思い出すのは
あいつの冷笑
思い出せないのは
あいつの笑顔
暁〜第四章・弐〜
ビリッと、日めくりカレンダーを1枚破る。変わった日付を見つめながら、俺は7日後のことを思った。
辰馬から連絡があったのは昨日のこと。「時間かかったけんど、おんしらからの預かり物、確かに届けたき」と、電話の向こうからした力強い声が俺の心を大きく揺さぶった。
2か月前、辰馬は教本を届けた日の翌週末に俺らが松下村塾へ向かうと高杉に伝えるから、そのつもりでいろと言っていた。
あれから数週間。連絡を待つだけのもどかしい日々に、ついに終止符が打たれた。
7日後に、俺は先生が最期に残したものを求めて松下村塾へ向かう。
「銀さん朝ご飯できましたよー」
「おぉ」
「・・・どうかしたんですか??そんな険しい顔でカレンダーみつめて」
「いや・・・糖分不足なだけ」
新八の運んできた朝食のいい匂いが、いつもの朝がここにあることを証明してくれた。食器を並べる音、定春の餌入れにドッグフードを注ぐ音、顔を洗い終えた神楽が居間に駆けてくる足音。
些細なことが当たり前に感じるほど、奴らとの生活は確実に俺の中に染みついていた。
「いただきますヨー。あ?!なんで卵ないアルか?!卵かけごはんできないヨ!!」
「昨日作ったオムレツに全部使っちゃったからだよ。今日はふりかけで我慢してね」
「ふりかけ?!・・・最高アルな」
「結局飯に乗ってればなんだって良いんだろお前は」
「銀さんも早く座って食べてください。今日9時に出ないと仕事に遅刻しますよ。1人で行くんですからちゃんと働いてきてください」
「お前らこそ久しぶりに仕事の依頼が重なったんだ。そっちでヘマしたら承知しねぇぞ」
「大丈夫ですよ」
「まかせるネ」
新八の作った味噌汁はいつも通り、あたたかな家庭の味がした。
◆
「万事屋さん、今日は本当に助かりました。これは依頼料とほんの気持ちです。今年は豊作でして、うちで採れた野菜ですがよかったら食べてやってください」
「すいませんね、んじゃ遠慮なく」
歌舞伎町から電車を乗り継いでやってきた郊外。下車してすぐ目の前には畑がいくつも広がっている。その中に一際広い面積のとある農家の収穫作業を手伝うことが今回の依頼だった。
作業工程は至ってシンプルだが、昼食休憩を挟み日暮れまでしっかりと働いて、やっと収穫を終えることができた。ずっと屈んでいたおかげで、腰や肩に疲労がたまっている。
「また何かありましたら連絡ください」
「はい、よろしくお願いしますね万事屋さん」
今日1日共に働いた数名の人々に見送られ、オレンジの夕日を背に疲れた体に鞭打って俺は駅を目指した。
日が暮れれば気温がぐっと下がるだろう。だがどうやら家に着く頃には空に月が出ている頃になりそうだ。早く帰って風呂に入って、飯の前にいちご牛乳ガブ飲みして・・・と思いを巡らせていた、その時だった。
「・・・は?・・・は?・・・なにしてんのお前」
「リーダーと新八くんに聞いたら、ここだと教えてくれたのでな」
行きに通り過ぎた小さな神社の鳥居に寄り掛かっている男。あまりにも知ってる人物と酷似していたので思わず足を止めれば、案の定そこには笠をかぶったヅラが立っていた。
「何の用だよ」
「あの話をするには知人がいないところの方が良いだろうと思ってな」
「んで、わざわざこんなところまで来たってか」
「あぁ」
「殊勝なこって」
再び駅に向かって歩き出せば、当たり前のようにヅラも俺の隣に並んだ。追い越すわけでも、一歩下がるわけでもなく俺のゆっくりとした歩調に合わせて歩く。
「お前も坂本から連絡を貰っただろう」
「あぁ」
ものは相談なのだが・・・と続けたヅラに、俺は瞬時に7日後の件だとわかった。
真面目なこいつのことだから、またつまらないことで頭を抱えているのだろう。この時、少しぐらい力になってやろうと、ほんのちょっと思った俺が馬鹿だった。
「相談ってなに」
「お前は・・・どうやって先生のところまで行くつもりだ?電車か?飛行機か?俺は電車で行こうと思うのだがもしお前も電車ならチケット予約しておいてやるから窓側の席は俺に譲ってくれないか?俺はすぐに酔ってしまうのでな。もちろん酔い止めは飲んでいくつもりだ心配いらない」
「なんの話?!この話するためにわざわざ来たの?!ここまで来たの?!」
「もう7日後だぞ。早めにチケット取らないと隣同士の席がとれなくなるとエリザベスがいうものでな」
「別に隣同士じゃなくていいだろ!!つーか何しに行く気だよお前!!遠足ですか?修学旅行ですか?!」
「冗談だ銀時。安心しろ。もうチケットは隣同士で予約してある」
「いろんな意味で冗談じゃねぇよ!!」
