帰ってきたときに

真っ先に出迎えたいから

だから、待ち続けるの









2









曇天。
降りやまない雨。
くすんだ空気。
人気の無い街。

神威のおさがりである黄色いレインコートを着て、石段に腰掛けながらビル街の先を見つめている、幼い頃の神楽。

小さく丸まった背中に、幾つもの雨がすべり落ちていた。


「・・・・・っ!、・・・?」

「また傘差さないで・・・濡れるよ」


突如、黄色く染まった神楽の視界。同時に、頭に何か被せられた感覚を感じた。

それがレインコートのフードだと気づくと、目まですっぽり覆われたまま、声のした方へ振り返る。


「・・・かむい、!」

「ははっ。見えてないのによくわかったね」


まだ幼さの残る、少年独特の声で神威は笑った。傘を差したまま神楽の隣にしゃがみ込むと、妹と同様にビル街を見つめた。


「おかえりネ!」

「・・・ただいま」

「もう出かけないアルか?遊べるアルか?」

「今はね。・・・また、俺を待ってたの?」

「うん!あとは、ぱぴーだけアル!」

「・・・、あの人は出て行ったばっかりだろ」

「忘れ物して、戻ってくるかもしれないネ」

「・・・馬鹿だな。神楽は」

「どうしてヨ?」

「どうしても。・・・さ、帰るよ」


傘を持っていない方の手を神楽に差し出し、石段から立ち上がらせた。思った以上に、神楽の小さな手が暖かくて、神威は安心する。

今度は視界が良くなるようにフードを被らせ、左手には傘を、右手には妹の手を握り、雨の中歩き出した。


「かむい、ぱぴーは待ってたら戻ってきてくれるヨ。ほんとネ」

「ん。わかったよ」

「だから、わたしずっと待ってるネ」

「・・・・・」

「さっきの場所で、待ってるアル。あそこで待てば、かむいも帰ってきてくれるネ」


青い大きな瞳は、父親の背中と離れていく兄以外に何を映してきたのか。この幼さには珍しい、しっかりとした意思のある瞳だった。


「かむいも、待ってあげてヨ」

「え・・・?」

「いっしょに、ぱぴーが帰ってくるの待つアル」

「・・・・・いや、俺は止めておく」

「なんでヨー」

「・・・それは神楽の仕事ってことで。俺には他にやることがあるから」


機嫌を損ねた妹に、今日の夕飯は何が良いかと魔法の言葉を告げれば、その顔に笑顔が戻った。

神威が神楽の申し出にためらった理由は、数日前に遡る・・・












「ぱぴー!ぱぴー!」

「かッ・・・神楽ちゃんんんん!!!危ないから!!早く降りて来なさい!!!」

「たかがジャングルジムでしょ。平気だと思うけど」

「神威おまえか!!俺の神楽ちゃんにあんな危ない遊びを教えたのは!!!」

「危ないって言うか、・・・あ、神楽落ちるよ?」

「ぎゃぁぁぁ!!!!!」



どうしても行きたい。

そう言って聞かなかった神楽と共に、親子3人で公園に来ていた。

公園と言っても、あるのはベンチとジャングルジムとちょっとした砂場だけ。遊具があっても、毎日どんよりとしていて、雨が降り続くこの星では、遊ぶ子供などほとんどいない。

