しとしとと冬の雨が降る夕方の歌舞伎町。気温3度という寒さの中、とある人物が万事屋のインターフォンを鳴らした。















「あ、桂さん」

「毎日訪れてすまんな、新八くん」

「いえいえそんな。どうぞ、あがってください」


新八が迎え入れたのは、連日ひとりで訪問してくる桂だった。玄関の温度が桂が纏っていた冷気によって急激に下がり、新八は軽く身震いをする。「今日は冷えましたねー」と何気ない、1日の終わりにする会話をし、新八が客人の傘を預かった。


「これから朝にかけて雪が降るみたいで」

「初雪になりそうだな」

「桂さん風邪には気を付けてくださいね」

「あぁ。ありがとう」


草履の向きを揃えて家にあがることは、桂にとって造作もないのだろう。新八は、この習慣が少しでも銀時にあればなぁと思いつつ、居間へと桂を案内した。


「あれ?神楽ちゃん、銀さんは?」

「さっきまでそこに座ってジャンプ読みながら鼻ほじってたけど、眠くなったから寝るって言って部屋に入っていったアル」

「あ、そうなの?夕飯までには起きるかな・・・」


定春に寄り掛かりテレビを見ていた神楽が「今日のお土産は何アルか?」と問いかけながら駆け寄り、桂の手から風呂敷を受け取る。

和菓子が多い桂のお土産だが、今日は珍しくいちごのショートケーキだった。


「わっ!!ショートケーキ!!」

「桂さん、いつもすいません」

「いや、いいんだ。気にせず食べてくれ。美味しくて有名ではないがある人物が言うには、生クリームとやらが甘すぎるけど病みつきになるようなならないような、とにかく美味しいとは言い切れないけど内装は素晴らしい洋菓子店で買ったもので、すまんがな」

「・・・ま、まぁありがたく頂きます。とりあえず座ってください。今お茶出しますから」


桂の何が言いたいのかわからない説明は、新八にケーキの美味しさをひとつも伝えることなく終わった。しかし、すでに箱をあけてケーキを食べている神楽は満足そうなので、味に問題はないだろうと判断しつつ、新八は茶を淹れた。


「新八くん、銀時の容体はどうだ?」

「最初と比べたら、だいぶ善くなりましたよ。包帯も自分で変えてましたし、さっきまで普通にジャンプ読んでたぐらいですから」

「そうか・・・それは良かった」

「あの時は驚きましたよ」


新八は桂に茶を差し出しながら、数日前のことを思い返した。

その日、新八が家に帰ろうとした頃、怪我を負った銀時を桂が支えながら万事屋にやってきた。そんなに傷は深くなかったが、新八と神楽は桂の治療を手伝うために少しバタバタしたのだ。

新八はあらためて、「あの時はありがとうございました」と頭を下げた。


「せっかく毎日来ていただいてるのに、あの日以来銀さんと会っていないですよね?いつも寝てたり、急にお風呂入ったり」

「いいんだ。タイミングが合わないだけだから気にしないでくれ」

「銀さんは幸せ者ですよ。桂さんみたいに毎日お見舞いに来てくれる友人の方がいて」

「私もそう思うアル。毎日お土産持ってくる友人なんて一生大事にすべきヨ」

「神楽ちゃんが言うと意味が違って聞こえるけどね」

「そうアルか?」

「うん」


それに引き換え・・・と新八は愚痴をこぼすかのように続けた。


「怪我の理由も転んだだけとか言うし、最近は意図的に桂さんに会おうとしてない気がするし。ほんと、どうしようもないですよあの人」

「そうか」

「どうやったら転んだ拍子に刀傷作れるんだって話です。桂さんも怪我のこと知らないんですよね?以前そう言ってましたもんね」

「・・・あぁ。すまないな」


少し空気が重たくなってしまったと感じた桂は、そろそろ御いとましようと思い、出されたお茶を飲み干す。底に残っていた茶渋が舌の上に乗り、ほろ苦さが口に広がった。


「・・・そろそろ失礼させてもらおう」

「あ!桂さん、よかったら夕飯食べて行ってくださいよ」

「いや、気持ちは有難いが」

「遠慮することないアル。今日はおでんだから大勢で食べたほうが美味しいネ!ただし大根と卵は持参しろヨ。私たくさん食べたいから」

「ちょっと神楽ちゃん。急になに意味わかんないこと言ってんの」

「大根・・・卵・・・」


神楽の言葉を真に受けた真面目な桂は、アジトの冷蔵庫に大根と卵があったか思い出そうと唸っていた。それはもう真剣に唸っていた。


「・・・くっ、思い出せん。冷蔵庫の中に玉ねぎと長ネギと小ねぎがあったことしか・・・!!」

「ねぎ多っ!!しかも種類豊富!!」


桂曰く、同志たちが風邪を引かないようこの時期はネギが料理に欠かせない。だから、つねに冷蔵庫にいれてあるそうだ。確かに風邪予防にいいと聞くが・・・と新八は苦笑した。


