*保健医×生徒




がらら、無遠慮な音と共に開かれた扉に書類へと向けて居た顔を上げ、其方へと向ける。間も無く見知った栗色がひょっこりと現れたのを確認して、溜息を吐きながら引き出しから体温計を取り出した。
だるそうに備え付けの椅子に腰掛ける其奴に先程取り出した物を差し出すと、きょとんとした表情で此方を見詰めて来る。其の様が宛ら小動物の様で、僅かに頬を緩めた。

「……俺未だ何も言ってやせんけど」
「手前の場合、言わなくても解んだよ。ほら、さっさと熱測れ」

釈然としない表情の儘一向に受け取ろうとしない其奴に其れを押し付けると、むう、と頬を膨らませながらも体温を測り始めた。其の様子を確認して、俺は再び先程の書類へと目線を落とした。

「せんせー」
「あァ?」
「詰まんねーです」
「そうか」

俺の返答に大層気分を害したらしい。つかつかと此方へ近付いたと思ったら、俺の手から書類を引っ手繰って、其の儘――有ろう事か放り投げやがった。ぐしゃり、ばらばら。厭な音を立てて後方へと散らばり落ちる紙切れ達。何すんだ手前、そんな意味を込めて睨み付けるも、当の本人は何処吹く風と云った様子で取り合わない。其れ所か、ふふん、と勝ち誇った様に笑う様相に、口元が引き攣るのが解った。こンの糞餓鬼…!

「せんせーが悪いんですぜ。俺が弱ってるのにほったらかして、紙切れなんて読み始めるから」
「其の紙切れを奪って投げ捨てたりなんかする奴は弱ってるなんて言わねぇ」
「ひでぇや。俺仮にもびょーにんですぜー」

足をぶらぶらさせながらぶう垂れる其奴を尻目に、本日二度目の溜息を溢す。と、ぴぴ、軽い音を立てて体温計が其の存在を主張したので其の儘無言で掌を差し出せば、満面の笑みを浮かべながら手渡して来る其奴。嗚於、畜生、何で此奴はこんなに性質が悪いんだ。

「38度2分、か」
「ほら、俺びょーにんじゃねーですか!」

ほらねィ、そう言いながら破顔する其奴の頭をぐしゃぐしゃと撫でて、馬鹿野郎、と呟くと殊更嬉しそうな表情をする。此奴――沖田総悟は、俺が云うのも何だが、変わった奴だ。
此奴は病弱と云う程ではないが其れなりに体躯が弱いらしく、しょっちゅう体調を崩しては俺の元――基、保健室へとやって来る。数多の体調不良の中でも此奴は特に発熱する事が多い為、此奴が来た時は取り敢えず体温計を用意するのが俺の中の常識になって居た。
然しながら、此奴は体調不良で此処へ訪れるのだと云うのに、何故か終始嬉しそうな表情をするのだ。丁度、今の様に。其れがどうにも、俺には解せない。
そう云えば、何時だったか訊ねた事がある。如何してそんなに嬉しそうなんだ、と。
すると此奴は然も当然の様に、

「せんせーに会えるから」

とか抜かしやがった。其の直後、俺が頭を抱えて溜息を吐いたのは、想像に難くないだろう?












「せんせー?」

窺う様な、不満の様な、そんな色を含んだ声で意識を引き戻す。如何やら何時の間にか思考に深く入り込んで居たらしい。声の方を見遣ると、沖田が不満げな目で俺を見詰めていた。如何した、声を掛けるとだって、と唇を尖らせる。

「びょーにんには優しくするもんだろィ。なのに、せんせー全然俺に優しくしてくんない」

ぷいっ、とそっぽを向いてしまった沖田に、思わず口角を上げる。華奢な体躯を後ろから包み込むと、其の儘彼の耳元に唇を寄せる。

「構って欲しいんだったらそう言えや。……なァ、総悟?」
「……っ」

後ろからでも解る程に顔を真っ赤に染めて、「せんせーはずるいでさ、」と小さく呟いた唇にキスをひとつ落とすと、其れでも嬉しそうに俺に笑い掛けた。嗚於、御前の方が狡いよ。年甲斐も無く高鳴る心臓に内心苦笑しながら、そんな事を思った。











沖田総悟は変わっている。
体調を崩して居るのにも関わらず、嬉しそうに俺の元を訪ねて来る。
沖田総悟は変わっている。
一生徒として一教師の俺が好きなのでは無く、一人の人間として一人の人間である俺が好きらしい。
そして。
そんな、自分よりも一回りも違う、仮にも生徒で在る沖田の事が好きなのだから、俺も此奴同様――否、此奴以上に変わっているに違いない。






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元ネタというかなんというか。生理痛で保健室で寝てたら思い付いた。後、熱しょっちゅう出すのはうちの主将です笑







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