「ただいまヨー」
「おかえり、神楽ちゃん」
「今日の夕飯何アル??」
「今日は天ぷらとから揚げだよ。油ものばっかりだけど」
「天ぷらとから揚げ?!きゃっほォォーい!!」
好きなもの
季節は夏。
19時近くてもまだ辺りは明るい。夏限定で門限が伸びた神楽が、新八から夕飯のメニューを聞いて喜んでいた。
「銀ちゃんはー??」
「今お登勢さんのところに行ってるよ」
「ふーん」
「これから揚げ物するから、用があるときは台所まで来てね。油の音で聞こえなくなるから」
「わかったアル」
神楽は洗面所で手を洗うのを面倒臭がると、台所で洗い始めた。それを気にすることなく、ビニール袋にお肉と調味料を入れて下味をつける新八。
そこら辺の主婦に負けず劣らずの手つきだ。
「定春ぅーただいまヨー」
居間に戻り、定位置で寝そべる定春に飛びつくもその巨体は、ちょっとやそっとの衝撃では微動だにしない。定春は相変わらず夢の中にいた。
「・・・ヅラの所為ヨ。他の番組なんてつまんないネ。最近つまらないのばっかりアル」
白いもふもふに寄りかかりながら、TVのチャンネルをリモコンで変えていく。お目当ての番組がヅラによる攘夷派の臨時ニュースで中止になってしまったため、彼女はふてくされていた。
何もすることがなくなってしまい、適当に部屋を見渡していると見慣れないビニール袋が部屋の隅においてあるのをみつけた。
「んー?」
定春から離れてそれに近寄り、ビニール袋を覗き込むと神楽は一瞬で笑顔に変わった。
「新八ー!」
居間から大きい声で新八の名を呼ぶが、返事はない。代わりに台所からやってきたのは、良い香りだった。
返事をしない新八に苛立つと、ビニール袋を握りしめたまま台所に走って行った。
「新八!」
「え?何?」
「なんで無視するアルか!ひどい奴アルな!」
「さっき言ったじゃん!油ものやってるから聞こえないよって」
「・・・聞いて、ないヨ!」
「いや聞いてたよね。今変な間があったよね」
できたてのから揚げとエビ天をつまみぐいしながら、神楽は理不尽さ全開で怒っていた。それら食べ物が減っていくスピードは半端ではない。
「ちょっと神楽ちゃん!お行儀悪いよ!」
「新八こそ料理中に眼鏡かけるとは何事ネ!不潔ヨ!!」
「なんでだよ?!?別に良いじゃん眼鏡かけて料理したって!」
「だめアル!眼鏡天ぷらなんておいしくないネ!」
「誰も眼鏡なんて揚げねぇよ!!」
「私は眼鏡よりコンタクト派とみせかけたレーザー治療で視力再生した裸眼派アル」
「ちょっ・・・なにそれ、結局何が言いたいの・・・」
少し油断すればすぐに狙われる揚げ物を、新八はこれ以上つまみぐいされないように避難させた。
神楽の言いたいことがわからないまま、ここに来た理由を問いかける。
「で?なんか用?」
「これ!この粘土どうしたアルか?!」
「あぁ、それね」
ビニール袋から、象やらウサギやらが描かれた袋に包まれた紙粘土を取り出し、新八に見せた。
新八曰く、スーパーで処分される物が入ったカートの中にあり、無料だったので貰ってみたとのことだった。
「私作っても良い?やっても良い?」
「良いけど、夕飯食べてからにしようよ」
「わかったアル!!」
「ちょっ?!何またつまみ食いしてんの!!」
「早く食べれば早く作れるネ!!」
「早く食べるの意味が違ぇよ!!」
忍び寄る神楽の手から、から揚げと天ぷらを守りつつ、器用にもお味噌汁や煮物を作り上げた新八。
お椀やお茶碗に夕食をよそっていると、タイミングよく銀時が帰宅した。
「あ、おかえりなさい」
「おぅ。やっべ・・・超美味そうな匂いすんだけど」
「銀ちゃん!今日は、から揚げと紙粘土と天ぷらネ!」
「じゃあ銀さんが天ぷらとから揚げ食ってやるから、お前に紙粘土やるわ」
「うん!」
「いや、『うん!』っておかしいでしょ。あ!!銀さんまでつまみ食いして!この後食べる自分の分が減りますよ!」
「心配すんな。俺の兵士達の代わりにお前の兵士が身代わりになってくれた」
