いけない、いけない。弁解するように、口早に言葉を紡ぐ。


「ごめんね。持田くん、いつも部活が忙しそうだから、大変だよね。お疲れさま」


 持田くんの顔に驚愕の色が浮かぶ。信じられないものでも見たかのように凝視されて、こちらまで少し驚いてしまった。「……持田くん? どうしたの?」靴を履き換えて近づくと、持田くんはぱちりぱちりと瞬きをした。


「意外だ」
「なにが?」
「沢田、俺の名前知ってたんだな」


 今度はわたしが目をぱちぱちと瞬かせる番だった。知っているも何も、クラスメイトではないか。もうクラス替えをして2カ月たっているし、大学と違って毎日顔を合わせるのだから覚えていて当然だ。わたしの困惑をどうとらえたのか、あわてたように持田くんは手を振った。


「あ、ちげーって、なんつーか、その……沢田ってさ、ちょっと変わってるっていうか、」
「変わってる?」
「言っとくけど悪い意味じゃねーからな。んー、雰囲気が、変わってる」
「雰囲気、ねぇ……」
「周りのことに興味、あんまりねーみたいだし」
「……そんなことないよ?」


 子供って恐ろしい。
 内心のそれをかき消すように、わたしはやんわりとした否定の言葉を紡いだ。周りのことに興味がないわけではないが、一歩引いて傍観していたことは確かである。踏み込みすぎずに、踏み込ませないように、境界線を引いて。気付かれないような人付き合いをしてきたつもりだったけれども、どうやら目の前の彼には通用しなかったようだ。


「んーじゃあ俺の気のせいか?」
「たぶん。あ、そういえば」
「ん?」
「持田くん、帰らないの?」


 首を傾げながら見つめると、持田くんは不快そうに眉を寄せた。ぼりぼりと頭を掻いてから、うっそりと呟く。「パクられたんだよ」


「え、傘が?」
「おう。ビニールのやつだけどな」
「なるほど。それで雨宿りしてたんだ」


 でもこの雨、明日までやまないよ?
 落胆するように頭を抱えた持田くんは、唸るように「知ってる」と呟いた。なるほど、持ってきた傘は盗まれて、しかしこの雨の中飛び出すわけにもいかず、立ち往生していたというわけですか。わたしは手元の傘を見る。大きいわけではないけれど、二人入れないこともないだろう。ピンク色だけれど、そこはまあ、我慢してもらうしかない。


「途中まででよかったら、入っていく?」
「……いいのか?」
「だって、帰れないでしょう?」


 一瞬ぽかんと口を開けた持田くんは、それから、ニイっと大きく笑った。「サンキュー!」笑うと目が細くなって、片方だけえくぼができた。なるほど。持田くんがモテるというのは風の噂で聞いたことがあるけれど、これは納得だなあ。向日葵のような笑顔を向けられて、わたしもおもわず笑ってしまった。うん、あたらしい友達も増えたし、やっぱり雨は嫌いじゃ、ない。











120316  下西 ただす





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