結局、ヅラが俺に相談したかったことは「電車の窓側の席を譲ってほしい」ということだけだった。労働で疲れた体に加えて、突然のヅラの登場と発言により精神的にも疲れさせられ、俺は家までちゃんとたどり着けるか心底不安になった。
「窓側でも運転席でも便所でも好きなとこにいろよ!!どーでもいいわ!!」
「貴様なら譲ってくれると思っていたぞ銀時。口は悪いが優しい奴だな」
「お前さ、7日後のことちゃんとわかってんの?7日後に何があるかわかってる?寺巡りして旅館泊まって夜は好きな女の話で盛り上がる修学旅行じゃねぇんだぞ」
「馬鹿にするな、わかっている」
「いや馬鹿にするからね。お前馬鹿だからね」
「こんなふうに冗談の一つでも言わねば、俺の心が落ち着かないものでな」
自分が落ち着くためなら人の心はかき乱しても良いのかと目の前の馬鹿を殴りたくなった。人に害を及ぼす冗談なんて今後、二度と言わないでもらいたい。
「何が落ち着かないだ。雑念が多すぎるてめぇの責任だろーが」
「7日後のことを思えば否応なく頭がいっぱいになってしまって」
「・・・・・・」
「・・・なぁ、銀時」
ヅラは一呼吸置いて、俺の名前を呼び
「お前はどう受け止めた?」
と目深に笠をかぶり、投げかけてきた。
「7日後に高杉と接触するかもしれないという事実を、どう受け止めた?」
「・・・どうもこうも・・・別に」
「あいつが俺たちを殺したがっていること、忘れたわけじゃないだろう」
「・・・」
「俺たちは・・・次にあいつと会ったとき、斬ると約束したこと。忘れたわけじゃないだろう」
「・・・あぁ」
「俺はもう、覚悟を決めている」
『互いが互いを殺したがっている』
これは、まぎれもない事実だった。
ヅラが最悪の事態を想定するのも、無理はない。
「そうだな・・・死ぬかもな。俺もお前も、・・・高杉も」
「・・・・・・」
「そしたら3人仲良く先生のもとにいけるわけだ」
「・・・・・・」
「それが一番いい方法だったりしてな。誰もが一度は考えそうなオチだけどよ」
「銀時」
ヅラが俺の悪い冗談を咎めた。それ以上は許さないとでも言うように。
「・・・いいか?俺たちは高杉に会いに行くわけじゃねぇ。高杉だって俺らに会いに来るわけじゃねぇだろ」
「・・・」
「俺は先生が何を残したのか知りてぇだけだ」
「高杉があの場に来たのなら、奴も理由は同じ・・・そういうことか」
「先生に会いに行くことを名目に殺り合うほど、堕ちちゃいねぇよ。俺も・・・あいつも」
「・・・そうか」
地面に長く伸びた俺とヅラの影。幼かった頃とは比べ物にならないほど大きな俺の影。
隣で歩くヅラの影は、似ても似つかないはずなのに髪型の所為か、はたまた今日の会話によく出てくるからか、松陽先生を彷彿とさせた。
もし松陽先生が生きていれば、こうやって肩を並べて歩くことができたのだろう。
胸の奥がチクリと痛んだ。
「銀時、聞いているか?」
「あ?」
「急にぼーっとしてどうした。リーダー達にはこの件について何か言ったのか?」
まさかお前と先生を照らし合わせてたなんて言えるはずもなく、「あぁ・・・いや。言ってねぇ」と労働の疲れを理由に意識が散漫だった風を装った。
「あいつらは目ざといから、言えばついて来るに決まってる」
「いいのか?それで・・・」
俺が言うつもりが無いこと察したヅラは、言葉を詰まらせた。どうしても高杉との接触で万が一起きるかもしれない最悪の事態への不安が拭えないでいるようだった。何も言わずに、2人の前から俺が消えることを恐れている。
本当に昔から世話焼きな男だと思った。
「俺はなぁ、ヅラ。俺の帰る場所にあいつらが居れば、それで良いと思ってる」
「!」
「だからいつも通り出かけて、いつも通り帰ればいいんだよ」
うるさくて、腹立たしくて、面倒で。
でも、幸せなあの場所へ。
俺の横でヅラは「そうだな・・・」とだけ呟き、笑った。
「坂本があと5日で地球に戻って来れるそうだ」
「あ?それ俺知らなかった」
「あいつ、とても良い酒が手に入ったと喜んでいたぞ。楽しみにしているらしい・・・4人で飲む酒を」
「飲めるかどうか、わかんねぇけどな」
「いや、あいつは妙に自信たっぷりに言っていたぞ?」
「辰馬はいつだって理由もなく自信満々だったろ」
「なんか策でもあるのやもしれんな」
「まぁ、期待しないでおくわ」
長い道のりを歩き、ようやく駅までたどり着いた。駅のホームで、この後はどうするんだとか、また坂本から連絡があれば伝えるだとか、そんな話をしている間に電車が駅に停車した。
たとえ会話の内容がいつもより重く、いくら話し合っても今は答えが出ないものだったとしても、決して悪い時間じゃなかった。そう思いながら俺はヅラの隣に座り、襲いかかる睡魔に身をゆだねた。
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