「銀時様、これは犬です」
「見りゃわかるわ」

夕方、コンビニ帰りの俺は、見たことのない子犬を散歩させているたまを見かけた。

話を聞いてみると、雨の日に捨てられていたのを発見し、だいぶ弱っていたので止む無く店に連れて帰ったらしい。最初は体力が回復するまでという条件で店の裏に置いていたのだが、情が湧いてしまい飼い主が見つかるまで預かることになったそうだ。


「でもよ、スナックで犬はまずいんじゃねぇの?」
「はい。ですが衛生機能を源外様にインストールしていただいたので問題はありません。お登勢様にも許可はとってあります」
「便利なもんだ。まぁ、客商売なら案外早く貰い手がみつかるかもしれねぇしな」
「まだ拾ってから1週間と3時間22分4秒なので、まだ粘ってみます」
「そんな細けぇ情報いらねぇよ」


俺をみて少しおびえた子犬。手のひらよりも小さな頭を包み込むように撫でてやると、少しだけしっぽを振った。








べた








たまと別れ、帰ってきた俺は新八が電話で誰かと話をしているのを見た。受話器を持ったまま、相手が目の前にいないにも関わらず、奴はへこへことお辞儀をしている。

「はい。はい・・・いや、まったく・・・はい」

俺が帰ってきたことに気づいた新八が、電話やり取りの隙をついて、おかえりなさいと口を動かした。礼儀正しいにもほどがあるだろ。

口調からして、2週間ぶりの仕事の依頼じゃないかと思ったが、敢えて期待はしないでおく。悲しいかな人生において、最悪な状況を先に考えていた方が何かと傷付かないですむことは立証済みなのだ。

俺はソファーに座り、コンビニで買ってきたプリンとジャンプを取り出した。今週はツーピースの物語が佳境に入り、なかなか目が離せない展開となっている。いつもならプリンをぷっちんして、皿に乗せて食べるが、その時間も惜しいと思うほどである。

プリンを口に運びながら、我ながら器用に分厚いジャンプのページをめくり読み進めた。


「わんっ」
「・・・・・・」
「わんっっ」
「・・・・・・」
「ぅー・・・わんっ!!」
「しっ。定春うるせぇ」
「くぅーん・・・」


珍しく俺にふわふわの頭をすり寄せて甘えてくる定春。こんなこと今までなかったなと漫画から目を逸らさず思い、片手で大きな頭を撫でて相手をしてやる・・・その時だった。


「ガウッ」
「なっ?!」


あろうことか、定春は主人公ラフィが満面の笑みで『・・・に俺はなる!』と決意表明をしたシーンに噛み付いたのだ。俺が今まで散々気になっていた一番大事なシーン。


「オイぃぃぃ!!?!離せ!!何してくれてんだこの馬鹿犬!!!ラフィが何になりたがってるのかわからねぇじゃねぇかぁぁ!!!」
「わぐぅぅぅ」
「このっ、定春っ・・・こちとら4週間も引き伸ばされてやっとわかる所なんだよぉぉぉっ・・・!!!」
「ちょっと銀さんうるさい!!・・・あ、すみません。こちらの話です。はい」


新八が受話器を持ちながら俺を注意したが、今はそんなことどうでもいい。そんなことよりこの状況を何としてでも打開しなければならない。

無理やり定春の口を開かせ、俺は渾身の力でジャンプを抜きとった。しかし、その努力もむなしくジャンプは冊子の上半分が読める状態ではなくなっていた。


「・・・何コレ、歯形がつくとかのレベルじゃねぇんだけど。もうラフィがズタズタなんだけど。何になりたいとか言ってる場合じゃねぇから病院行けってぐらいボロボロなんだけど」
「わん」
「わん、じゃねぇだろぉぉ!!!」
「うるせぇよ!!電話中なんだよこっちは!!!」


本気モードで新八に怒られ、理不尽なこの状況の原因を作り出した目の前の白い悪魔に本気で腹が立った。俺がお前に何をしたんだとガンを飛ばすが、当の本人は「はっ、はっ、はっ」と安定した呼吸を繰り返すだけだ。


