『さっき姉上から万事屋に連絡があって、お店のお客さんから破亜限堕取いただいたらしいので、それをお裾分けしてもらいに神楽ちゃんと行ってきます。すぐ戻ります。

新八』


「・・・、入れ違いか」









〜第一章・弐〜








自分の机の上がラーメンの汁まみれだったことは今となってはどうでもいい。そんなことよりも、本が汚れてしまったことに少なからず動揺していた。

そんな気持ちを隠しながら、俺以上に動揺している神楽を新八にまかせ、2人で押し入れ掃除をするよう指示した。

性格ゆえなのか、机上をものの数分で拭き終え、襖越しに2人へ声をかける。普段通りを心がけたとはいえ、わざとそっけなくすることは中々に難しかった。

「おーい、銀さん買い物行ってくっから」
「えっ?でも買い物は僕が」
「いーっての。俺もう暇だから。お前ら2人で押入れ掃除頼むわ」

半ば無理やりとでもいうかのように、俺は買い物をしに家を出た。それが今から1時間前のこと。

買い物を終えて帰ってみると万事屋には定春しか居らず、新八からの手紙がテーブルの上に置いてあるだけだったのだ。

「定春ー、飯だぞー」

「わんっ!」

「よし、食べろ食べろ。稼げるぐらいになるまで大きくなれ」

「くぅん」

ドッグフードを餌入れに注ぎながら、犬相手に冗談を言う。定春が食べ始めたのを確認すると、頭を一撫でした。

「あ、やべ、卵買ったんだった」

ぼーっと定春が餌に喰らいつく様を見ていた俺は、冷蔵庫に食材をしまっていない事を思い出して慌てた。

エコバックを持って足早に台所へ向かう途中、足の小指を角にぶつけてソファーに倒れ込んだ。定春が「わんっ」とだけ吠え、なんだか無性にむなしく感じた。










「・・・やべ、いちご牛乳買い忘れた・・・」

沸騰したお湯に食材を放り投げているとき、ふと思い出した。外で行われている井戸端会議が俺の耳によく聞こえてしまうほど、万事屋は静かだった。そんな静寂に身を投じたくない思いから、担当の日でもないのに料理を作っている。

気が紛れるかもしれないと始めてみたことが、こうでもしなければ自分の心が折れてしまうという事実を如実に表してしまった。

いくら手を動かしても、買い物をしに出ても、犬に冗談を言っても・・・

教本の事が頭から離れない。

「チッ、女々しいっての・・・捨てたのは俺じゃねぇか・・・」

2人がどんなに「捨てるな」と言っても、それを振り払って捨てたのは俺自身だ。にも関わらず、変に湧き上がる苛立ちを抑えきれなくて、舌打ちをした。

料理には作った人の気持ちが味に出る、と以前神楽に言ったか言われたかしたことがある。ならば今俺が作った料理はどんな味になるだろう。『料理は愛情』だが、それを加える余裕さえ無くしていた。

「わんっ」

「!・・・定春、」

不安や焦りにも似た感情を制御できずにいたとき、定春が吠えた。

愛犬は自分の餌入れを咥えて俺の傍に来ている。

「・・・どうした?」

「わんわんっ」

「もう飯は終わりだぞー」

「くぅん・・・」

床に餌入れを落とし、大きなしっぽを振る。おかわりをねだりに来た定春は、俺から許可を貰えず、あからさまに落ち込んでいた。

その様子が大喰らいの御主人様に似ていたことから、つい笑ってしまった。

耳を垂らして床に落とした餌入れを見つめる定春に、自らしゃがんで目線を合わせてやっる。

「お前神楽そっくりだな」

「?」

「飼い犬は主人に似るって言うからなぁ」

「わんっ」

「新八にはあんまり似てねぇな。あ、あいつはほぼ眼鏡だからか」

「わふっ」

頭を包み込むように撫でてやると、定春は気持ちよさそうに目を細めた。もふもふした毛並は俺の心を最上級に癒してくれた。

「俺にだけは、似たらいけねぇよ」

「?・・・くぅん」

「意味はわからなくて良い」

まるで人間みたいに首をかしげる姿に苦笑しながら、俺は餌入れを手に取り立ち上がった。定春が俺の後を追ってくるのは、ずしりずしりとした足音でわかる。

茶の間まで移動し、部屋の隅に置いてある『お特用ドッグフード』を空っぽの餌入れにもう1度餌を入れてやった。

「わんわんっ!わんっ!」

「うぉ?!わかったわかった!!こらっ定春!」

嬉しさをこれでもかと前面に打ち出し、じゃれる・・・というよりも体当たりしてくる定春を負けじと押し返した。大の大人である俺でも、この愛犬と戯れるのは全力でなければならない。

