止まっていた時が
動き出す瞬間
暁〜第三章・弐〜
「銀さんー!起きてください!銀さ、・・・あれ?」
「銀ちゃんならいないアル」
出勤後、普段通り神楽を起こし銀時の寝室の襖を開けた時だった。万年床の布団が乱れることなく綺麗なまま新八を迎えている。
「昨日の夜どっか行ったの?」
「知らないアル。私先に寝たもん。夜中におなかすいて銀ちゃんにご飯作らせようと思ったらいなかったネ」
「あ・・・そう」
「だから朝食のご飯は別で炊いてほしいアル」
「え?!・・・昨日食べちゃったの?!」
「なんだヨ。なんか文句でもあるのかヨ、ぱっつぁん」
「態度悪っ!!反省する気ゼロだよこの子!!」
どこぞの天パのようにニヤリとふざけた笑みを浮かべ、芸術的な寝癖を直すべく神楽は洗面所へ向かう。新八は顔を引きつらせ不満をこぼしながら寝室の布団を片付けた。
「銀さんどこ行っちゃったんだろ・・・よっと、」
「・・・!わんっわんわんっ」
「?、定春?」
押入れに布団をしまい終えると、珍しく朝から定春が吠えているのが聞こえた。あの大きさのため、定春が走れば家の床がミシリと嫌な音を鳴らす。当然、下のスナックお登勢からの苦情も絶えない。
玄関へ走り去る定春に「走ったらだめだよ!」と新八が焦り気味で注意し、後を追った。
「あ、銀さん!・・・と、桂さんまで!」
「おぉー」
「朝早くにすまないな」
そこには、しっぽを振る定春を両手でわっしゃわっしゃ撫でている銀時が居た。その横に、相変わらずかっちりと着物を着こなした桂も居る。
「え!?銀ちゃん帰ってきたアルか?!」
「うぉ?!ちょっ、水っ・・・神楽ちゃんなんでそんな水浸しなの?!」
洗面所から神楽が飛び出してきたきたかと思えば、同時に水しぶきが3人を襲った。神楽曰く、寝癖を直そうと顔を洗うついでに髪も洗ったとのこと。
「あーもう、顔も頭もちゃんと拭いとけよ?」
「わかったヨー」
「銀さん、朝ご飯まだですか?よかったら桂さんも食べていってください」
「すまないな、新八くん」
新八の心遣いをありがたく受け止め、先に上がった銀時のあとにつづき、桂は家に上がった。草履を綺麗にそろえて脱ぐところが、彼の真面目な性格を映し出している。
居間のソファーに銀時と向かい合う形で座ってもらった。
「今お茶持っていきますね」
「新八ぃ、俺いちご牛乳な」
「はいはい」
テーブルを台拭きで拭き終えると、忙しそうにお茶といちご牛乳を持ってきた。「まだこのような甘ったるいものを飲んでいるのか」とお馴染みのセリフを吐き捨てる桂を、銀時は無表情で聞き流している。
「私も飲むネ」
新八と入れ替わりに居間にやってきた神楽の腕には、たくさんのコロナミンCが抱えられていた。
「コロナミンCは1日1本だからな」
「えー」
「えー、じゃねぇの。この前飲みすぎで寝込んだの忘れたか」
「コロナミンCは不器用なやつネ!1つになりたいと望めば望むほど人の腹を壊す・・・そういう愛し方しかできないやつアル!」
「コロナミンCに言っとけ。てめぇに人を愛する資格も人を名乗る資格もねぇって」
「リーダーがコロナミンCを好むようになったとは・・・ずいぶんと大人になったようだな銀時」
「そうよ、私はもう大人なのコロナミンCどころかラポビタンDも飲めるの」
「ほぉ・・・」
「ほぉ・・・じゃねぇよ!!何納得してンのお前!!今のどこに納得できる場所があったよ!?!」
「銀時・・・リーダーがラポビダンDも飲めるようになったということは・・・そうか・・・」
「は?な、何・・・なんだよ」
「晴れて2人は夫婦になったのだな」
「なるかァァァ!!!何でラポビタンDがエンゲージリング的な立ち位置になってんだよ!!どう考えてもおかしいだろ!!!」
「ははっ、照れるな照れるな」
「やかましいわッ!!!!」
桂の被害妄想はとどまることを知らず、銀時のいら立ちを募らせる。その間に神楽は3本目のコロナミンCの蓋を開けていた。
「・・・む、よく見たら・・・リーダー、その髪の毛はどうした」