「てめぇの所為で怒られたじゃねぇかコラ」
「わんっ」
「その返事が『ざまぁ』とかいう意味だったらマジで許さねぇぞコノヤロー」


怒りの矛先を定春に向けられず(返り討ちにされるから)、声を荒げようにも新八に怒鳴られる。行き場のない俺の怒りは、プリンの一気食いをすることによって多少和らぐ。


「はぁ・・・」
「ちょっと銀さん、一体何をそんなに騒いでたんですか?」


電話を終えた新八が呆れた声色で聞いてくる。俺だって騒ぎたくて騒いだわけじゃねぇ。すべては、何もなかったかのように定位置で眠り始めたあの馬鹿デカ犬の所為だ。

答えることすら億劫だと口を閉ざす俺を見兼ねた新八は、机の上に置かれたボロボロのジャンプを見て、すべてを把握したようだった。


「これは・・・ヒドい」
「だろっ?!俺なんもしてねぇよ?!あいつが急にジャンプに噛み付いてくっから、口を開かせようと奮闘した結果がコレだよ!!」
「定春・・・まったく。最近こういうの多いんですよね」
「嘘つけよ。今までだって散々あっただろーが」
「そうですけど、頻度が高くなってきてるって言うか・・・」
「あ?そうなの?」
「仕事の邪魔をしたり、そうかと思えば甘えてきたり・・・」


ため息交じりに、寝ている定春を見つめながら話す新八。俺はその話を聞かされるまで、まったく知らなかった。他にどんなことをするのかと聞けば、畳み終えた洗濯物を荒らしたり、この前は神楽のパジャマを隠していたこともあったと言う。

「・・・」
「なんですかね、反抗期っすかね・・・」
「犬に反抗期なんてねぇだろ」


ファンタジーめいたことを言う眼鏡だ。犬の反抗期なんざ聞いたこともねぇ。


「まぁいいけど。つーかさっきの電話なに?」
「あぁ、お登勢さんのところで水道管トラブルがあったみたいで、その業者さんに電話してました。うちのところは水が出るので、お登勢さんのところだけのトラブルじゃないかって」


やっぱり依頼の電話ではなかったようだ。こういうとき、期待していなくて本当に良かったと思う。


「なんでお前が電話してんの?」
「頼まれたんですよ、お登勢さんに」
「・・・それって仕事の依頼に入る?」
「何お金取ろうとしてんですかアンタ」


新八に「これは人助けです」と言われ、じゃあどこから人助けでどこから依頼なのか言ってみやがれと反論したいが、奴はすでに席を立った後だった。


「んだよ・・・あー今日は嫌な日だな」


たしか、今朝見たブラック星座占いの順位は悪くなかった。うるさい神楽は「女子会アル!」とか言ってお妙の家に行ってるし、町で会った長谷川さんは仕事がみつかって出勤するところだって言ってたし、ジャンプもプリンも1件目のコンビニで手に入った。


「・・・やっぱてめぇの所為だろコレ」


時折、しっぽをゆるゆると動かし眠っている定春が憎たらしく思えた。確実にこいつの所為で俺の運は急降下したと思う。


「反抗期・・・ねぇ」


まさかな。と思い、俺はボロボロのジャンプを自分の机の上に置き、ソファーに横になって目を閉じた。












「銀ちゃん!!起きてヨ銀ちゃん!!」
「っ・・・んだよ・・・うるせぇな・・・」
「これどういうことアルか?!説明するヨロシ!!」


程よくうとうととしていた最中、馬鹿でかい声が耳を突き刺した。神楽に気持ちの良い時間を邪魔された俺は、自分でも驚くぐらい機嫌が悪かった。


「うるせーよ、何なんだよ」
「コレ!!」
「あぁ゛?」


まだ目もあまり開かない状態の俺に突きつけるようにして見せてきたのは、酢こんぶの空き箱だ。


「これがなんだよ。俺寝てんだけど、眠いんだけど」
「2箱も中身が無くなってるネ!!」
「無くなってるだぁ?んなこと知るかよ」
「こんなことするの銀ちゃんしかいないアル!!返せヨ!!」
「何で俺が酢こんぶ食うんだよ。いらねぇよあんな酸っぱいモン」
「あの酸っぱさが良いアル!どこにも真似できないあの絶妙な酸っぱさが!!」
「酸っぱさだけでこのお菓子業界を乗り越えようとしてるのが甘ぇんだよ」
「本当だ・・・酸っぱさの中に微かな甘さがあるネ!銀ちゃんさすが!」
「そっちの甘ぇじゃねぇよ」


酢こんぶの味の深みなど、今の俺には心底どうでも良かった。早く眠ってしまいたいところだが、神楽のくだらない言いがかりによって、俺は徐々に目が覚めてきているのを感じた。

