僕らの休息
9月半ばに入り、暑さも和らいできた今日この頃。隊士たちの粋なはからいにより、隊長格の4人は3日間自由にすごせる時間をもらった。
戦のさなか、休息などいらないと言い張っていた桂をなんとか丸め込み、拠点としている地を後にしたのだった。
今回向かった先は、戦場から少し離れたところにある町。あらゆる所から物や食が集まる、賑やかな場所だ。
1日かけて町へやってきた4人は休みの2日目である今日、ぶらぶらと町を歩いていた。
「あー眠ぃ・・・」
「お前は一番最後に起きたくせに、まだ眠いのか?」
「誰かさんの所為でな。散々な目にあった・・・」
町も賑わいだした午前11時頃。大きな口を開けてあくびをする銀時が、斜め右後ろを歩く高杉をチラリと睨んだ。つられて銀時の横を歩く桂も後ろを振り返る。
「あァ?何見てやがる」
「お前が昨日俺の腹の上に足乗せてきたから眠れてねぇんだよ!」
「知るか。記憶ねェし」
「だろうね!!お前寝てたしね!!つーか4人で1部屋とかあり得ねぇだろ!!今どき夫婦だって2部屋取る時代だぞ?!」
「仕方ないろー。高杉が今日の買い物のために節約しろと言っちょったんじゃから」
高杉の隣を歩く坂本が、自分よりも背の低い彼の肩に手を回し笑った。高杉が「重ェ」と冷たく突き放すように言っても、肩から退く気配はない。
「宿に金出したら俺の草履が買えなくなるだろ」
「またお前は自分中心思考ですかコノヤロー」
「なぁ銀時、お前なら高杉の足ぐらい退けて眠れただろう」
「てめぇらが寝こけてる間に何度退けたかしれねぇよ」
「あはははは!高杉は相当金時に恨みばあるんじゃのー!」
「はっ、違ェねェ」
「何2人で笑ってンだゴラァァァ!!素直に謝れ!!」
後ろを歩く高杉と坂本に、今にも殴りかかりそうな銀時を桂が冷静に止めている。4人の騒ぐ声も、町の賑やかな雰囲気に溶け込んでいった。
◆
「じゃあ俺は町を歩きながら薬や包帯など買ってくる」
「ワシは美味い酒でも飲むぜよ〜」
「俺は甘いモンでも買ってこよっと。高杉は?」
「俺は草履見てくる」
街の有名な橋の近くまで来ると、4人はそれぞれの物を求めて分かれた。
草履を買いに1人町をぶらつく高杉は、辺りの店から飛び交う呼び込みの声に自分の気分が盛り上がってくのを感じている。
時折、声をかけられることも嫌と思わない。久々に感じる『平和』というものが、何よりも嬉しかった。
「いらっしゃい!・・・ん?お兄さん!アンタの草履そろそろ替えどきじゃないかい?」
「あァ。今ちょうど探してるとこだ」
「ならウチの店寄っていきなよ!手頃なものから値が張るものまで、品揃えはこの町1番だからよ!」
そう言って高杉を引き止めたのはガタいの良い、声の大きな男。ニッと笑ったときの八重歯が印象的だ。
男の後を行き、入った店には数々の草履が並べられていた。この町1番の品揃えと豪語するほどのことはある。
高杉は早速草履を選び始めた。
「どんなのをお求めで?」
「普段履く物で、足によく馴染むやつが良い。物持ちが良くて、装飾無しなら文句ねェ。値段はアンタに任せる、この条件に合うならいくらでも構わねェ」
「・・・、なるほど」
「だだし・・・俺がカモかどうかぐらい、わかるだろ?」
下手な品を出せばどうなるか。男は高杉の挑発的な言葉に、ニヤリと笑みを浮かべ、店のある場所から1足の草履を取り出した。
「アンタの条件に合う草履は、ウチの店ではこれだけだ」
「・・・」
「高い金を出せば良い草履を買えるが、客の条件に合うとは限らねぇ」
