想像以上に闇は、

あいつを蝕んでいた






〜第三章・壱〜







「頭、着いたき」

「・・・そうか」

銀時が教本に書かれた文字に気づいた頃、宇宙で貿易船の頭と戦艦に乗る人物が面会しようとしていた。

「・・・」

「おんしはここに残れ、陸奥」

それは不服だと訴えようとしたが、自分が居たところで何もできないだろうと思い直し素直に引き下がる。彼女の葛藤が伝わったのか、坂本が笑った。

「・・・頭、今日の遅い夕食は鍋じゃ。頭が帰って来んと、他の者も食事にありつけん」

「・・・わかっちゅう。ワシが戻るまで誰も食べんよう見張っちょれ」

「鍋は皆で食べるから美味い言いゆうはおまんじゃき」

「あはははは!ワシは約束は守る男ぜよ!」

誰も気づかないであろう陸奥の弱音を、坂本は見抜き、いとも簡単に笑い飛ばしてみせた。下駄をカタカタ鳴らし、がに股で歩く姿は陸奥の不安な心をほぐしていく。

「約束を守る男と言うならちゃんと仕事しろ」と愚痴をこぼし、陸奥は坂本が相手の船に乗り込んだことを確認したあと、貿易船内に戻っていった。








「主が坂本辰馬殿でござるか?」

「そうじゃ」

「・・・こちらへ」

サングラスを掛けた長身の男の後を追い、薄暗い戦艦の中を歩く。坂本の船内では誰ともすれ違わない通路など存在しない。しかし、この船はいくら歩いても人の声すら聞こえてこなかった。

静寂が苦手な坂本にとって、会話のない空間は居心地が悪い。目の前を歩く背に背負われた三味線が、これから会う男への思いを一層強め、坂本の口を開かせた。

「いきなり押しかけてすまんのぅ。乗船許可をもらえてありがたいぜよ」

「拙者は構わぬ。まさか晋助が主との面会を許可するとは思わなかったが」

「それはワシもじゃ」

「・・・なにゆえ、このようなところまで?」

「昔馴染みと話がしたくなっただけぜよ」

「ふっ、主は嘘が下手でござるな」

ヘッドフォンを耳につけているにもかかわらず、なぜ会話が成立するのだろうかと疑問に思いながら、万斉と名乗った男に話の続きを促した。

「拙者には、主と晋助の関係が見えん。白夜叉とのように敵対しているわけでも、桂のように攘夷をしているわけでもない」

「・・・そうじゃな」

「あの男は幕府を壊すまで歩みを止めぬ。それを知って尚、どうする気でござるか?」

通路の突き当りで足を止め、万斉はゆっくりと振り返った。あまり身長差のない2人の目がサングラス越しに合う。

「同じことを言わせる気かえ。ワシは昔馴染みと話をしに来た。高杉が幕府を壊そうとしゆうがは、とうの昔に知っちゅう」

「・・・・・」

「それを知ったからって、友達を辞める理由にはならんぜよ」

強く放たれた坂本の声が廊下の空洞をともない、さらに大きく反響した。万斉は坂本の中に何かを感じ取ったのか、意味深な笑みを浮かべている。

「・・・主も同じのようだ」

「?」

「桂や白夜叉同様・・・何を考えているのか見当もつかぬ」

晋助と同じでござる。


万斉はポケットに手を入れ、音楽の音量を大きくした。ヘッドフォンから音が漏れ、女性アイドル歌手の声が聞こえてくる。音楽に疎い坂本は、万斉から「寺門お通」という名を聞かされても、わからなかったようだ。

「ここを行けば晋助の部屋だ。この先は1人で十分でござろう」

「道案内、ご苦労さんじゃ」

「・・・あぁ」

突き当りを右に行く坂本と、元来た道を戻る万斉。それぞれがそれぞれの思いを抱き、その場を後にした・・・









「これは男星という星で買ってきた温泉まんじゅうじゃ!そこの名物じゃき!それでこれが・・・えっと・・・あ、海老星というところで買った海老せんべいぜよ!ここの海老は絶品じゃった!地球の寿司屋でも扱ってるらしいき、高杉も食べに行ったらええ!あとは…なんじゃったかのぅ…陸奥が持たせてくれたけんど、どれが食べ物の包みかわからんがじゃー」

「・・・・・」

「あ、これは・・・!!これはワシの酒じゃなかか!!どういてこんなところに・・・まさか陸奥、ワシが買いだめしちょるのを知って・・・!!あはは!!なんちゅう部下じゃ!あはははは!・・・・・これは持ち帰るき」

「・・・」

「そうそう、これもじゃこれも!最近宇宙で流行っちゅう『透明な宇宙服』!見た目からして透明じゃき、なんにも見えんけんど・・・着てみたらいろいろわかるき!挑戦することは悪いことじゃないぜよ!」

「・・・・・」

「こんなもんかえ。どうじゃ?!気に入ってくれたがか?!」

部屋に入ってくるなりガサガサとふろしきから土産を取り出す坂本。その騒がしい様子とは激しく温度差のある高杉が、彼を一度も視界に入れぬまま、静かに煙管を吹かしていた。

