烽
火
「・・・はぁ、はぁ・・・ッはぁ」
赤色と灰色と、屍だけの世界。衣や髪から滴る血が嗅覚を鈍らせる。
誰もいない戦場に刀を突き刺し、膝をつく1人の夜叉がいた。
「はぁ・・・はぁ・・・いってェ・・・・・・ッ」
無数の斬り傷が物語るのは、戦場の現実。
「銀時ッ・・・大丈夫か?!」
「ヅラ・・・あぁ。問題ねぇ」
「貴様またこんなに傷を作って」
「てめぇも人の事言えねぇだろーが」
駆け寄って来た桂の身体にも、天人による傷が絶えない。
「ここは片、つけといたぜ」
「無茶をしおって・・・やんちゃも程々にしておけ」
「他の部隊は?」
「坂本の隊が東で応戦している。俺は今から援護に向かうところだ。高杉も片がつき次第、そこに向かう」
昨晩の会議でそう決めただろうと言うヅラの眉間には、しわが深く刻まれている。
「おれは過去は振り返らねぇの」
「お前、昔俺の給食のコッペパンを返せと言った時も同じことを申していたぞ。まるで成長していないな」
「心が少年だからな」
「戯け」
戦場に似合わない会話ができるのは、すぐ傍には天人の屍がごろごろと転がっているということに、慣れてしまった証拠だった。
「他の奴はどうした?」
「・・・やられた」
「・・・そうか・・・銀時、立てるか?」
「馬鹿にすんな」
まだ心は折れていないか。
桂の言葉に込められた思いに銀時はまったく動じず、差し出された手も振り払い、己の足に力を込める。
「・・・ッく・・・ッ」
「・・・無理をするな」
桂は痛みをこらえて立ち上がる銀時の左腕を自分の肩に回し、腰を支えた。
傷だらけの身体を寄せ合い、狭い歩幅でゆっくりと前に進む。
何度も互いを支え合い、何度も自分の身体に鞭を打って、彼らは自らを奮い立たせてきた。例え仲間が地に伏せ、自分だけが空を仰ぐことになっても、ただひたすらに前を見て走ってきた。
「・・・さっさと治して、次に備えねぇとな」
「あぁ・・・そうだな」
戦を勝利で終えることだけを信じて。
◆
「急げ。早く合流するぞ」
持ち場の戦いで勝利を収めた高杉率いる鬼兵隊。その足で、坂本部隊の援護に向かっていた。
朝よりも隊士の数は減り、負傷者も増え士気は下がっている。目の前で大事な仲間が殺されるのを目の当たりにし、大半の者が下を向いていた。
高杉は、それを背中でひしひしと感じていた。
「総督!」
「!」
「あっ、天人が・・・ッ」
いつもより隊士に気を取られていたからかもしれない。平地を埋め尽くす屍に紛れて、鬼兵隊に接近してくる天人の大群に高杉は全く気づかなかった。
自分のらしくないミスに顔をしかめ、思わず舌打ちを打つ。
「迂闊だったな」
「総督っ、奴らとんでもない数です!!」
このルートで行けば問題ないと誰もが踏んでいたはずだった。即座に別ルートを行こうと駆け出すが、天人に四方八方を固められ身動きがとれず、ついに鬼兵隊は数百もの天人に取り囲まれた。
窮地に立たされた隊士たちに不穏な空気が漂う。
「どうすれば・・・っ」
「総督っ」
「お前ら、刀抜け」
「ですがあの数ではいくらなんでも!!」
「どっちにしろ逃げ道なんてねぇんだ」
天人たちを睨み付け、鞘から刀を抜く。高杉に続いて、腹を決めた隊員たちが次々と刀をとった。
「散らばるんじゃねぇぞ・・・固まって戦え!!」
高杉を筆頭に、その背中を追って隊士たちが駆け出した。圧倒的に数が不利な鬼兵隊に、散りじりになって戦う事は敗戦を招く。固まって戦うことは、それを危惧した高杉の作戦だった。