「桂さんもそんな悩まなくて大丈夫ですから、持参しなくてもちゃんと材料ありますから」

「何から何まですまない」

「じゃあ神楽ちゃん、ご飯作る準備始めよう」

「えー。面倒アルなぁ」


ショートケーキのラベルについた生クリームを舌で舐め取りながら、嫌そうに顔を歪める。銀時が怪我を負ってから、食事当番のサイクルが乱れ2日に1回作らされるのが不満らしい。


「今日は神楽ちゃんが食事当番でしょ?本当なら神楽ちゃんだけで作ってもらいたいけど、おでんが卵かけごはんになると困るから僕も手伝うよ」

「おでんも卵かけごはんも一緒アル。気合をぶっこめば出来上がりネ」

「いや全然ちげーよ。気合いらないから材料入れてよ」

「しょーがないアルなー」


新八は桂に「テレビでも見て待っててください」とだけ言うと、テーブルの隅に置いてあったリモコンを桂の手が届く範囲に置き直し、面倒臭がる神楽とともに台所へと消えて行った。









「・・・・・・」


先ほどまで神楽が見ていたお笑い番組。人気のコンビなのか、観客からの笑いが絶えない。しかし、桂が彼らの漫才を見て笑うことはなかった。

桂自身も、銀時が意図的に自分と会わないようにしていることに気が付いていた。だが、それがなぜなのか確信めいたものが無い。しかし、このままの状態も腑に落ちなかった。

桂は少しテレビの音量を小さくするとソファーから立ち上がり、銀時の眠る寝室の前で立ち止まった。


「・・・入るぞ」


返事を待たずに、意を決して襖を開けた。部屋の中央に一組の布団が敷かれており、その中で銀時は桂に背を向けて横になっていた。


冬の雨が降る夕方は薄暗くて、室内に光が入らない。部屋の明かりは眠気を誘うような小さなオレンジ色の電灯のみだった。銀時が桂の方を向いていても、その表情を把握することは難しいだろう。

桂は黙ったまま居間につながる襖を背に、正座した。そのまま銀時の後頭部を見ながら口を開く。


「しぶといな、お前も」

「うるせーよ」


やっぱり起きていたのだなと、即座に返事をしてきた銀時に呆れた。


「まぁ、その程度の傷で命を落とすようなタマじゃないことぐらいわかる」

「そりゃそうだ。刀の一つや二つ刺さったぐらいで死なねぇよ」

「銀時、お前に聞きたいことがある」

「なに」

「俺を避ける理由はなんだ?」

「別に避けてねぇし」

「お前が俺をかばって怪我をしたことと関係があるのか?」


至ってスムーズに交わし続けた会話が、プツリと止まった。銀時は無言で布団を深くかぶり直し、桂からは掛け布団から少しはみ出た銀髪しか見えなくなった。


「調子乗ってんじゃねぇよ誰がてめぇなんか庇うか。お前を盾にしてでも生き抜くっつーの」

「ではなぜ新八くんやリーダーに隠す必要がある?俺を庇って負った傷だということを知られたくないからじゃないのか?お前はそういう奴だ。昔から変なところで意地を張る」



あの日、真選組に追われていた桂は逃げ込んだ路地裏で天人とぶつかった。すでにかなり体力を消耗していた桂の動きは鈍く、天人の言い掛かりによって乱闘が起きる寸前だった。