「・・・・・」
「これはウチの店で扱うそこそこ値段の張る草履だ。まぁ、履いてみな」
高杉は男が自信満々に差し出してきた草履を受け取り、実際に履き心地を体感した。
「・・・」
「・・・どうだい?」
軽く足を動かしたり、かかとの位置を確認したり、グッと踏んでみたり・・・高杉は様々な動きをして確認する。
その動作をひと段落させると、男の問いかけに答えた。
「・・・仕事できるやつは嫌いじゃねェよ」
「!」
「てめェのとこで決める」
「お!おぉ!!毎度!!」
男は本日2度目の八重歯を見せ、勘定の手続きを始めた。高杉は金を払うと古い草履を脱ぎ、新しい草履を履いて店を後にした。
◆
「・・・!、銀時!」
「あ?・・・ヅラか」
「ヅラじゃない桂だ。町一番の甘味処に来るとは、さすがだな」
「此処が町一番なの?俺はただ大福の餡子が一番詰まってる店って聞いたから来ただけ」
ほぼ買い物を終わらせ昼食もそこそこに、桂が宿に戻るか、どうするか悩みつつ歩いているときだった。目立つ銀髪の男が甘味処の赤い椅子に座っていたのを見かけたのだ。
案の定それは銀時で、口の周りを粉だらけにしながら大福を食べている。桂が隣に腰掛けると、店主が土産用として再び大福を持ってきたので少し呆れた。
「まだ食べるのか貴様。いつか大福になっても知らんぞ」
「大福上等。なれるもんならなりてぇよ」
「それは無理だ。お前は人間だからな」
「ンなことわかってるわ!冗談に決まってんだろ!」
「しかし…土産まで買うとは相当だな」
「ん。だってまたしばらく食えなくなるだろうし」
「、・・・まぁ・・・・・そう言うな」
桂の目に映る、目の前を行き交う人々の笑顔は、戦いの日々に明け暮れていることを嘘のように思わせてくれた。
この笑顔が溢れる国を護るために、もう誰も悲しい思いをしないために、もう二度と・・・大切な人を失わないために。そのために戦っているのだと思えば、いくらか気は楽だった。
「なぁ、銀時・・・」
「あ?」
「またこんな風に、・・・座って大福を食えるような日はくるだろうか」
「・・・・・」
「いつか・・・4人で。・・・そんな日は」
「来ねぇよ。誰がてめぇらと大福なんざ食うか。この国にある全ての大福は俺のモンだっつーの」
最後の一口を放り込み、粉の付いた指を舐める。店主に包んでもらった大福の袋を持ち、椅子から銀時が立ち上がればミシリと音がした。
「・・・」
「・・・しいて言うなら、酒と甘味とつまみと甘味と甘味がいっぺんに楽しめる店なら、あいつらも文句言わねんじゃねぇの。ただし、幹事はてめぇだ」
「!・・・」
桂を振り返ることなく、銀時は人ごみに向かって歩いて行った。
「甘味ばかりだな」と小さく笑みを浮かべてつぶやき、銀髪がふわふわと風に揺れる背中を追いかけ、肩を並べて町を歩いて行った。
◆
「あはははは!!なんじゃーもう戻ってきたがか?!」
「もうっつーか・・・お前こそもう宿で飲んでるのかよ」
「いんや、ワシはずっとここで飲んどるぜよ〜」
「え、ずっと・・・?」
「あっははははは!!」
「「・・・・・」」
銀時と桂は夕餉を宿でとろうと、日が暮れる前に宿に戻った。そこには、すでに酒で出来上がっている坂本が居て、どうやら橋で分かれたあとその足で宿に戻ってきたらしい。
「お前町で買い物してねぇの?すぐ宿戻ってくるとか・・・別に良いけどよ、」
「町一番のうまい酒が出る店が、たまたま宿も経営しちょって、そこにワシらが泊まってたってだけの話ぜよ〜」
