それは、突然だった





〜第一章・参〜







時計の針が4時を指す頃、神楽が新八に連れられて帰ってきた。普段通り接して居間のソファーに座らせても、やっぱり下を向いていて、俺と目を合わせないようにしている。

新八が台所に行ってしまったのは2人で解決するようにと、あいつなりの優しさからだろう。

少し早い気がしたが、台所から夕食を作り出す音が聞こえ始めた。

「これ、やるよ」

突拍子もなく俺は、目の前のガキにある物を差し出した。いきなり「怒ってねぇよ」なんて言う柄じゃない。否、言いたくはない。

大人の俺が一歩引いてやっただけのこと・・・とでも言えば、面目は保たれるだろうか。現に今の一言で神楽はピクリと反応を示している。

「さっき押し入れ掃除の最中に見つけたモンだから。・・・いらねぇなら捨てとけ」

「・・・良いの?」

「ん。ボサボサ頭直すにはちょうど良いだろ」

真っ直ぐな目で俺を見上げた頭を、わっしゃわっしゃと撫でてやった。神楽の髪は盛大に乱れたが、それを気にする様子はない。

「・・・、銀ちゃん・・・ありがと」

赤色の櫛を手のひらに包みながら、ボサボサ頭のまま礼を言った。

礼とは不似合いな頭がやけに、おかしく思える。

「礼は良いから、その頭直せ」

「銀ちゃんがやったアル。・・・私、これ大事にするネ」

「んなこと言って、明日にはその櫛、折れてんじゃねぇの?」

「かもしれないアル」

「おい、そこは否定しろよ。たった今大事にするっつったじゃねぇか!」

「大事にしていても壊れるモンは壊れるネ」

「てめぇは何様ですかコノヤロー」

そう問えば、歌舞伎町の女王だなんだと減らず口をたたき始める似非女王。自称とは言え、神楽の発言は本物の女王さながらの威力を持つのはなぜだろうか。

「なんで櫛持ってるアルか?昔の女のアルか?」

「馬鹿。んなわけねぇだろ」

「過去の女と比べてほしくないヨ」

「もうそれ返せ」

このマセガキが!と、櫛を奪い返すため手を伸ばせば、するりとすりぬけられて、俺の手は手持ち無沙汰になった。

「本当は誰のアルか?」

「ただの貰いモン。仕舞っておくよりマシだからな」

「ふーん。・・・でも気に入ったアル!」

笑ってポケットにしまった様子を見てとりあえず安心し、胸を撫で下ろした。

「私も銀ちゃんに渡すものあるネ」

「渡すもの?」

神楽の発言が唐突すぎた所為か、ふと「今日は父の日か何かだっただろうか・・・」と考えてしまった俺はいろんな意味で大丈夫だろうか。しかし、そうは思ってもすぐに頭を切り替えるまでに時間はかからなかった。

「銀さんはいちご牛乳とパフェとプリンしか受け取らねぇぞ。だが今ならその中にソフトクリームも加えてやる」

「・・・黙って受け取るヨロシ」

「ちょっ痛っ!!物っ、顔、近すぎ!!」

神楽が俺の顔にグリグリと押し付けてくる、なにやら堅いもの。何かはわからないが、意地でも受け取らせようとする神楽の力は半端ではない。

痛みをわかりやすく言うと、顔の上にジャンプ50冊が乗っている感じの痛みである。・・・わかりづらいだろうか。

「おまっ、渡す気あんのかよ!?」

「もちろんネ。銀ちゃんにどうしても受け取ってほしいアル」

「それは顔が痛くなるほど伝わったわ!!良いから普通に渡せ普通に!!」

多少苛立った俺に、神楽は素直に物を渡した。それができるなら最初から普通に渡せと言ってやりたかった。

「!・・・これ、・・・」

「拾っておいたヨ。捨ててほしくなかったアル」
銀ちゃんの大事なもの。

「・・・・・・」

手に馴染む感じが懐かしい、少し染みのついた深緑の本。2人に捨てて置けと言ったは良いが、ずっと気になって仕方がなかった。

今、手にしただけで感じる

この安心感はなんだろう。

「姉御の家で、拭いたり乾かしたりしたアル。もう乾いてるから、またしまっておいてヨ。・・・もう勝手に箱開けたりしないネ」

「・・・・・・」

「銀ちゃん・・・」

「・・・そうだな、・・・戻しとくか」

手放してみてわかった。

やっぱりこの教本は
俺にとって必要なものだった。









「じゃあ、おやすみなさい。また明日」

「おー。明日な」

夜の歌舞伎町が騒がしくなってきた頃、新八はお妙が帰ってくる前に、家でご飯を作るためいつもより早く帰って行った。

「銀ちゃんおやすみアルー」

「んー。おやすみ」

新八が帰って間もなく、神楽も早めに押し入れに入った。なにかと今日は気疲れする1日だったのだろうと思い、特に気にする素振りもみせずに挨拶をかわす。

夕食前に風呂に入ってしまった俺は、ただ面白くもないテレビを暗闇の中で見ていた。



[今回のゲストはこの方!]
ピッ
[こうする事で、おだしがよく染]
ピッ
[良いピッチングをみせました背番号]
ピッ

[依然として、攘夷浪士の警戒が強まっています。真選組では・・・]


「・・・・・」


『攘夷浪士』

その言葉を聞いて、俺はチャンネルを変える手を止めた。



伏し目がちに、袖口から取り出したのは・・・あの教本。

それを1枚ずつめくっていく。



そこにあるのは

紛れもない松陽先生の文字


授業中はひたすらに眠っていたので、中身は知らないことばかりだ。

だが、1つだけ覚えている言葉がある。


『己が魂の信じる道を行きなさい』


「・・・己が、魂・・・・・・」


松陽先生が口頭で言ったその言葉は、教本に書かれていない。だけど、俺の魂に深く刻まれている。

幸せな、でも、悲しい記憶を辿りながら1枚1枚めくっていった。大人になってから開くことは無くなっていたが、あの頃・・・先生が居なくなってからいったい何度読み返しただろうか。

何度涙を滲ませたかしれない。未だに残る涙の痕は、下手をすれば今でも新たに残すことができそうな程…当時の感情を鮮明に覚えている。

「・・・・・・」


そう、このページの授業は初めて外でやった時のもの。

これはみんなで話し合う授業で、寝ていた俺はヅラに叩き起こされたっけ。

これはなんだったかな・・・、さすがに全部は覚えてねぇな。寝てたし。


「このページからは・・・、」


まるでそこだけ時が止まったかように、あるページを境に白紙が続いている。

どこまでも続く白紙。もう先生の字は見当たらない。

当たり前だ。もうこの時には、・・・いなかったのだから。



そして、最後の1ページ・・・



「え、・・・・」





見間違いだろうか・・・


最後のページに記されている達筆な文字



先生の字に、そっくりだ・・・



next...





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