「兵士じゃねぇよ、ただのから揚げだよ。っていうか何勝手に僕のから揚げの数減らしてるんですか!!」
結局、台所から居間までの間に新八の兵士(から揚げ)は半分ほどに減らされていた。
◆
「・・・ちょっと神楽ちゃぁん、銀さんまだ食べてんだけど。なんか紙粘土臭ぇンだけど」
「気にすんなヨ。そのうち嗅ぎ慣れてクセになるネ。納豆と一緒アル」
「一緒にすんじゃねぇよ。納豆は食いモンだろーが」
「納豆も銀ちゃんの足も同じ匂いアル。異臭ネ」
「銀さんと同じ香りなのはいちご牛乳だけですー」
「おっさんの香りがいちご牛乳と同じとか、この世の終わりヨ」
「誰がおっさんだコラ」
「あ、絵具とってこよーっと」
自分以外が食事中でも、かまわずテーブルに粘土を置く神楽に、銀時は不満を言いながらエビ天を頬張った。
時間がたってもサックリとした食感は、さすが新八作といったところ。
神楽が席を離れれば、新八にとばっちりをくらわせストレスを解消した。
「だいたい何で紙粘土?あいつそんな歳でもねぇだろ」
「処分されるなら面白そうだし、貰おうと思って持って帰ってきただけですよ」
「ったく・・・」
「でも、案外これ楽しいんですよ?」
新八はそう言うと、ビニール袋からまだ未使用の紙粘土を銀時に手渡した。
「ガキじゃあるめぇし」
「そんなこと言ってると童心を忘れちゃいますからね」
「俺はまだ少年だから忘れることねぇのー」
「あ!銀ちゃんも新八も食べ終わったアルか?!じゃあ一緒にやろうヨ!」
「あ?いや、俺は」
「銀ちゃんは何作るネ?新八は?」
「じゃあ僕はまずリンゴでも作ろうかな」
「紙粘土制作1・2を争う人気のやつアルな!」
「え、そうなの?どこの情報それ;・・・そういう神楽ちゃんは何作るの?」
「私?わたしは・・・好きな物アル!」
「・・・・・」
紙粘土を受け取ってはみたものの、あまり気乗りしない銀時は断ろうとした。だが3人のうち1人がやらないというのもどうなのだろうと考えてしまう。
ましてや夕食後で、これから外出する気もない。TVは面白くないし、ジャンプは読破済み。風呂に入るには早い時間で、寝る気は毛頭ない。
「銀ちゃんっ、ピンクの絵具がないヨ!」
「・・・、赤と白混ぜればできるだろ?」
「うわっ!?赤色出しすぎたネ!!」
「もっと力抑えて出すんだよ、こうやるの」
なにかと文句を言いつつも、結局参加することにした。
数時間後には時間が経つのも忘れて、のめり込んでいた紙粘土制作。案の定、万事屋3人が3人ともハマってしまい、気づけば23時を迎えていた。
「もう23時になっちゃいましたね。さすがにもうそろそろ帰ります」
「良いよ、新八今日泊まってけよ。その代わり明日の飯当番お前な」
「泊まっても泊まらなくても、朝ご飯は僕が作ることになるじゃないですか」
「ん?なんのことかな新八くん」
知らぬ振りをする銀時を無視し、泊まることを決めた新八は、粘土だらけの手を一旦洗いに行き、自宅に電話をかけた。
その様子をなんとなく耳で聞きながら、だいぶ固まってしまった筋肉をほぐす。
その間も、目の前でものすごい集中力を発揮し作り続ける神楽がいた。気づけば、制作を始めてからあまり言葉を発していないような気さえする。
「神楽、お前ももう寝ろ」
「・・・ちょっと・・・待ってヨ」
「夜更かしは美容の大敵だろ?」
「・・・うん・・・・・」
「寝ねぇとニキビできっぞ」
「うん」
「風呂入らねぇと女じゃねぇぞ」
「・・・う・・・ん・・・」
「昨日酢コンブ食っちまったぞ」
「うん・・・・・ん?」
酢コンブに多少の反応は見せたが、どうやら銀時たち以上にハマってしまったらしい。
これほどまでに集中しているやつの邪魔をするわけにはいけないと、とりあえず布団を敷いたり風呂に入ったり、新八と銀時だけで行動を始めた。
「新八、風呂先に入れや」
「神楽ちゃんは?」
「あいつはまだ夢中になってっから、最後に回してやることにした」
「わかりました、じゃあ先に入っちゃいますね」
「んー」
