長い。


そう感じた廊下を、広い背中を追って歩いていた。



何部屋か通り過ぎた時、今歩いてきた廊下を振り返る。


それはまるで、自分の軌跡を確認するかのような仕草だった。



「こっちですよ」



優しい声色で呼ばれ、再び前を向き男を小走りで追いかける。


「なにか気になる事でもありましたか?」


そう問いかけられたが、黙ったまま首を横に振って否定した。











「ここですよ」

「・・・」


男が立ち止まった部屋からは、たくさん居るであろう子供の声が聞こえる。

初めての環境に戸惑うかと思ったが、銀髪の子供は怯える様な素振りも、敵意も見せることも無く無表情だった。


「部屋に入る前に・・・コレを」


目の前に差し出してきたものは、深緑の色をした少し厚めの教本。

それをぎこちなく伸ばした手で受け取った。


「今日からここが、銀時・・・お前の居場所ですよ」

「・・・・・いばしょ・・・」



渡された教本を握る手と、刀を抱いていた腕に、少し・・・力が入った。









ひら








「銀時、来なさい」


廊下で待っていた銀時は、松陽に呼ばれて初めて部屋に入った。

集まる多くの視線に、少なからず居心地の悪さと胸の高鳴りを感じる。

松陽は素直に自分の傍までやって来たものの、少し顔の強張っている銀時に気づき、彼の背中に手を添えた。

背中から感じる手の温かさに安心する。


「今日からここで皆と学ぶ事になった、銀時です。皆、仲良くしてあげてください」

「「「はーい」」」


子供たちの返事を聞くと、松陽は銀時に一番後ろの席へ移動するよう言った。

その間も銀時に注がれる視線は多い。それが新入生が珍しいからなのか、彼の持つ刀に不信感を覚えたからなのかは、わからない。


いずれにしても、銀時自信はこの場に期待や望みを持っていなかった。



席に着くと教本を開くことなく、刀を抱えて襖に寄り掛かかり目を閉じる。


「では、授業を始めましょう」


銀時の態度を不思議そうに見ていた子供たちだったが、松陽の一言で授業へと意識を集中させた。部屋中に教本をめくる音が広がる。


「・・・・」


部屋に入り込む春の風に、目を瞑った銀髪がなびいていた。











「銀時、起きなさい。銀時・・・」

「ん・・・」


銀時が目を覚まし体をよじると、カチャリ・・・と、抱えていた刀が鳴った。


「今から稽古場に行きますよ、これに着替えなさい」

「・・・?」

「じゃあ銀時を頼みますね」


眠い目をこすりながら、松陽から胴着を受け取る。意識がはっきりしない間に、松陽が自分以外の誰かに声をかけたような気がした。


「・・・・・」






「早く着替えないと間に合わないぞ?」


「!」



ぼーっと胴着を眺めていると、自分の正面から突如聞こえた声に驚き、とっさに刀を掴んで立ち上がる。


「わッ?!」

「ッ!・・・」


その瞬間、銀時の目に教本を盾にして身を守る子供が映り、ここが戦場で無いことを思い出した。


「・・ーッ」


しかし、戦場で生き延びた経験から、相手が反撃をしてくるかもしれないと思ってしまい、刀から手を離すことが出来ない。


ところが、塾生は銀時が思いも寄らない言葉を発した。




「おッおれは桂小太郎ッ!!お前の敵じゃないッ・・・!!」

「!」


小太郎は教本で身を守り、ぎゅっと目を瞑ったまま力いっぱい叫んだ。


銀時の心が大きく波打つ。







カチャ


「・・・っ?」

「・・・・・」

体に何の衝撃も来ないので、恐る恐る目を開けてみると、そこには気まずい表情をした銀時が視線を泳がせていた。


さっき松陽に連れられて部屋に入ってきたときは、無愛想な奴だと思っていたので小太郎にとって銀時の様子は意外だった。



「・・・ねぇ、」

「!」


思い切って話しかけてみると、銀時の泳いでいた目が、小太郎の真っ直ぐな目と、ゆっくり合った。


「その刀、大事なのか?」

「・・・・」

話しかけてみたものの、結局会話は途切れてしまい、今は松陽に頼まれた通り稽古場へ連れて行くことを優先しようと、畳の上にある胴着を拾った。


「・・・、じゃあ・・・胴着に「大事」!」

「・・・今、いちばん大事なもの」


銀時は刀を両手でしっかりと握る。

初めて聞いた声は、銀時自身が放つ大人びた雰囲気とは裏腹に、子供に相応しいものだった。


「・・・そうか。ずっと抱えて眠ってたから、そうじゃないかって思ってたんだ」

でも授業中はせんせいの話を聞かないといけないんだぞ!


小太郎は少し説教じみた事を話すと、今日の授業の分をあとで教えてやると言った。


「・・・・・ねぇ、」

「!・・・ん?」


間はあったものの、銀時から話しかけてきたことに驚く。小太郎は畳んであった胴着を広げながら平静を装い返事をした。


「さっきからそこに居る奴・・・だれ?」

「え?」


銀時は、部屋の出入り口である襖を指差している。


「・・・だれもいないが・・・・・」

「居る。そこに」


部屋の中から見る限り、小太郎の視界に入るのは開いている襖と廊下しかない。

しかし、銀時は何か居ると言って聞かなかった。


「もしかして、・・・結構見えたりするのか・・・?」

「なにが?」

「お・・・お化けとか・・・・・」

「おれスタンドとか信じない」

「え、なに?すたんど?」


小太郎がスタンドとは何か聞いたが、銀時は『スタンドはスタンド以外の何者でもない』の一点張りで、教えてもらうことは出来なかった。


「・・・じゃあ、あそこに居る何かが、その・・・すたんどって奴かもしれないんだな?」

「うん」

「ちょっと見てくるぞ」

「えっ?」


慌てたように見えた銀時を無視し、小太郎は鼻息を荒くしながら大げさに足音をたてて襖まで歩いて行く。


「・・・ッ、・・・」


少し怖がりながらも意を決して、勢い良く部屋から廊下に飛び出した。





バッッ






「なッ・・・、お前・・・!?」






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