久しぶりの公園。しかもめったに帰って来ない父親と、最近出かけることが多くなった兄と遊べる時間。

神楽にとって、幸せのひとときだった。そんな彼女のはしゃぎ様は凄まじい。

今まさに、ジャングルジムの頂点から転がり落ちている程だ。


「おっ・・・と、」

「きゃー!」

「神威!!ナイスキャッチだ!!さすがお兄ちゃん!!」

「はいはい」


涙を流す父親を尻目に、転がってきた神楽を腕の中に収めた。当の本人は至極嬉しそうに笑い、再びジャングルジムへと手を伸ばしている。


「かむいー!もう1回上ってくるヨ!!」

「はいはい」

「だっだめだって!!神楽ちゃん!!!お父さんも上る!!!」

「ぱぴーはダメ!!!」

「ッ!!!・・・神威ッ!!あの子もう親離れなのか?!?」

「はいはい」


神威は、うんざりした様子で父親の涙を受け流していると、その間に神楽が再びジャングルジムの頂点に君臨しているのが見えた。


「・・・・・」

「あぁ・・・神楽ちゃん・・・・・」

「・・・ねぇ、」


再び娘が転がってくるのではないかと、腕を広げて準備している父親に、神威は声を掛けた。


「ん?」

「・・・話があるんだけど」

「なんだ」

「神楽の居ないところで話す」

「・・・・・そうか」


父親は広げていた腕を下ろすと、神楽をジャングルジムから降ろして来いと告げ、先にベンチへ向かって行った。


「・・・。神楽、砂場行くよ?」

「うん!!」


素直に降りてきた妹を抱き上げ、雨がしのげる場所にある砂場へと歩いて行く。


「ちょっとの間、1人で遊んでてよ」

「なんでヨ?」

「良いからさ」

「かむいも、ぱぴーと遊びたいアルか?」

「・・・まぁ、そういうことにしておく」


納得してくれた理由がなんとも言えないが、神威にとってこの際どんな理由でも構わなかった。

抱えていた神楽を砂場に降ろし、すぐに戻ると言って、その場を離れた。


「・・・・・」

「(パリパリパリ)」

「なにそれ」

「家から持ってきたおかしだ。神楽が食べたがるだろう」

「神楽のために持ってきたのに、アンタが食べてどうするの」

「父親として、娘とはつねに同じものを食べたいんだ」

「父親って変態って意味だっけ?」


ベンチの上で1人、お菓子を食べているおっさんの絵は、はっきり言って良いものではない。思わず神威の心の声が漏れてしまった。


「・・・好きな子でも出来たか」

「いや」

「母ちゃんが恋しくなったか」

「いや」

「父ちゃんのこと好きか」

「嫌い」

「じゃあ・・・なんだ、」


ベンチに親子で座り、父はお菓子を口にしながら、兄は遠くで遊ぶ妹を見ながら、それぞれ違う事をしながら話をしていた。


「・・・アンタ、家族を養うためだけに家に帰らないわけじゃないだろ」

「どうしてそう思う」

「俺がそうだから」

「・・・・・」

「神楽が違うふりかけを食べたいって言うんでね、それを手に入れるために働いてる」

「何の仕事してる」

「アンタと同じ事さ」


父親のお菓子をあさる手が速まった。それは、娘の分まで平らげてしまうのではないかと思うほどに。


「・・・別に責めてるわけじゃないんだよ。血は争えないってだけ」

「・・・・・」

「だけど、まだ完全に染まっちゃいない」

「・・・神楽か、」

「ご名答」


チラリと目線を動かせば、父親の目に砂場で必死に何かを作る神楽が映った。


「どうにも・・・・・神楽を見ると、血の騒ぎが収まる」

「・・・・・」

「俺がアイツに手を上げる時は、俺が俺に殺られる時だ、と・・・今はそう思う」

「・・・その考えがあれば充分だ」


父親は持っていたスナック菓子の袋をグシャリ、と丸め、近くのゴミ箱に投げ捨てた。


「神威」

「・・・なに」

「約束しろ」


父親はベンチから立ち上がり、数歩前に出ると神威に背を向けたまま、口を開いた。


「これから先、お前が家を出ようがどこで何しようが構やしねぇ」

「・・・」

「だが、神楽に手を上げた時は・・・黙っちゃいねぇぞ」

「だろうね」

「その時は・・・俺がお前を殺りに行く」


父親の威厳か、はたまた百戦錬磨の海坊主としてこれから名乗りを上げる若者に対する威嚇か。

どちらにせよ、親子の会話でないことは確かだった。


「どうやら、何をするより先に・・・アンタと一戦交えることになりそうだ」


神威は笑いながら、三つ編みの髪の先を払った。


「だが、今は・・・神楽のただの兄貴でいてやれ」

「そのつもり」


神威は父親をその場に残し、神楽の居る砂場へと向かっていった。


「・・・引き継がれた血、か・・・・・」



曇天の空に、悲しげな声が混ざった。











「かむいー、ふりかけご飯食べたい」

「今日は鮭味だよ」

「わっ、ほんと!?やったアル!」


父親と会話をした数日前の事を思い出せば、体中の血がざわめき立っていた。しかし、やはり神楽の存在はソレを抑制している。


「やっぱり、かむいの作るふりかけご飯美味しいネ!ぱぴーのご飯はふりかけが、しけってたアル」

「俺が作ったご飯だからね。・・・確かに、なんで毎回湿気てたんだろ」

「(もぐもぐ)・・・かむ、い・・・食べないアルか?」

「ちょっと出かけてくる」

「!・・・また?」

「ふりかけの次はお茶漬け、食べたいだろ?」

「・・・・・・う、ん・・・」

「良い子だ」



いつものように頭を撫で、微笑み、振り返らずに家を出る。

神楽の喜ぶ顔と、食費を稼ぐことを目的として始めた仕事も、いつの間にか自分の中にある何かを埋める為、という目的に変わりつつあった。


やはり、血は争え無いのか。


この日を境に、以前よりも神威が家を空ける日が増えていった・・・




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