*死ネタ



あれは何時の事だったか。
どの様な経緯だったかは忘れてしまったが、その可笑しな口約だけははっきりと覚えている。
一回りも歳が違う恋人と交わしたそれは、ある種の儀式と云ってもいい程、少しばかり浮世離れしたものであると同時に、ちょっとしたゲームの様でもあった。サバイバルゲーム、とでも云えば解るだろうか。
最も、それは例えであって、本来の意味とは大分異なるのだが。













立ち上った紫煙が波の様にたゆたうのを何となしに眺めながら、手中に収まっているそれを持て余す。
先程譲り受けたそれは、一つの掌で十分事足りる大きさにも関わらず、やけに重く感じられた。然し、手にした時のあの云い様の無い不快感に比べれば、そんなもの等簡単に無霧して逝く。噫。
静かに瞼を閉じれば、暗闇に眩しい程の笑顔が浮かぶ。真っ直ぐで、綺麗。濁った眼では、直視するには些か純粋過ぎた。――晋助。柔らかく名を呼ぶ愛しい声が脳内に反響して反芻して。思わず、唇を噛んだ。噫!

どろり、流れた赤が指の隙間から滴り落ちて、地面を染め上げていく。黒ずんだそれは次第に広がって、大きな染みとなった。それは、まるで穴の様で。傷痕、の様で。消去した筈の記憶から流れてくる映像が、絶望へと苛む。それを、俺はよく知っている。大切なものを理不尽に奪われた、あの時と同じ、それ。
然し、今と昔では状況が大きく異なった。理不尽に奪われたのではなく、已無く奪ったのだ。――俺、が。

仕方の無い事なんだ、と。何れはこうなる運命だったのだ。早いか遅いかの違いはあれど、最終地点は同じなのだから。若かしたら立場が逆転していたやも識れないが、それでも結局は同じ事。鬼兵隊か真選組か。俺かあいつか。それだけ。
あいつは敵で、俺はあいつにとっての敵だ。本来ならば相容れぬ存在で、心を許してはならない対象。――それでも。
愛している。想っている。好きで、大切な愛しき情人。只一人の、可愛い恋人。なの、に。

――晋助。
さらさらと柔らかな髪を揺らしながら、此方に向かって綺麗に微笑む愛しい人。ほんのりと頬を染めながら、蒼の大きな瞳で真っ直ぐ見詰めてくる。抱き寄せて抱き絞めて、頭を撫でて口吻けたい。けれど、叶わない。それは、只の記憶の片鱗に過ぎないのだから。

行き場の無い感情が胸中に蟠り、黒い陰を落としていく。手も心も黒く染まった俺を、あいつはどう思うだろうか。嘲笑うだろうか。泣くだろうか。然し、確かめる術はもう無い。そして、結果を招いたのは他の誰でも無い、自分。

本当は、果たされない事を願いながら交わした。勝敗などつかぬ事を祈りながら臨んだ。永遠に、結末など来なければ良いと。
なんて愚かで身勝手な事だろう。自分でも重々理解している。それこそ、痛い程に。然しながら、それが何よりの本心である事に変わりはなかった。幾ら道理や理性で紛らせ覆い隠そうとも、心の深奥迄は誤魔化せない。例えそれが、どんなに希薄なものだったとしても。

掌のそれを、何処か虚ろげに、只、見詰める。赤濡れのそれは冷たく鎮座するばかりで、何も語りはしない。無機的なそれは確かに彼を形成していたものに違いはないと云うのに、とてもそうは思えなかった。彼のそれは、もっと美しかった筈だから。こんな樟んではいなかった筈、だから。
連鎖的に、鮮やかな蒼眼を細めながら、約束ですぜ、と無邪気に笑う彼を思い出す。同時に、交わした約束事も。破ったら、化けて出る。そんな可愛らしい脅し文句付きで結んだ口約。噫、それならば。
もしもこの約束を果たさずにいたならば、御前と再び会い見える事が叶うのだろうか。そうなのだとしたら、俺は今直ぐにでも此を破棄して逢瀬を望むだろう。
然し、それは只の戯言に過ぎない。或る種の願望とも云えるが、どちらにせよ、叶わない事に変わりはない。どうせ叶わないのならば、わざわざ口約を無下する必要等あるまい。

(……此で御前が満足ならば俺は、)













咥内のそれは、あいつとは掛け離れた、酷く生臭い味がした。







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