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ギイイ。軋んだ音を立ててバーの扉が開かれる。店内にいた男たちは、葉巻から口を離してそちらを見遣る。黒のスーツに、きっちりと締められたネクタイ、中折れ帽。入ってきた一人の男は、店の中央に据えられている丸テーブルを通り過ぎ、カウンターに腰かけた。
「リボーンか」
テーブルを囲んでいた、ひどく人相の悪い男が、カウンターの方へと話しかける。唇の隙間から、白い煙が漏れた。部屋全体が薄暗く、煙っている向こう側に、中折れ帽のオレンジだけがゆらりと揺れる。
「またオヤジに呼びだされたようだな」
「人気者はつれーなー。今度はローマか? ベネチアか?」
その隣の男も、カウンターに座った男へと話しかける。どうやら顔見知りらしく、その口調はそれほど重いものではなかった。常連なのであろう、中折れ帽の男の前に、マスターはロックのウイスキーを置いた。帽子の男が唇を開く。
「日本だ」
「!!」
「なに!!」
立ち上がりこそしなかったものの、男たちの間には妙な緊張感が漂った。指に挟んだ葉巻から、はらりと灰が零れ落ちる。一瞬絶句した後、口髭を蓄えた方の男が、眉間に皺をよせながら呟いた。
「オヤジのヤツとうとうハラ決めやがったのか」
返事はない。中折れ帽の男は、グラスを傾け、酒を喉に流し込んだ。ハットの上、緑色のカメレオンが舌を伸ばす。カラン。グラスをカウンターに置いて、男は中折れ帽をかぶり直した。
「……長い旅になりそうだ」
121024 下西 ただす