天人の背後にすばやく回り込み、急所を突く。流れるように槍を交わし、間合いを詰め容赦なく首を狙う。逆境を感じさせない高杉の強さは敵、仲間関係なく群を抜いていた。
戦場に天人の叫び声と鬼兵隊の鬨の声が混ざり合う。
しかし、負傷した隊士が多い所為か、鬼兵隊の勢いは徐々に天人の数に押され始めていく。いつの間にか天人の数は、鬼兵隊の何倍にも膨れ上がっていた。
「高杉総督!!隊がもちません!!」
「んな弱気な発言する奴は俺の隊にいねェ!!」
「しかしッ!!!」
「今は目の前の天人を倒すことだけ考えろ!!!」
一端引かなければ隊が全滅することぐらい、高杉にもわかっていた。しかし、この先は坂本の部隊が応戦している。つまり、そこにも天人はいる。
援護するために来ておいて、わざわざ敵を引き連れている馬鹿はいないだろう。元来た道を戻ろうにも敵に囲まれ、その先に負傷した仲間も置いてきている。まさに八方塞がりの状態だった。
ならば鬼兵隊を統括する高杉としては、なんとかここで食い止めなければならない。
命を懸けても。
そう決意した時だった。ふと、東の空に烽火が上がったのが見える。
それを見た瞬間、高杉が叫んだ。
「おいお前!!」
「っ?!はいッ!!すみません!!」
突然高杉に怒鳴られた部下は驚いて声を裏返した。「何謝ってやがる」と言われるも、部下自身もよくわからず、複雑そうな表情で「え、いや・・・すみません」と再び謝るのだった。
「今からお前を援護する!!俺が行けって言ったら東に走れ!!!」
「えっ?!?」
「東だ!!東に行って坂本部隊に知らせろ!!!」
「はっ、はい!!!」
高杉の合図で走り出した部下を追いかける天人。それを高杉は1人残らず斬り刻み、地に伏せた。おかげでその部下は誰にも追いかけられず、東に全力で走って行くことができた。
「頼むぞ・・・っ」
だいぶ小さくなった部下の姿を見つめながら希望を託す。今はそれが最善の策だと思った。しかし、想像以上に早く兵力を失い、その後も天人は増え続ける。
「うわぁぁぁぁっ!?!」
「待て!!そっちは!!!」
「馬鹿野郎!!!固まって戦え!!!」
次々と恐怖に駆られた隊士が敵に背中を向け逃げ出し、天人に捕まり殺されていく。事態は最悪な状況に陥っていた。
ついに20名ほどになった鬼兵隊は追い詰められ、戦場は不自然なほど静まり返った。
「そっ総督・・・」
「ッ・・・」
互いに死を覚悟し、腹を切ろうと持った刀が震えだす。志半ばで悔いは残るがやむを得ないと、誰もが思った。
『高杉だ』
『鬼兵隊・・・』
『首・・・貰う・・・』
憎らしい笑みを浮かべる天人。耳障りな声は高杉の刀を握る力を、より一層強めた。
「・・・おい」
鬼兵隊全員に聞こえるよう、高杉が口を開く。
「血迷ったことすんじゃねぇぞ。こんな薄汚ねぇ天人の手で命を絶つなんざ馬鹿げてる」
「ですが俺たちには・・・もうどうすることも・・・っ」
「腹・・・斬った方が」
「まだだ。まだ策がある・・・いいか、一度しか言わねぇ」
全員の額に、一筋の汗がつたった。
「俺を信じろ」
全員の顔つきが瞬時に変わる。視線を上げ天人を睨みつけ、再び刀を強く握りなおした。
「・・・それでいい」
鬼兵隊全員の行動に満足したのか、総督は軽く笑みを浮かべた。天人に向かう高杉の背に続いて、再び隊士が天人に襲いかかっていった。
◆
「何?!もう片がついたのか?!」
「はい。坂本さんは高杉総督の鬼兵隊援護に向かうと言ってもう発ちました。桂さんたち、烽火に気が付きませんでしたか??」
「あー全然見てなかった。ンだよ、やるじゃねぇかモジャの奴」