新八が風呂に向かったのを確認すると、ひとまず手を洗ってからもう1人分の布団を敷きに寝室に向かった。
◆
「・・・!、おい・・・まだやってんのかよ?」
「・・・・・もう少しで、完成するんだもん」
驚いたのは、銀時が風呂から上がってすでに0時を過ぎているにも関わらず、神楽が紙粘土制作を続けていたからだ。
新八の行方を聞けば同じように驚き、無理をしないように告げると寝室に入っていったと言う。
「お前なぁ、そんないっぺんに作ったら楽しみなくなるだろうが。明日からどうすんだ?また暇になるぞ」
「明日の楽しみは明日みつけるネ。楽しいことが1つもない日なんて無いアル」
「、・・・・・」
「今どうしても仕上げたいネ」
「・・・何作ってんのか知らねぇけど、更かしもほどほどにな。俺は先寝るわ」
寝るときは電気を消すようにと言い、銀時は新八同様、寝室に入った。
気にならないと言えば嘘になる銀時だが、明日は1人で行く仕事の依頼が入っていたので素直に布団に入った。
時刻は深夜1時を過ぎていた。
◆
「銀さん、銀さん」
「・・・っ、・・・?・・・・・なに・・・?」
「ちょっと来てくださいよ」
夢の中で新八が呼んでいたかと思えば、実際に現実の世界で起こされていた。
いつもは大声のくせに今日は小声で名を呼ぶ彼に、何だ・・・と思いつつ睡眠不足の重たい体を引きずって居間に出る。
「これ、見てくださいよ」
至極嬉しそうな顔で言う新八。彼が指差すものを見れば、そこには・・・
「・・・、これ・・・俺?」
「そうですよ!これが銀さんで、定春、そしてこれが僕です」
「これが僕ですっていうか、眼鏡だよね。ただの原寸大眼鏡だよね」
「そこは良いんで。気にしてるんで」
「つーかなにこれ、俺よりも酢こんぶのほうがデケぇじゃん。どんだけ食い意地張ってんだよ。俺は酢こんぶ以下ですか?」
「神楽ちゃんらしいですね」
「おまっ、・・・これ神楽じゃねぇよ。もはや別人だよ」
「それは・・・まぁ製作者の特権ですよ」
彼らの目の前にあるのは、綿あめのような形に目をつけた通称・銀時と、ほぼ原寸大サイズの通称・眼鏡(新八)と、だいぶ簡略化された通称・定春、だいぶ美化された手足の長い通称・神楽、通常の10倍ほどある通称・酢こんぶの箱、そしてひらがなで書かれた万事屋の看板だった。
「『よろずや』って書いてありますよ」
「案外うめぇじゃん」
「神楽ちゃんが作る、『好きな物』ってコレだったんですね」
テーブルに突っ伏して寝ている神楽の顔は、絵具で汚れていた。それが一生懸命さをよりいっそう引き立たせている。
「・・・なにが明日の楽しみは明日みつける、だ。マセたことっ、言いやがる」
突っ伏したままでは辛いだろうと、持ち上げてソファーに寝かせてやった。銀時の絵具で張り付いた前髪をとってやる仕草はぎこちなく、でも優しさを含んでいた。
「ふふっ、銀さん」
「なに笑ってんだよ」
「いえ、だって・・・なんだかうれしそうだから」
「!・・・そういうお前こそ、ニヤけてんぞ」
銀時は新八が持ってきたタオルケットを神楽にかけてやると、神楽は包まるように身を縮こませた。
「僕は銀さんと違って素直ですから。嬉しいときは嬉しいって言います」
「銀さんだって素直だよ?なんせ少年の心持ってっから」
「じゃあ素直に今の気持ち言ってみてくださいよ」
「口にしなくても伝わることだって稀にあんの」
「あ、またそうやって逃げて・・・」
神楽を起こさないように、新八が静かに笑った。
「じゃあ銀さんの代わりに僕が・・・」
「仕方ねぇから聞いてやるよ」
「ははっ、なんですかそれ」
気にするな、と銀時も穏やかな笑みをこぼした。
「・・・ほんと、僕・・・・・万事屋の一員でよかったです」
それだけ言うと新八は朝食作りますね、と言って居間を後にした。
部屋に残された銀時の胸に広がる温かな想い。柔らかな眼差しで再び作品を見つめた。
「・・・やっぱ新八が1番似てんな」
そう言って、神楽の作った『万事屋の仲間たち』を飾る場所を探すのだった。
end...