どうせこの問題が解決しなれば、こいつは暴力で俺の目を無理やりこじあけるだろうと思い、ソファから上半身を起こした。


「・・・んで、酢こんぶが2箱無くなったって?」
「うん」
「俺は食ってねぇし、新八も食わねぇだろ」
「うん」
「だったら犯人は一人しかいねぇじゃねぇか」
「誰アル?」
「お前だろ」
「何でヨ!銀ちゃん馬鹿ネ!」
「馬鹿って言う方が馬鹿なんですぅ」
「なにおぅ?!私の酢こんぶに手を出しておいてその態度は何アルか?!責任を取るとか言って最後には全部丸投げして趣味のゴルフとか行くんじゃないアルな?!」
「うるせぇよ!!何の話してんだ!!つーかてめぇが食って忘れてるだけなんじゃねぇの?頭の中で記憶探る旅に出た方が良いんじゃねぇの?!あぁん?!」
「言いがかりなんて見苦しいアル!!私は食べてないネ!!さっさと白状しろヨ!」
「そうやって人のことばっか疑ってんじゃねぇよ!」
「人だけじゃないネ!動物も疑うアル!!」
「そういう意味じゃねぇよ!!」


食べた食べてないと口論はヒートアップし、俺らの体力も削りながらイライラを増していく。もはや結論なんかどうでもよくなり、ただの言い合いになっていた。


「動物も疑うってんなら、定春疑ったのかよ?!」
「もちろん疑うわけないアル!!うちの子に限ってそんなことないネ!!」
「馬鹿な親ほど、うちの子に限ってって言うんだよ!!」
「そんなことないネ!!さっきまで定春は寝てたアル!ほら!今だって!」


バッと勢いよく振り返った神楽は、寝ている定春を見た。俺も目で定春の姿を確認する。神楽の言うとおり、寝てはいるようだったが、俺は一つおかしいと思った点があった。


「・・・なんか、めっちゃもぐもぐしてね?」
「・・・これは違うアル。夢でなんか美味しい物食べてるアル」
「いや、口からちょっと出てるよね。黒い細長いやつ出てるよね?」
「違うネ。あれは朝食に食べた海苔が出てきただけアル」
「そうか。海苔か・・・ってなるかボケぇぇ!!!お前どんだけフォローすんだよ!!どう見ても酢こんぶだろーが!!定春に食われてるだろーが!!」
「うちの定春に限ってそんなっ」
「やかましいわっ!」


くちゃくちゃと目を瞑りながら口を動かし続ける定春。その器用さをどこで習得したのか気になるところだが、今まで疑われ続けた身としてはすぐにでも叩き起こして鬱憤を晴らしたい衝動に駆られる。


「結局、犯人は定春だったじゃねぇか」
「・・・」
「お前俺に何か言うことねぇの?あるだろ?」
「最近定春こういうことばっかりするアル」
「ねぇのかよ。シカトかよ」
「酢こんぶ10箱もあったのに、いつの間にか4箱になってたりするアル」
「そんなストックがあったことに俺はびっくりだけどね。・・・は?最近?っつーかそれなら最初から定春が食ったってわかってただろお前?!」
「ひどいアル定春」
「お前もな!!」


もはや俺の話に聞く耳を持たない神楽にイライラは頂点に達しようとしていた。そんな俺的にピリピリした空間へ、空気の読めない新八が今日の夕飯何がいいですか?と聞きに居間へ来たので、煮魚!!とだけはしっかり答えておいた。


「新八ぃ、また定春に酢こんぶ食べられたアル・・・」
「また?」
「新八!てめぇもまさか知ってたのかよ?!酢こんぶ食った犯人!」
「え?犯人?・・・なんだかわかんないですけど、最近よく定春が酢こんぶを盗み食いしてたのは知ってました」
「神楽てめぇ!!俺を疑う必要なんかなかったじゃねぇか!!!」
「また定春が食べたなんて思いたくなかったアル!罪を銀ちゃんに着せればすべて丸く収まると思ったネ!現実は時に残酷なんだヨ!」
「丸くなるどころかトゲだらけだろーが!!俺にとっては現実より何よりお前が一番残酷なんだけど?!」


傷付く俺を差し置いて、メガネとクソガキは「定春、いったいどうしたんだろう」と頭を悩ませている。冗談じゃねぇ。今までの一連の言い合いは何のためにあったんだ。

こんなことに付き合いきれない。俺は自室で昼寝の続きをしようと襖を開けた。


「銀ちゃんは定春に何もされてないアルか?」
「銀さんもさっきジャンプに噛み付かれてボロボロにされたんだよ」
「・・・やっぱりおかしいアル。銀ちゃん!病院に連れて行った方が良いと思うヨ?」
「知るか。んな金ねぇよ」
「でもっ・・・もし定春の身になんかあったら・・・」


さっきまで言い合いしていた時の勢いがしぼみつつある神楽。しかし、俺の中では勢いが増すばかりだ。


「とにかく、今は放っとけよ。遅れてきた反抗期なんだろ?俺もう寝るから。飯できたら起こして」
「あ、銀さん!・・・・・・もう・・・」






襖を閉めて、俺は深いため息をついた。

畳の上に寝転がっても、すぐには眠れそうになかった。





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