銀時の乗った原付が路地裏に突っ込んできたのだ・・・


「なっ・・・銀時?!」

「あ?何してんのヅラ」

「何って・・・貴様こそ」

「俺?おれ帰る途中。この路地通ったほうが近ぇから」


ジャンプの続きが気になるから早く帰りたいと言って、天人を原付でひいたことなど微塵も気にせず銀時は、ずれたヘルメットを直した。


「おいテメェら!!!人のこと原付で吹っ飛ばしといて、のんきに会話してんじゃねぇぞゴラァァ!!」

「ちょっと・・・何ヅラ。今度はこんな野蛮な奴らとつるんでんの?あの白いおばけの次はこいつらなわけ?昔から言ってんじゃん友達選べって」

「誰が友達だ!!!なめてんのかテメェ!!!」

「お前友達じゃないとか言われてんじゃん。んなこと言ってくるやつは友達じゃねぇよ、こっちから願い下げだわ。さっさと絶交しとけ」

「あ、あぁ・・・」


この会話がついに天人の逆鱗に触れ、狭い路地裏で乱闘が起こってしまったのだった。



「あの時、原付に乗ってさっさと場を離れれば傷も負わずに済んだだろうに」

「・・・」

「だが・・・俺が無事なのは、お前のおかげだ」


桂の言葉を聞き、銀時が布団の中でモゾリと動いた。ゆっくりと上半身を起こし、寝癖がついた髪の毛をガシガシと掻くとヅラの方を向き、話しづらそうに語りだす。


「あのさぁ、ヅラ・・・別にお前に悪いとか思ってねぇんだけど後味悪いから言うわ」

「なんだ」

「・・・俺も原付乗って逃げる気満々だったわけよ」

「・・・」

「けどよぉ、あの天人が俺のジャンプ奪ったからさぁ・・・」

「・・・それを取り返すために一戦交えたのか?」

「まぁ・・・そういうこと。前に事故って記憶無くしてから、あいつらにジャンプ買いに行くときは注意しろって言われててよ、次になんか起こしたらジャンプ禁止令出されっから言いたくなかったんだよ。あいつら口うるさいから」


幸い、俺がジャンプを買いに行った時に巻き込まれたことってのはバレてねぇしこれからも言わないからと銀時は続けた。


「そしたらお前、俺が庇って怪我したとか勘違いするし、責任感じてるし、数日経てば見舞いにも来なくなるだろうと思ったのにお前毎日来るし。とんでもなく気まずい日々を過ごしたわ」

「当然だ。俺が巻き込んだ・・・今日までそう思っていたからな」

「・・・」

「だが、その怪我も自業自得というわけか」

「その言い方ねぇだろ!もとはと言えばお前があの路地裏にいなけりゃよかったっつー話だからね?!けどまぁ・・・結果的にお前も俺も俺のジャンプも無事ならそれでいいだろ」

「理由はどうあれ・・・あの時お前に助けられたことに変わりはない」

感謝している。


普段桂が言わないことを直接言われた銀時は、目を思いきり見開いた。


「何・・・気持ち悪ぃな」

「人からの感謝の想いを気持ち悪いなどと言うな。無礼者め」

「だからそういうのいらねぇから。お前をかばったんじゃなくてジャンプかばっただけだから」

「そういうことにしておこう」

「ガキ共には言うんじゃねぇぞ」

「銀さん、入りますよ?」


まだ銀時が桂の言葉に驚きを隠せない中、新八が夕飯の支度ができたと知らせに来た。桂の姿も見つけ、「桂さんここにいたんですね」と笑顔を見せた。帰ってしまったのかと不安に思っていたようだ。

そして全員が席に着き、湯気の立つおでんを囲んだ。部屋中に美味しい匂いが漂い、それにつられて眠っていた定春が目を覚まし、エサ入れを持って待機している。


「銀ちゃん!この大根私が切ったアル!」

「あー、この中で一番独創的なやつな」

「桂さん、お口に合うかわからないですけどどうぞ」

「いや、とても美味いぞ」

「定春にもおすそ分けネ」

「わんっ」


神楽が「やっぱり冬はおでんに限るネ」と、おっさん口調で言い、桂が「ねぎを入れてみても美味しそうだな」と真顔で話す。定春は器の中のおでんに夢中でかぶりつき、新八は銀時の分のおでんをよそっていた。


「はい銀さん。無理せずに食べてくださいね」

「おう。さんきゅ」

「早く傷治してくれないと、2日に一回は卵かけごはんになっちゃいますから」

「私はそれが良いアル。銀ちゃん、傷の治り遅らせてあげても良いヨ」

「何する気だコノヤロー」


物騒なことをつぶやく神楽に苦笑しながら、一口おでんを食べる。心のつっかえも取れたあとの温かな食事は、また格別だった。

歌舞伎町に雪がちらつき始めた、そんな日の出来事。


end...








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