この役目は
死んでも果たす
そう誓った
暁〜第四章・壱〜
「たーかすーぎくーん!あはははは!」
『ゴラァァ!!!貿易船の分際でまだ晋助様につきまとうんスか?!いい加減にするっス!!』
高杉の耳にも届いていた、ここ数週間続いている騒音。その原因はかつての同志、坂本辰馬によるものだ。初めて戦艦を訪れて以来、彼は頻繁にやってくるようになっていた。
しかし、高杉と坂本が対面したのは初回のみ。坂本はあれから何度も面会を試みるも、戦艦のスピーカーから発せられるまた子の怒声に、毎回追い返されていた。
『しつこい男は嫌われるっス!!』
「毎日夜の8時には切り上げとろうが!!それのどこがしつこいぜよ?!教えてくれ!!」
『なに選挙カーみたいな真似してるんスか!!どう考えてもそれが原因だろ!!!馬鹿スか?!馬鹿なんスか?!』
やんややんやと繰り広げられるスピーカー同士の会話は、高杉の部屋へ報告をしにきた万斉のポーカーフェイスを少し崩していた。
部屋の窓から見える、ここ数週間で見慣れた貿易船にため息が出る。
「またでござるか・・・」
「・・・」
「こうも毎日続くようでは・・・いくら拙者でも、耐えがたいことでござる」
「さして我慢強い方でもないだろ」
「晋助わからぬか?拙者は主の命令に背きそうだと申している」
「フン・・・」
万斉が威圧的な言葉を投げても、高杉の奏でる三味線の音色に変化はなかった。
「なぜ坂本辰馬は野放しなのか、理由を聞きたい」
自分の道を塞ごうと言う者がいるならば、躊躇なく斬り捨て前に進んでいくのが高杉晋助という人物である。
それはこの先変わることのない事実ではあるが、今回執拗につきまとってくる坂本に対して何も行動を起こさず、ましてやこちらから仕掛けもしない高杉に万斉は疑問を抱いていた。
「背きたきゃ背け。好きにしろ」
「!」
「だが一つだけ忠告してやる」
「・・・・・」
「自己を過信しすぎると、ろくな事ねェよ」
「・・・何故そのようなことを?」
「さァ・・・どうしてだろーなァ」
楽しげに喉を鳴らす高杉に、万斉は背中がゾクリとするのを感じた。高杉にここまで言わせる坂本は、相当な腕の持ち主なのだと納得せざるを得ない。
高杉からの曖昧な言葉は、万斉の坂本に対する戦闘意欲を無理やり剥いでいった。
「戦わぬと申すなら、この先なにもせず坂本が引き下がるのを待つのか?しかしその確率も天文学的数字でござろう」
「選択肢が戦うか待つかの二つとは限らねェ」
弾いていた三味線を止め、顔を上げる。
「万斉」
「!」
「木島に伝えろ」
高杉の口が、片側だけ綺麗な弧を描いていた。
◆
「え?!晋助様が?!それ本当スか?!万斉先輩!!」
「本当でござる」
スピーカーにつながる機器に怒鳴り散らしているまた子を止め、事情を話せば困惑したような表情を浮かべていた。
万斉に何度も確認したのち、「晋助様がそう言うなら・・・」と改めて貿易船に向けて声を発っする。
一方、貿易船船内ではいきなりの搭乗許可に驚きと喜びを爆発させていた。数週間粘った坂本にとって願ってもないことだったので意気揚々と戦艦に足を踏み入れた。
「・・・」
「お、またおまんが案内係か?」
数週間ぶりに対面する、サングラスをかけた者同士。
以前よりもだいぶ口数の減った万斉を気にも止めず、坂本は先を行く背中を追った。
「あ、ここの角を曲がった先の部屋じゃったな」
「記憶力は悪い方だと聞いていたが、そうでもないようでござるな」
「おぉ!適当に言ってみたけんど、当たっちょったみたいじゃな!あはははは!!」
「・・・」
バシバシと背中を叩いてくる坂本に、サングラスで見えないが態度からして、万斉は冷ややかな視線を送っていたことだろう。
「おまん、今日はワシに何用で来たんじゃと、聞かんがか?」
「聞いてほしいのか?」
「それをワシが聞いとるんじゃ!そそっかしか奴じゃのう!」
「『昔馴染みと話をしに来ただけ』でござろう」
「当たりじゃ〜!あはははは!」
万斉の肩を軽く叩き、カランコロンと下駄を鳴らしながら横を通り過ぎていく。
「案内ご苦労さんじゃ!」と投げた、ねぎらいの言葉はヘッドフォンから聞こえる寺門お通の声にかき消され、万斉の耳に届かなかった。
◆
数週間前、訪れた時と同じ。
相変わらず薄暗い部屋の中で、高杉の姿はうっすらとでしか確認できない。高杉からみた坂本も同じだろう。室内にはほんのりと、高杉が吹かしている煙管の香りが漂っていた。
彼の座っている横に和紙袋に包まれた三味線が置いてあることから、そういえば昔もよく弾いていたなと思い出した。
「驚いたぜよ。急に乗船許可がおりたき」
「用件を手短に言え」
「そういうせっかちなところ、昔から変わらんのぅ」
少し下がったサングラスを中指で持ち上げて、自嘲気味に笑う。
「こげん暗い所におったら、気も滅入ってしまうじゃろう」
「何が言いたい」
苛立ちを隠そうともしない高杉の扱いには慣れていた。「まぁ、待ちや」とにこやかな笑みを絶やさず、懐から大きめの封筒を取り出し、高杉に手渡す。
「・・・なんだ」
「受け取れ」
