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01



 それを感じたのは、朝、目覚めた瞬間からだった。
 ねっとりと絡みつくような不快感。胸がざわつくその感覚に、思わず眉間に皺を寄せる。虫の知らせにも似たそれは、幼いころから俺の身の回りで幾度となく起こってきた。だが、これほどまでの胸騒ぎを感じたことなど、一度としてありはしない。なにか、いやなことが、起きる。それは、疑いようのない直感だった。今までにない、最悪な事態が。だから、今のこの状況が胸騒ぎの原因ではないとは思うのだが、まあ、面倒なことに変わりはない。


「おまえのせいで負けたんだからなーっ」
「……ごっ、ごめん」
「とゆーことでおそうじたのめる?」


 俺を囲んだクラスメイト達が、にやにやと笑いながらモップを突きつけてくる。昼食後の体育だなんてただでさえ億劫なのに、掃除までやらされるなんて真っ平御免被りたい。突き付けられたモップをがしりと掴んで、床でたたき割ってやろうかと考えるくらいには、俺の機嫌は最悪である。しかし、“オレ”こと“沢田綱吉”がそんなことできるはずもない。精々「でも」だとか「そんな」だとか、挙動不審になりながらやんわりと否定することしかできないのだ。ああ、至極面倒だな。


「オレ達貴重な放課後は遊びたいから」
「えっ」
「んじゃたのんだぜーっ」
「ファイトだダメツナ!」
「ちょっ、まってよっ!」


 “オレ”の制止もむなしく、クラスメイトは笑いながら体育館を後にした。廊下で騒いでいる内容など、聞かなくてもわかりきっている。ダメツナだと揶揄して楽しんでいるのだろう。ふう、とため息をついて窓の外の中庭を眺める。胸騒ぎは、刻一刻とその疼きを増していく。それを抑えるように、ぐっと胸元のシャツを強く握りしめた。


「あ、」


 中庭に面している校舎、コンクリートの渡り廊下を、名前が歩いている。よたよたと覚束ない足取りの原因は、腕に抱えた大量の書類だ。きっとまた、断り切れず押しつけられたのだろう。本当に、彼女は変なところでお人好しだ。ふ、と漏れた笑みは、次の瞬間凍りつく。後ろから駆け寄る男子生徒、振り向く 名前。その表情がほんの少しだけ、やわらかくなる。あの雨の日の昇降口、彼女の核心を突いた男――持田剣介だった。


「チッ」


 苛立ちのままに舌打ちを漏らす。持田は、 名前の隣に並ぶや否や、遠慮する彼女を無視して腕の中の書類をほとんど全て取り上げた。慌てて取り返そうとする 名前から逃げるように、彼は足早に廊下を渡り、俺の視界から消え失せた。ひらりひらりと舞い落ちる書類を拾い歩きながら、 名前も校舎へと入っていく。痛む心臓、胃のむかつきを抑えるように、大きく息を吐き出した。


「帰るか」


 見たくないならば、目を塞いでしまえばいい。





***





「ツっくん、学校から電話あったわよー。また学校さぼったの?」


 部屋の扉を開け放った母さんが、眉間にしわを寄せたままそう述べた。勝手に入るなという俺の主張は、すぐさま流される。読んでいた本はジャンプの下に隠した。


「あんた将来どうするつもりなのー?」
「関係ないだろ!!」
「あるわよ。ママはね、ツっくんにもっと人生を楽しんでほしいのよ!」
「……そーゆーこと人前で言わないでね。恥ずかしいから」


 まっ! と母さんは不満そうに呟いてから、不意ににたりと笑った。その表情にいやな予感しかしなくて、今度は俺が眉間にしわを寄せる。ふふ、と口元を押さえて笑った母さんは。俺が何かを言う前に一枚の紙を差し出した。


「ツっーくん。今日ね、家庭教師の先生が来るのよ」
「……は、ァ?! 家庭教師?!」


 一瞬停止した思考は、次の瞬間から急速に回転を始める。家庭教師、だなんて、そんなもの必要がない。そもそも今は偽って学校生活を送っているだけであって、実際に勉強ができないわけではないのだ。家庭教師など必要ないどころか、行動範囲を制限される点で限りなく邪魔にしかならない。昔からそうだ、母さんは変なところで行動が早い。


「しかも今日から来るってどういうことだよ!」
「そのままよ。 名前ちゃんだって来年は受験だし、いつまでもツっくんの勉強見てもらうわけにはいかないでしょう?」
「だから、そんなもの、必要、」
「ちゃおっス」


 突然の声に、ぞくりと背筋が粟立った。足元に、一人の赤ん坊が立っている。塵ひとつついていない黒のスーツ、中折れ帽の上には緑色の物体が乗っていた。磨き上げられた革靴が、蛍光灯の光を反射する。風貌も奇抜だが、それ以上に、纏う空気が異質だった。びりびりと突き刺さるような覇気。意識した途端に感じる圧倒的な存在。先程まで、気配を微塵も感じなかったことが、まるで信じられなかった。この、この俺が、気付かないだなんて、一体、こいつは、


「オレの名はリボーン。沢田綱吉、お前の家庭教師だ」


 ――これが、リボーンとの出会いであった。










121024  下西 ただす





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