坂本部隊の持ち場に着くと、すでに天人は1人たりとも残っていなかった。坂本たちは負傷した兵士をこの場において、高杉の援護に向かったという。
「つーかさ、烽火って敵襲が来たときにやるモンだろ。なんであいつ終わったら烽火してんの?」
「坂本さんが言うには、この方が役に立つと・・・」
「バカは考えることが違うね。何の役に立つんだか」
銀時は呆れながら、もう鎮火した烽火に足で砂をかけた。その横で少し難しい顔をした桂が口を開く。
「もう奴らは合流しただろうか。鬼兵隊が苦戦しているとは考えにくいが・・・万が一ということもある」
「アイツに限って苦戦なんてしねぇよ。今日だって戦の前に『ぶっ殺してやんよ』とか言ってたじゃん。笑ってたじゃん。危ねぇよあいつ」
顎に手をあて悩む桂とは対照的に、銀時がふざけて大げさに高杉のマネをしてみせた。
「どっちにしろ、俺たちも高杉の援護に向かった方がよかろう」
「しゃぁーねぇな」
「お前たちはここで手負いの者を頼む」
「わかりました」
数人の仲間に別れを告げ、彼らはその場を後にした。
◆
「今日は曇りやきー。おてんとさん見えんのー」
「坂本さん、ちゃんと前向いて歩いてくださいよ!真上向いて歩くから転ぶんですよ?」
「おぉ!!すまんすまん!!あはははは!!!」
坂本は予想以上に早く戦を終え、先日の作戦会議通り、鬼兵隊の援護に向かっていた。空ばかりみている坂本は、もう何度も地面に足をとられ転んでいる。そのたびに転んだ隊長を起こす私の身にもなってほしいと部下は嘆いていた。
「みなー、疲れちゅうとおもうが、もう少しの辛抱じゃー」
鬼兵隊援護するために道なき道を進む彼らを労い、「頼むぜよー!」と全員に届く大きな声で、笑った。
「ん?・・・坂本さん!!」
「なんじゃ??・・・!」
坂本の部下が何かが迫る異変に気付き、刀を構えた。しかし、こちらに走ってくるのが鬼兵隊の兵士だと気づき、ゆっくりと鞘に納める。
全力で走ってきた男は坂本の目の前で力尽き、足から崩れ落ちた。即座に駆け寄り、男の肩を支え「しっかりせぇ!!」と励ましながら、坂本は持っていた水を与えた。
「どういたがか?!おまん・・・1人かっ!?」
坂本は一瞬、彼だけが鬼兵隊で生き残ったのか・・・そう思い、酷く慌てた。
早く伝えなければと焦ったのか水をつまらせ、むせた男の背中を強くさすってやる。ようやく話せるまでになった男に、詳細を尋ねた。
「なんでおまん1人なんじゃ?戦は終わったのか?」
「俺たちッ、坂本さんの援護に向かう途中で天人の敵襲にあってっ・・・いま高杉総督が天人に囲まれてそれでッ・・・それで坂本さんに知らせるために俺が!!」
「落ち着くぜよ!!よぉ知らせてくれたき!!!」
この男の努力も、鬼兵隊の危機もすべて把握した坂本は、正面から男の両肩をつかみ、大きく頷いた。
「おまん、まだ走れるがか?」
「はいッ!!」
「さすが高杉の部下じゃ!頼もしいのぉ。皆ぁ!!!行くぜよ!!!」
坂本の掛け声に賛同し、全員が一斉に走り出した。
「(ちっくと待っちょれ高杉。必ず・・・必ず・・・!!!)」
◆
少ない人数ながらも、まだ鬼兵隊は戦い続けていた。
隊士に危機が迫れば、自分の身を挺して庇う高杉の戦い方は、隊士も目を疑う光景だった。彼らにとって総督は、戦えない仲間を置いていく無慈悲な人物であり、何かを庇うなど想像もしたことがなかったのだ。
それでも、相手に伝わりにくい優しさを持っている人だと知ってからは、高杉の下で戦う者が増えた。