「・・・だから何」
「受け取りや!」
「・・・」
「ほれっ」
「!おいっ」
受け取ろうとしない高杉にしびれを切らし、手から煙管を奪い取った。すぐ手持ち無沙汰状態になった手を掴んで、無理やり封筒を握らせる。
少しクシャっとなったようだが、坂本自身の許容範囲内だったようで、とくに何も言わなかった。
「テメェ、煙管返しやがれ」
「その中に入っちょる手紙読んだら返しちゃるき」
「ざけんな。用があるなら口で言え」
「ワシからのモンじゃないぜよ」
「・・・チッ・・・早く返せ」
勘の良い高杉は、坂本の言葉の意味を瞬時に理解した。
「文には書いた人の気持ちがこもっちょる。それを無下にするのは、道理に反するろう」
「テメェに説教される覚えはねェ」
「ワシ以外からの手紙なんて、滅多に来んじゃろう。読んだってバチは当たらん」
「余計な世話だ。テメェ、いい加減に・・・!」
「返せ」と言おうとして高杉はためらった。坂本の顔から笑顔が消えたのだ。
いつも笑っているやつが真面目な顔をするだけで、こうも影響力があるものかと思うほど、その威力は昔から凄まじかった。
「・・・」
「読みとうせ」
煙管を返す気などさらさら無いと言いたげな坂本に、珍しく高杉が折れた。
封筒はB5サイズ程度の大きさで、かなりの厚みがある。この中身が、坂本の言う手紙のみだとすれば、かなりの枚数だと予測できた。
ビリリッと豪快に封筒を破き、中をのぞく。
「!・・・おい、なんだよ・・・コレ・・・っ」
中には手紙と、今も高杉自身の懐に忍ばせている、松陽からもらったものと同じ教本が入っていた。
予期していなかった中身に、これは何かと坂本へ問いただしてしまうほど、驚いた。
「中に、手紙入っちょったじゃろ」
「・・・あぁ」
「それを読めば、万事解決じゃ」
ガサガサと封筒の中から手紙だけを取り出し、震えそうな手でゆっくりと開く。坂本が気を利かして高杉の傍を離れ、出入り口近くの壁に寄りかかった。
「・・・」
『最後のページを読め』
たった一行の文、且つ端的な内容だった。
指示通りに教本を取り出してみたが、瞬時にこの教本が桂のものでないことに気づく。
桂の教本は紅桜の一件で、刀に斬られたはず。しかし、今高杉の手元にある教本は、汚してからそう日が経っていないであろう染みがついているものだったのだ。
桂のものでないのなら、これは銀時のものでしかない。
「どういうことだ・・・」
てっきり桂からの届け物だと思い込んでいた高杉の頭の中は、混乱状態に陥った。
あの銀時が自ら連絡を取ろうとするなど、天と地がひっくり返ってもありえないと思っていたからである。
しかし、今はそれどころではないと自身の頭の中を整理し、素直に最後のページを開いた。
「・・・っ・・・」
『銀時。もう、お前の傍に居ることは出来ませんが・・・どうか、1人だと思わぬように・・・』
目に飛び込んできたのは松陽が書いたであろう、銀時に向けられた言葉。そして生々しさを物語る日付。
今まで一度たりとも忘れたことのない、松陽が居なくなってしまった前日の日付だった。
あの頃の記憶が蘇り、ギリっと奥歯をかみしめる。・・・と同時に銀時に向けて書かれた言葉と、書かれた日付の関連性に違和感を覚えた。
まさか・・・。
高杉の目が大きく見開かれる。
空気が変わったことを、坂本は壁に寄り掛かりながら肌で感じた。だが何も言わず、腕を組んで下を向いたまま目を瞑っていた。
「・・・・・!・・・!!」
ドクリ、と自分の心臓が波立つ。徐々に早まる鼓動が高杉の体を熱くさせる。
銀時宛ての言葉の下に小さく、消えかかった文字を見つけたのだ。桂と銀時が見せたかった文字を、高杉はようやく目にしていた。
『私のすべての塾生にこれを捧げる。松下村塾、裏の山、松の根』
「松の・・・根・・・」
煩く跳ね上がる心臓が、教本を持つ手の指先まで勢いよく血を運ぶ。今まで冷え切っていた指先は温度を上げ、その所為か手の平がひどく汗ばんでいた。
「・・・・・」
なぜ今になってこれを見せてきたのか。どうして遺言とも言えるようなものがあるのか。先生は幕府と天人に騙されたのではないのか、連れて行かれたのではなかったのか。
先生は、自身の身に降りかかる最期に気づいていたとでも言うのか・・・。
桂と銀時に問いただしたいことが多すぎて、また情報の多さに冷静さを失っていた。
「久々の手紙も、そう悪くないじゃろ」
ゆったりとした口調で話す坂本に、高杉が反論することはなかった。
「これはワシの独り言じゃき。聞き逃しとうせ」
「・・・・・」
「来週の末に、ヅラと金時はその場を訪れる」
「!・・・」
「あとは・・・おまん次第ぜよ」
坂本は寄り掛かっていた壁から体を離し、カランコロンと下駄を鳴らして部屋を出て行った。
高杉の手元に残った、銀時の教本と桂からの手紙。それらを眺めながらようやく落ち着きを取り戻し、袖口に手を伸ばして気が付く。
「・・・!、・・・あいつ・・・」
がに股で歩き下駄を鳴らしながら、右手で煙管を回す姿を思い浮かべて、深いため息をついた。
next...