「なるほど。そういえば、宿は2階だったな。1階が店をやっているとはおもわなかったが・・・」
「そうじゃそうじゃ!まぁとにかくおまんらも飲みや!」
赤い顔をして銀時と桂にも酒を差し出す坂本。「まず夕餉が食べたいんだ」と桂に拒否されるも、店の人に人数分のおちょこを頼んでいた。
「高杉は?まだ戻ってねぇの?」
「ワシがここに居る間は見てないき」
「ふーん。あ、このつまみ美味ぇ」
「ならおまんも頼みや」
坂本がつまみとして頼んだ、里芋の煮物。それを手づかみで食べたので、桂が銀時に行儀が悪いと顔をしかめた。
さすがに冷奴は手づかみでは食べれないので、店の人がおちょこと一緒に箸を持ってくるのを待っている間、坂本の箸を借りて食べた。
「お待たせしました」
「あ、俺も里芋の煮物お願いしまーす。ヅラは?なんか食う?」
「んー・・・俺は、ほうれん草のお浸しと、いかの刺身を頼もう」
「かしこまりました」
適当に注文をすませ、先に来たおちょこで乾杯を始めた3人。今日の休暇がどうだったか、明日は帰路につく前にどうするか話をしていると、引き戸が開き、高杉が戻ってきた。
「てめェら・・・もう戻ってたのかよ」
「腹減ってたし、夕餉は宿で食いたいってヅラが言うから」
「ふーん」
「辰馬なんか橋で分かれたあと、宿に直行だったらしいぜ?」
「は?何で?」
「美味い酒の店探したらここにたどり着いたんだと。面白すぎんだろ?」
「お前ェら知らなかったのか?此処・・・店と宿を経営してる『寄り所(よりどころ)』だぞ」
「有名な店なのか?」
「有名なんてモンじゃねェ。創業120年の老舗だ」
「俺が普通の宿に泊まると思ったか?」と、さも当たり前のように言い銀時の隣に腰を下ろした。高杉は、食事を運んできた店の人に酒とたけのこの煮物を頼んでいた。
「そんな老舗だとは思わなかったな」
「泊まれるなら問題ないきに〜」
「辰馬、顔赤すぎだろ!酒くせぇし!」
「ヅラ、刺身くれ」
「わさびは要るか?」
「要る」
「どうせお前ザルだし良いか・・・辰馬!酒酒!乾杯しなおそーぜ」
「よーし!仕切り直しじゃ!」
4人が揃ったところで、彼らは再び乾杯をした。そこから始まったのは、さっきの話の続きである今日の出来事と明日のことだ。
「高杉は良い草履が買えたのか?」
「あァ。目利きの良い店主が居てな」
「ヅラぐらいだろ。初めての休息で町に来て、包帯とか薬買うやつ」
「これから先必ず役に立つものだ。俺が欲しかったものがそれらだっただけのこと」
「どーせてめェは甘ったるいモンしか買ってないんだろ?銀時ィ」
「当たり前ぇだ」
「威張るとこじゃねェよ」
「お待たせしました。『たけのこの煮物』と『日本酒』でございます」
店の人が高杉の注文した煮物と酒を持ってきた。おちょこに入っていた酒を一気に飲み干すと空のおちょこに、新たに運ばれてきた酒を注いだ。
「いや・・・それにしても、久々に良い時間が過ごせたな」
「これも隊士たちのおかげぜよ!」
「明日の朝、なんか土産買ってから帰んだろ?何する?」
「酒で良いだろ」
「いや、甘味の方がいくね?」
「それはお前らが欲しいものだろ!これだけ飲み食いしてまだ足りぬと言うのか貴様らは」
「あはははは!!おんしら馬鹿じゃの〜!」
「ぷぷー!高杉笑われてやんのー」
「てめェのことだクソ天パ」
賑やかな店の中で、
より一層賑やかで笑いの絶えない円卓。
願うことは、皆同じ。
この空間が、
いつまでもどんなときも
続きますように。
end...