そんな傷だらけの総督の姿を見て、隊士たちが奮起しないわけがなかった。
「グッ・・・ゥ・・・」
「しっかりしろ!!」
「そ・・とく・・・ッ」
「おい、・・・おいっ!!目を開けろ!!!」
「・・・・・・ッ」
自分の手の中で意識を失った隊士。命の灯が消えゆく様を高杉は感じた。しかし、隊士を強く揺すり声を掛ければ、かろうじてまだ呼吸がある。
多少なりとも安堵し、隊士を地面に寝かして再び刀を持った。
「一歩も退くな!!援軍が来るまで何があっても持ち堪えろ!!」
総督が多くの天人を斬りながら鬼兵隊を鼓舞する。戦力は不利なままだが、士気は圧倒的に鬼兵隊が優位だった。
「ギャぁぁッ!!!」
高杉の刀が天人の身体に突き刺さる。耐えきれぬ痛みに悶絶する天人。その大きな叫び声が至近距離で高杉の耳をつんざく。同時に、最期の力をふり絞った天人の槍が高杉の肩を貫き、血が溢れた。
「ぐッ・・・ッ」
左耳と利き腕の肩をやられ、高杉に一瞬の隙が生まれた。
「総督!!!」
「?!」
部下が切羽詰まった声をあげ、駆け寄ってくる様子が高杉にはとてもゆっくりと見えていた。背後に殺気を感じたときにはもう遅く、高杉の目に入ったのは天人が勢いよく棍棒を振り下ろす姿だった。
「(やられッ・・・!!!)」
キィンッッ・・・
「・・・ま、・・・間に合った・・・っ」
「?!・・・さ・・・かもと・・・」
「生きちゅうか?高杉」
棍棒を刀で防いだのは、汗だくの坂本だった。
「ッ・・・遅ェ」
「すまんの」
「許さねぇ」
「それだけ口が動けば安心じゃ」
そう言って笑った坂本が愛刀で棍棒を振り払い、天人を血に染め上げた。
「ちっくと道が混んでてのぉ。やき、遅れてしまったぜよ」
「この屍が転がる荒野のどこが混んでたって?」
「間違ぉた。道に迷ってしまったき」
「お前が迷ってやがんのは道じゃなくて人生だろ」
「人生は迷いながら前に進むもんぜよ」
高杉は、自分と天人との間に坂本が割って入ってきた衝撃で地面に転倒。それが不服だったのか、坂本から差し出された手を振り払い、自力で立ち上がった。
周りを見れば、坂本部隊の援護があり戦力が逆転していた。
「おんしの部下のおかげじゃ」
「・・・」
刀を構え背中合わせに立ち、目の前の敵に集中する。
「作戦通りなら、ヅラ達もここに向かっちゅう」
「・・・ならその前に終わらせる」
「そのナリを見られるのが嫌なんじゃろ?」
「どういう意味だてめぇ」
「大層立派な傷がある言うことぜよ」
「よく見て物言え。これは返り血だ」
「そういうことにしておくき」
「うぜぇ。失せろ」
「あはははは!!わし誰のためにココまで来たんだっけ?」
坂本に何を言われようと、高杉は強気な姿勢を崩さなかった。
「フンッ。・・・おい毛玉」
「わしの事か?」
「お前以外に毛玉はいねぇだろ」
毛玉・・・。とつぶやき、自分の髪に触れる坂本を無視し、高杉は少し間をおいて言った。
「疲れた。全部終わったら、酒飲むから上等のやつ準備しろ」
「相変わらず身勝手な男ぜよ〜」
いま蔵にある酒で一番いいややつはどれだったか思い出そうとしている間に、高杉が荒野を駆けて行く。
その先に見えるのは、勝利。
その2文字だけ。
next
おまけ
「さっきよりも匂いが強くなってんな」
「天人の屍が増えている。こいつら・・・まだ傷が新しいな」
「・・・近いぜ、ヅラ」
「ヅラじゃない、桂だ。貴様は気を引き締めておけ」
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