生きている上で
人間が知っている事なんて

世界の、ほんの一部にも満たない






いんだ








「銀時、用意は・・・あ、」

「すぴー・・・すぴー・・・」

「ふふっ」


綺麗な夕焼けが目に映る世界を色鮮やかに彩る。

松下村塾に通う塾生を見送り、少し落ち着いてから銀時と約束していた買い物に出掛けようとしていた松陽。しかし今日の稽古で疲れてしまったのか、銀時は眠ってしまい起きる気配がない。

最近は安心しているのか、人前でも眠れるようになっていた。銀時が鼻で呼吸するたびに聞こえる『ぴー』という音に思わず笑ってしまう。

ふわふわの綿毛を優しく撫で、起こさないよう気を付けながら1人、買い物へ出掛けた。










「・・・あ!松陽せんせーい!!」

「!・・・晋助?」


選んだ野菜や米を店の人から受け取り、あとは家で待つ銀時のために夕餉は何を作ろうか考えながら帰るだけ。松下村塾に続く道を歩いていると、背後から自分の名を呼ぶ声が聞こえた。

振り返り、少し視線を下げた先に居たのは、息を切らした塾生・高杉晋助だった。


「はぁ・・・疲れたぁ・・・。せんせいが見えたから走ってきた!」

「嬉しいですね、そんなことしてくれるなんて」

「本当!?」

「えぇ」

「じゃあおれ、せんせい見つけたらいつも走る!」

「ふふ。転ばないよう気を付けて下さいね」


普段たくさんの塾生に囲まれている松陽。そんな師を1人で独占出来たのが余程嬉しいのか、背の高い松陽を笑顔で見上げる晋助。

2人は夕焼けを背中に背負い、歩き出した。


「せんせい、今日の稽古中のおれどうだった?」

「日に日に上達してると思いますよ。銀時も小太郎も、・・・皆が大人になったときが楽しみですね」

「!・・・銀時・・・?」


晋助の顔がみるみる不機嫌になっていく。原因は師の口からでた『銀時』という名。

松陽に連れてこられ、ふらりとやってきた銀髪の…どこか大人びた雰囲気を持つ少年。


「せんせいは、・・・銀時のことどう思ってるの?」

「大切な塾生、ですね」

「・・・おれ、・・・あいつ嫌い」



(だってせんせい・・・取られるから・・・)



思ったことを師に言えず、嫌いとでしか言い表せない晋助。しかし、嫌いと言えども、銀時と小太郎と3人で居るときはそれなりに楽しかったのも事実。

でも口から出るのは、銀時の悪口ばかりだった。

それは、松陽を取られてしまうという焦りと不安から生まれたもの。


「あいつ、突然やってきてよくわかんないし」

「せんせいの話、いっつも寝てて聞いてないし」

「自分だって白髪のくせに・・・チ、チビとか言ってくるし・・・」

「稽古のときいつもせんせい、・・・あいつにばっかり・・・教えるし」

「あいつは、銀時は・・・・・・」


徐々に足が止まっていく。視線が下がり、晋助の目の前に見えていたのは、家路ではなく夕焼けを背にして映る自分の影。


「・・・っ」

「晋助」


自分の影の頭上に、大きな手が乗せられるのが見えた。それと同時に本物の頭上に感じる温かさ。


「思ってもいない事を言うのは、辛いでしょう」

「!そんなことっ」

「本当に銀時を嫌っているのなら、そんな顔しませんよ」

「・・・・・・」


松陽が言った、晋助のそんな顔。眉間にシワを作りながらも、悲しそうな目をした顔だった。


「もし、私の所為で晋助を悲しませてしまったのなら謝ります」

「違うよ!せんせいは悪くない!」

「晋助・・・」


松陽は困ったような笑みを浮かべた。本当は晋助が何を言いたいのか松陽にはわかっている。

だが、心の中にある言い知れぬ気持ちを必死に訴えようとする晋助に、彼自身の中で何かを見つけ、自分に伝えてくるのを待っていた。


「・・・せんせい」

「はい?」


松陽の着物の裾を小さな手で、でもしっかり掴んできた晋助。それに応えるべく、同じ目線になろうと、しゃがみ込む。


「おれ・・・あいつムカつくし、新入りのくせに生意気だし、この前おれの金平糖たべてたし」

「はい、」

「他にもあるよ。ちょっと刀さわったら怒るし、夏の虫とりの時もおれが見つけた虫横取りしたし、工作のときも、水泳の時だって・・・・・・」

「・・・・・・」

「でも・・・でもね、せんせい」

「ん?」

「・・・・・・あいつ、色んなこと知ってるんだ」


川の魚、手づかみで取るし、金平糖は1度に3粒食べるともっと美味しいとか。外で火をおこす方法も知ってるし、やけに刀の振り速いし、たまにヅラより難しいこと言ったりもする。

他にも知ってるみたいだけど全然おしえてくれねぇ。

でも、おれの知らないことたくさん知ってる。


「・・・・・・」

「だからね、・・・嫌いだけど・・・悪いやつじゃ・・・ない、かな・・・」


金平糖はさて置き、川魚を手掴みで捕ることも、火をおこす事も刀を振る速さも、子供らしからぬ発言も、まして教えてくれないらしき事は、ただ生きるために銀時がしてきた事なのだろう。

普通の子供なら食に困ることなく死の境を生きることなく、普通に生きていけると言うのに。


知らなくても良いことを彼は知っている。しかし、それを知識が有ると目を輝かせ、すごいんだと話をしてくれた晋助。


銀時に伝えたら、彼がどれほど救われる事だろう。


「ちゃんと・・・わかる子にはわかるんですね」

「?」

「それ、銀時に言ってあげたら喜ぶと思いますよ」

「?!いッ嫌だ!!」

絶対に言ったらだめ!!!


松陽から思いがけないことを言われ、焦る晋助。頑なに断り続け、松陽にも何度も釘を刺した。


「でも!あいつ俺たちが出来ることは出来ないんだよ!文字の読み書きとか、おつかいとか」

「じゃあ晋助、銀時からたくさん教わったように晋助も教えてあげて下さい」

「えっ・・・おれが?」

「そうです。もっと銀時と仲良くなる良い機会ですよ」

「べッ別に仲良くなりたくなんかない!!」


松陽の提案に反抗するかように、師の数歩先を歩いた。


「晋助」


その小さな背中を引き止めようと名前を呼ぶ。


「銀時に代わってお礼を言いますね。ありがとう」

「・・・・・・」


振り返った晋助には、なんで松陽がお礼を言ったのかわからないという表情を浮かべる。


「さ、帰ろう」

「・・・はい!」


でも、自分の元へ歩み寄り、風呂敷を持たない手を差し伸べられた瞬間、そんな疑問など吹き飛んでしまい、その手を握った。


「明日、また稽古しましょうか」

「おれにも稽古つけてくれる?」

「もちろんですよ」


辺りから秋の虫が鳴き始める。

その音を聞きながら、家路を歩く幸せそうな師と弟子が居た・・・。



end...






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