「え?何アルか?」
「あぁ、こいついっつもこうだから。乱暴に拭くから髪が絡まっちゃってんだよ」
「なるほど」
サラサラの髪の毛を持つ者として、桂は神楽の髪の毛をどうにかしてやりたかった。神楽を隣に座らせて、櫛か何かないのかと問いかける。
「私持ってるヨ!この前銀ちゃんにもらったアル」
髪を手ぐしで整えてくれている桂に背を向け、神楽はそのままの姿勢で櫛を渡した。
「!・・・この櫛・・・・・、」
「?」
神楽から手渡されたのは、見覚えのある櫛
チラリと銀時を見るが、彼は首を振っただけだった。
「・・・・いや、なんでもない」
「欲しいアルか?」
「え?」
「でも赤い色は私みたいな赤が似合う女にこそふさわしいネ!ヅラはどっちかっていうと青か水色アル」
「・・・そうだな。これはリーダーによく似合っている」
絡まった髪を櫛で丁寧にとかしながら桂は昔を思い出していた。昔、この櫛で松陽が自分の髪をとかしてくれたことを。
それが今、桂自身が誰かの髪をとかしている。あれからずいぶんと長い年月が経ったのだなと実感していた。
「・・・よし、綺麗になったぞ」
「ヅラ上手ネ!銀ちゃんよりも丁寧アル!」
「余計なこと言ってねぇで、新八と朝食の準備してこい。今日はお前が当番だろーが」
「あ、忘れてたアル」
神楽は3本目のコロナミンCをテーブルの上に置いた。「1本つったじゃねぇか!」と怒る銀時を無視し、トンッ、とソファーから下りると軽い足取りで台所に駆けていく。
そんな彼らを、桂は柔らかな表情で見つめていた。
「まさかお前がこの櫛をリーダーにあげるとはな」
「俺は使わねぇから良いんだよ」
「覚えているか?この櫛で・・・先生が髪をとかしてくれたことを」
「・・・」
「いつか、この櫛で俺たちが誰かの髪をとかす日がくるやもしれんと申されていたことを」
「・・・・・」
「懐かしいな」
「・・・あぁ」
あの頃は両の手のひらいっぱいだった櫛。今は片手に収まるほど小さくなっていた。
◆
「じゃあ僕ら買い物に行ってきますね!」
「おー。あ、台所の洗剤切れてっから買っとけ」
「わかりました!」
「いってきますヨー」
「んー」
「気を付けるのだぞ」
新八は買い物に、神楽も定春の散歩ついでに一緒に買い物に行くといって出て行った。この機会を見逃しはしないと、桂と銀時は話し合いを始める。
「今あいつどこにいんの?江戸?」
「いや、最近江戸での目撃情報はない」
「じゃあ京の方か?」
「居るとすればそっちの方が確率は高いだろう」
「・・・あ、この前あいつんとこの部下から年賀状が来たんだよ。そこに住所乗ってっかも」
「鬼兵隊から年賀状だと?!銀時、まさか貴様っ」
「何を考えてんだてめぇは。こいつらと繋がってたら居場所探すようなことしてるわけねぇだろ」
「・・・それもそうだ。鬼兵隊から年賀状がくることに驚いたものでな。すまない」
「・・・あ、あった。これだ。住所はー・・・」
『銀河系 2042-88-★』
「「・・・どこだよっ!!!」
書かれていた住所は予想をはるかに超えた地球外のものだった。
「わかりづら!!見当もつかねぇよ!!規模でかすぎだろ!!」
「地球内なら行けなくもないが、宇宙となると・・・手紙を出すしかなさそうだな」
「あいつが読むと思うか?俺からの手紙」
「・・・いや、」
銀時と桂には、高杉が受けとりさえもしないことが容易に想像できた。
「じゃあ・・・どうするよ?」
「どうすると言われてもだな・・・」
ピンポーン
「「!」」
突如、2人の耳に届いたチャイム。
「あー・・・宅配便じゃね?」
「そうか」
銀時は、ハンコを探して小物入れの中をあさった。再び鳴ったチャイムにも急ぐことなく、玄関へと足を運ぶ。
「はいはい、今開けまーす」
引き戸に映る影は長身で、髪の毛がもじゃもじゃしていそうで。
のちに銀時は一瞬、戸を開けるのをためらったと話している・・・
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