「今回だけだからな」

「わふっ」

勢いよく食べ始めた定春を茶の間に残し、俺は再び台所へと足を運んだ。








「!なんだ、新八帰ってたのか?」

台所には冷蔵庫を開けて、破亜限堕取をしまっている新八がいた。なぜか「ただいま」の声色がムスっとしているのが気になる。

「全然気づかなかったわ」

「銀さん!お鍋火にかけっぱなしでしたよ!火を使う時は離れないで下さいよ!火事になったらシャレになんないっすからね!」

「おー」

「ちょっと、本当にわかってるんですか?」

曖昧な返事で新八の小言をかわし、切ったジャガイモを水につけた。アイスをしまい終えた新八も手伝ってくれるらしく、俺の隣に立ってニンジンの皮をむきはじめた。

言葉は交わさないものの、さっきからチラチラとこちらをうかがっている視線が気になり「なんだよ」とだけ口にする。

ジャガイモを沸いたお湯に入れたら、高温のお湯がはねて熱いおもいをした。

「・・・銀さん、あの・・・」

「あ?」

「えっと・・・その、」

「・・・・・・」

「怒ってますか?神楽ちゃんが・・・大事なもの汚しちゃって」

「別に」

「・・・、神楽ちゃん気にしてました。落ち込んじゃってて・・・」

「・・・そう。・・・あいつは?」

「今は姉上のところに」

「んじゃ、帰ってくんなっつっといてくれや」

「!!銀さんっそれは「冗談だっての」」

おたまでグルグルと鍋をかき混ぜながら、ちょっとした冗談を口にした。なんだか新八の顔を久しぶりに見た気がするとのんきに思いながら、俺はニヤリと笑った。

「ちょっ・・・からかわないで下さい!!」

「そんな怒ることねぇーだろが」

「怒りますよ!!こんな時に!!」

「こんな時ってなんだよ」

「!・・・だから、神楽ちゃんが気にしてる、その・・・銀さんの大切にしてたものを・・・汚したっていう・・・」

「今に始まったことか?それ」

「え?」

目を丸くして俺を見る新八の手元から、皮を剥き終えたニンジンを奪い、一口大に切っていく。

「俺のいちご牛乳だって大事なモンには変わりねぇし、プリンもパフェもチョコも同じだ」

「・・・・・・」

「なのに勝手に食ったりするだろーが。今日だってお前、神楽のやつ俺のラーメン食ってたし」

「あ、そういえばアレ銀さんの・・・」

切ったニンジンを鍋に入れて、食感が残るように少しだけ煮ようと火力を調節しながらチラリと新八を見た。少し不安そうな表情が無意識に俺の口を開かせる。

「今更本汚されたぐらいで喚いたりしねぇよ。俺にとって食べ物勝手に食われたのと同じようなモンだから。汚されんのも食べられんのも同じだから」

「銀さん・・・」

「わかったらあの馬鹿連れ戻してこい。昼飯食ったあとでな」

スープの味を確かめて、俺は火を止めた。「今日はあの大食いがいねぇからゆっくり食える」とふざけて大げさに言えば、もうそこには不安な表情を浮かべる新八はいなかった。

「僕、初めて銀さんの大人な面を見た気がします」

「なにそれ。まるで銀さんがいつも子供みてぇな言いぐさじゃねぇか」

「あ、そうそう。押し入れの掃除終わりましたよ」

「無視かコラ。最近多いぞコノヤロー」

もし俺が今スープをよそっていなかったら、どついていたところだ。そんなことおかまいなしに、新八は茶碗によそったご飯の量を俺に確認する。多からず少なからずで、相変わらずよそい上手だ。

「ゴミ袋6個分もありましたよ。どうやったらあんな量が入るんですか」

「知らねーけど、そりゃすげぇ量だな」

「銀さんは溜め込みのプロです」

「誉めんなって」

「いや誉めてねぇよ」

気持ち悪いと言われたニタニタ笑いをやめ、俺は茶の間に食器を運んで行った。さっき定春がそうしていたように、新八も俺の後を箸やらコップやらを持ってついてくる。


茶の間に良い香りがたちこめると、2人向き合って食事を始めた。スープとご飯と昨日の夕飯の残りという組み合わせは、万事屋の昼食の定番だ。もちろん例外である神楽は除かれる。

「スープ美味しいですね」

「だって俺が作ったし」

「僕も手伝いましたよ」

「ニンジンの皮むきだけだろ。お妙にだってできるわ」

「・・・いや、姉上には無理かと・・・」

「・・・確かに」

何を作ってもダークマターにしかならないお妙の料理を思い出した途端、少し箸の動きがにぶった。思い出すだけでもおぞましいものなのだ。

「それにしても・・・なんか、安心しました」

「なにが?」

昨日の夕飯の残りであるコロッケにかけるソースを手渡してきた新八が、穏やかな口調で語りだした。

「本を見たときの銀さん、・・・ちょっと怖かったって言うか、いつもの銀さんじゃなかったので」

「・・・」

「でも、もう大丈夫ですね。良かった」

「・・・そうかい」


本心を吐露してしまうないように、俺はコロッケを丸ごと口に放り込んだ。

喉元過ぎれば熱さを忘れる

そう願って。



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