与えた傷は大きく
受けた傷は深く

未だ治らない・・・







〜過去・壱〜







「おい」


あぁ・・・来たか。
血を洗い流した手を、手ぬぐいで拭きながら思った。

傍にヅラが居ること以外、高杉がキレていることも俺のもとに来ることも予想していた。

天人の強靭な力を前に、幕府が降伏間近と噂が広がっている今、そのタイミングで今日俺がしたことは高杉の目に、裏切りとでしか映らなかっただろう。


ガッッ


されるがままに掴まれた胸元。息苦しさを感じながらも、俺の頭の中は変に冷静さを保っていた。

「銀時ィ・・・今日の戦はなんだ?敵にしっぽ巻いてとんずらたァ、てめェも堕ちたな」

「高杉っ、」

「あのまま戦ってたら、天人の思うつぼだ。もう勝ち負けを争える程、俺らには兵力が無いことぐらいお前もわかってんだろ」

「フン。白夜叉ともあろう者が、醜態さらす様なんざ見れたもんじゃねェ」

「醜態?ばか言え。臨機応変に対応したっつんだよ、こういうのは」

「ふざけんな!!!」

さっきよりも強く胸倉を掴まれ、思わず苦しげに声を上げた。こんな状況でも、俺が戦場で敵に背を向けた本当の理由を話す気はなかった。話したところで、こいつの怒りを増進させるだけだと思ったからだ。

「っ・・・高杉、戦って死ねば英雄とでも思ってやがんのか。生き抜く覚悟も無ぇ奴が、大層な事抜かすな」

殺気立った高杉に、冷静になれと言うのは火に油を注ぐ行為に等しい。しかし、それを避けるべく言葉を濁せば、結局何も伝わらず奴の眉間に皺を増やすだけとなった。

「・・・フンッ、お前がそんな事口にするとはなァ。挙げ句の果てに、きれい事だけ並べた言い訳までほざくとはよォ」

「もうよさないか!高杉っ」

「・・・」

俺の胸倉を掴みながら嘲笑う高杉を、無言で睨みつけた。

昔から知っている高杉は我が儘で短気で、しかし繊細で一途な奴だったはず。だが今俺の目の前に居るこいつは、ただの飢えた獣に見えた。

こんな高杉を、俺は知らない。

「生き抜く覚悟?英雄?・・・ガキみてェな甘っちょろいこと言ってんなよ。勝ち負けの無い戦に終わりなんざねェ」

「そういうお前だって知ってるだろ。幕府が天人に降伏間近なことぐらい」

「だからどうした。・・・まさかてめェ、・・・その噂とやら信じて、今日の戦で妙なマネしたわけじゃあるめェな?」



「・・・・・もう終わりだ。高杉」






俺はこの時の高杉の顔を、今でも忘れることが出来ない。






バッ


力任せに振りほどかれた胸元は、深くシワが寄っていた。

「よくわかったぜ銀時ィ・・・お前も馬鹿本と同じってわけだ」

「・・・辰馬には辰馬の考えがある。それは俺らがとやかく言う事じゃねぇ」

「そうだな。どうせアイツは部外者だ」

「高杉!!お前っ、坂本の気持ちを汲もうと言う気はないのか!!あいつが戦時中に描いてた夢を・・・それを実現させるべく、ここから離れるということを!!一体どんな気持ちで俺たちに打ち明けたと思う?!」

「知らねぇよ。興味も無ェな」

「貴様っ!!それでも仲間か!!?」

ヅラが本気で怒鳴り散らしているのを俺は初めて目の当たりにした。怒鳴ることに慣れていないせいか呼吸は荒くなり、怒りで身体が震えている。

「銀時ィ・・・今日中に荷物まとめて俺の前から消えろ」

「いい加減にしろ高杉!!頭を冷やせ!!!」

「頭冷やすのはてめェらだろ!!なんならヅラ・・・お前も荷物まとめて俺の前から消えろ。宙にでもどこにでも行きやがれッ・・・!!」

「・・・っ、」

「戦場で戦う意味も、闘牙を無くした今のお前らにはわかるめェ」

高杉の隻眼が俺を捕らえた。

「ヅラはまだしも、・・・天人と戦いもしなかったなんて見損なったぜ銀時ィ・・・。

てめェには動じる事でも何でもなかったってことか・・・







松陽先生の死は」






「ッ!!」






ドゴッッ






気がつけば、

胸倉を掴み、振りかざした拳を
高杉の左頬にぶつけていた。



「銀、時・・・!」

「・・・・・ッの野郎・・・」

高杉の唇の端が切れ、奴は滲み出た血を親指でぬぐった。その動作と殺気を放つ鋭い目は、もはや獣同然だった。

もう戻れないと覚悟を決めた。

「・・・フン、侍が拳で殺り合うたァ・・・粋じゃねェな」

「・・・・」

「白夜叉ってのはなにも、天人以外斬れねェわけじゃあるめェ・・・」

異様な雰囲気をまとう高杉に、漠然とした何かを感じ取る。

「・・・何の真似だ、高杉」

「職人は腕で、男は背中で、侍は・・・刀で語るモンだ」

ヅラの息をのむ音が聞こえた。
高杉の鞘から抜かれた刃が、曇天の空の光を反射している。

「殺り合うなら、刀にしようや」

刀の先端は惑うことなく、不敵な笑みと共に俺に向けられた。

「・・・抜け」

戦場で心強く感じていた天人を見る鋭い目が、今自分を映している。止めに入るヅラに、俺は離れるよう言った。

ヅラは悔しさに顔を歪め、腹をくくり、数歩下がった。




「・・・」


「・・・」




ザッッ




同時に地面を蹴り上げ、互いの刀が交わる・・・







「「!」」





キンッッッ





ところが俺らの刀が交わる寸前で、高杉とは別の殺気を強く感じた。それは高杉も気づいたらしく、瞬時に俺と距離をとった。

その直後、見覚えのある刀が高杉との間を遮るように地面へ突き刺さった。

「・・・何のマネだ、てめェ」

刀が飛んできた方向から歩み寄る人物に、大抵の奴なら気絶するほどの殺気をぶつける高杉。そのビリビリとした空気の中、近寄る男は足を止めない。

「・・・おまんら、何をしちゅう」

それどころか、男から放たれる殺気の方が上をいっていた。

その男、坂本辰馬の表情に、

いつもの笑顔は全くなかった。



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