「・・・ふぁぁぁー・・・・・・」
目が覚め、最初に見た物は
「わんっ」
「うおッ?!」
定春の顔だった。
父の日3
「あー、しまった。ソファーで・・・」
ゆるい、日曜日独特の空気にやられ、昼食後に寝てしまったらしい。じっ・・・と見つめてくる定春の頭を撫でてやれば、長くてふわふわなしっぽを振っていた。
「今何時だ?」
「くぅーん」
時計を見れば、短い針が5を指していた。
「夕方まで寝るとか・・・ガキじゃねぇか」
「わん」
「お前もそう思う?」
「わんわんっ」
「ん。・・・そうか」
ソファーから立ち上がり、大きく伸びをした。長時間同じ体勢だったおかげで、体中の骨が鳴る。
「飯作らねぇとな」
肩を回しながら、台所に向かう。だが、何やら台所から声がした。それに、寝起きで気付かなかったが、どこからともなく良い匂いもしている。
「!・・・お前ら、何して・・・」
「あ!銀ちゃんやっと起きたアル!」
「え、あぁ・・・」
「ちょっと台所使ってます」
「あ、まぁ・・・別に良いけど・・・夕飯は」
「今日は僕らに任せてください!」
「あ?」
「銀ちゃんは居間で待ってるアル!そうすれば世界で一番美味しい料理が出てくるネ!」
「そうですよ!はいはい、銀さんは回れ右!」
「覗きに来たら駄目アルヨ!」
「あっ、ちょっ!?なっ」
くるくる体を回されたかと思えば台所を追い出され、何がどうなってるのかもわからず、仕方なく居間に戻った。さっきまで起きていた定春が眠ってしまったこと以外、部屋に変わった様子はない。
「・・・なんか裏があるのか?」
そう思ってしまえば、隠していたチョコレートやプリンの生存確認をせずには居られなくなった。
再び台所へ向かおうと、体の向きを変えた、その時だった。
ジリリリリリリッ ジリリリリリリッ
「!・・・」
一本の電話が俺の足を止めた。
ガチャッ
「はい、こちら万事屋ー」
[・・・・・・てめぇか]
「あ?・・・元すだれジジイか」
[またてめぇは髪の話しかしねぇのか。殺すぞ]
電話の向こうに居たのは神楽の父、星海坊主だった。
「なんか用か?」
[勘違いするな。お前に用事なんざねぇ]
「アンタからの依頼ならいくら金積まれても受けねぇよ」
[ふん。金額で仕事選びとは随分じゃねぇか。そのわりに、神楽に旨いもん食わせてやれてね
ぇのはどういうことだ]
「冗談だろ。万事屋で一番飯食ってるのはアンタの娘だぜ?」
[育ち盛りだ。当然だろ]
「こちとら度を超えた食事量に手を焼いててねぇ。なんなら娘の養育費として、いくらか払ってもらっても構わねぇぞ」
[その歳で女に養われる気か?神楽に満足な食べ物をやれねぇ時は、それ相応の報酬をくれてやる。俺直々にな]
「娘に甘すぎる父親ってのもいけねぇなぁ」
[てめぇにもわかる日がくる]
「そうかい」
[・・・・・・]
ひとしきり会話を終えると、電話越しから声が聞こえなくなった。しかし、大して気にすることもなく、俺は受話器の向こう側に話しかける。
「で?神楽に代われば良いわけ?」
[・・・まぁ待て]
「なに、用があるんじゃねぇの?」
[・・・・・・あいつ、今何してる]
「飯作ってっけど」
未だに聞こえる台所からの声を、少し聞かせてやった。
[そうか。ならお前に言伝を頼む]
「家族間の会話に入るなんざ、ごめん被るぜ。てめぇで伝えな」
[『ありがとう』・・・そう伝えてくれ]
「おいハゲ、髪どころか人の話を聞く術も失ったか?」
[若造にはわからねぇだろう、父の日に貰ったプレゼントの礼を言うのがどれだけ恥ずかし
いか]
「父の日?・・・今日?」
そんな日が今日だと言うことを、俺は1日が終わろうとしている今頃知った。
[そうだ。父の日じゃなかったら、てめぇなんかと話をしないで神楽と話してる]
「あー・・・・・・なんだ、・・・そういうことか」
[なんだ?]
さっきの事と言い、一昨日の事と言い、今やっと全てがわかった。自然とニヤける顔を抑え
ながら、俺はバレないように話を続ける。
「いや、アンタが礼を言えない恥ずかしさとやらが、案外わからなくもねぇなって思っ
ただけだ」
[!・・・お前、]
「お父さんよぉ・・・その依頼受けてやっても良いが、高くつくぜ?」
[娘を思う父親に免じて、多少の割引はしろよ?]
「そうさなぁ・・・・・・酢コンブ10箱と寺門お通最新アルバム、明後日までに贈れ。それで手を打つぜ」
「!・・・そりゃ、格安だ」
適当に言葉を交わし、受話器を置いた。
背後から聞こえる、料理に奮闘する子供たちの声。緩む頬を抑えようと、俺は寝ている定春のもふもふに顔をうずめた。
今日の夕飯は、冗談抜きで世界で一番美味ぇ飯が食えるだろう。そう思って・・・。
end...