「おまんに毎年手紙やら送っちょったけんど、いっぺんも返事くれんから心配したぜよ〜」

「どのツラ下げて来た」

「、・・・・・」


空気が張りつめ、思わず身を引く。

あの日・・・刀と銃の一戦を終えてから2人は初めて顔を合わせていた。


「・・・まぁ良い。また新たに天人との盟約を交わせて、俺ァ今・・・すこぶる機嫌が良いからなァ」

「・・・・・」

「そうでもなきゃ、テメェを船に呼ぶわけあるめェよ」

「・・・高杉・・・・・」

「テメェが離脱していなければ、この日は迎えられてねェ。・・・ククッ、感謝しといてやらァ」

坂本に対する嫌味を、不敵な笑みを作り低音の独特な声で言った。

ぼんやりとしか相手が見えない暗い部屋の中で、サングラスを掛けていることもあり、坂本には高杉の口元が弧を描くのだけ見える。

ふぅ・・・と吐き出された煙が部屋に充満し、坂本の鼻をくすぐった。

「元気そうでなによりじゃ」

「・・・」

「・・・、」

優しさを含ませた口調で話をするも、高杉は相変わらず坂本を見ようとしなかった。いくらある程度のことなら笑い飛ばせる坂本も、かつての仲間からの辛辣な言葉ともあればそうもいかない。

サングラス越しに見る数年ぶりの仲間は、こんなにも姿を変えてしまったのかと思わずにはいられなかった。

理解した上で会うことを決意したというのに、自分の情けなさが腹立たしい。

「用が済んだなら帰れ。ここはテメェみてェのが来て良い場じゃねェよ」

「・・・あぁ。そうさせてもらうき」

「・・・」






「その前に、聞かせてもらいたい話ばあるぜよ」


ずっとおまんの口から

直接聞きたかった話が。





高杉の煙管を吸う手が止まり、ゆっくりと顔を坂本に向ける。聞く気などないと言いたげに伏し目がちな様子を無視し、坂本は静かに口を開いた。

「あの日・・・おまんはワシが空包だったことに、なんで撃たないのかと怒っちょったぜよ。覚えちゅうがか?」

「・・・・・」

「あの時は何にも言わんまま、おまんが居なくなってしまったけんど、ワシやち言いたいことはあったぜよ」

「・・・」

坂本はおもむろに着ていた着物を自ら肌蹴させ、ある場所を高杉に見せた。

「ここ、・・・おまんに刺された時の傷跡じゃ」

「・・・・・」

坂本が傷跡を指差し真っ直ぐ高杉を見つめるが、高杉は傷跡を見ようとしなかった。

煙管の灰をコツッと盆に当て、捨てている。

「自分が仕留められなかった相手の傷跡見るのは嫌か?」

「・・・」

「ワシがおまんの立場だったら嫌ぜよ。・・・急所を避けたところに刺してしもうて、生き延びてる相手の傷跡を見るなんて」

「、」

坂本の傷跡は、一撃で仕留められる場所を知りつくし、且つその腕を持った高杉が刺しえない場所にあった。

彼は、このことをずっと胸に秘めてきたのだ。

「ヅラや銀時がこの傷の治療をしてくれたけんど、もうどこに刺したかなんて忘れちょるじゃろう。知っちゅうがは、ワシだけじゃ」

「・・・・・」

「ワシは、仲間を傷つけるつもりはなかったき。だから元々、空包だったんじゃ。・・・まさかおんしまで急所外してくるとは思わんかったけんど」

「・・・」

「・・・なんでじゃ?」

的確に証拠を上げ、相手を追い詰める坂本の言動には無駄がなかった。

高杉の包帯で遮られていない眼が、坂本を映す。久々に合った目は、攘夷戦争時代よりも鋭さと闇が増したように見えた。

「・・・フッ、くだらねェ・・・」

「・・・」

「何を聞いてくるかと思えば。それを知って・・・テメェはどうする?」

「・・・」

「長い間、何を思ってきたか知らねェが、生憎俺はテメェが思ってるようなお人よしじゃねェ」

「・・・・・」

「期待だの希望だの、そんな薄っぺらいモンを抱いて来たなら、さっさと捨てちまうことだ」

「ワシは捨てる気など毛頭ないぜよ」

「そうか・・・ククッ」

ゾワリ、と坂本の背筋に何かが走る。再び煙管に火をつけ口に入れた高杉は、煙を吐き出したのちに再び喉で笑った。





「今ここで俺が断ち切ってやっても良いんだぜ?てめェの抱く思いも、未練も・・・行く末もなァ・・・」

「・・・・・」

「てめェの人生の幕引きを手伝うことなんざ、俺には造作もないことだ」






言葉が出なかった


こいつの抱える闇の大きさを

自分が与えた傷の深さを

肌で、感じた瞬間だった







「・・・・・また来るき」

「・・・」

「酒だけは持って帰るぜよ」

「・・・・・」


坂本は土産物の中から酒だけを取り出し、振り返らず部屋を出ていく。

遠ざかる下駄の音を聞きながら、高杉は吸ったばかりの煙管の灰を落とした。




「俺はただ・・・壊す、だけだ・・・」




この裏切られた世界に

希望なんてない





確認するかのように目を細め、

着物の合わせ目から取り出した『深緑の本』を見つめていた。


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