「この店で1番高い酒で−す」

「ククッ、んなもん頼んだ覚えはねェなァ」






止めないか 3






部屋に入ってきたのは足癖の悪い銀髪の男。奴に笑みを浮かべる高杉だが、相変わらず愛刀に手を掛けたまま。


「ここは美味ぇ酒と食いモン食う場だ。刀振り回すような無粋なマネは遠慮してもらおーか」

「テメェ次第だろ」

「・・・・・・」


蹴り飛ばした襖を踏みつけて室内に入る銀時。なんとも行儀が悪いが、今はそんな事気にしてなどいられない。

銀時が1歩ずつ近づくにつれて、より一層警戒心を強めるかと思ったが、高杉は刀から手を離し煙管を取り出す。


「・・・」


銀時も警戒心を弱め御盆に乗せたままの酒を畳の上に置き、腰を下ろした。


「なんでてめぇがここに居る」

「・・・フー・・・・・・」


銀時の問い掛けに、煙管の煙りを口から吐き出し、怪しく笑った。


「美味ェ酒、月、芸子・・・他に理由はあるめェ」

片方の口角を上げて嘲笑う隻眼の男。暗闇の中、灯籠の明かりに照らされより人相が悪く見える。


「随分と暇なんだな。鬼兵隊お頭のくせに」

「風流心の欠片も無ェ奴に、でかい花火見せるのは無意味だからなァ」

「・・・・・」

「それとも・・・」


高杉が銀時を鋭く睨み付ける。


「てめぇが見せてくれるとでも?この場所で、ドでかい花火をよォ・・・」

「・・・・・・」


過激な発言とは対照的に、楽しげに笑みを浮かべる高杉。しかし、銀時も引き下がろうとはしなかった。


「・・・言ったはずだ。ここは美味ェ酒と食いモン食う場。無粋なマネはしねェ」

「ククッ・・・だから丸腰ってわけか?俺も大層甘く見られたもんだなァ」

「場所が違えばてめぇなんざ一太刀で仕舞ぇだ」

「ほォ・・・・・」


先程までの高杉の表情とは打って変わって狂気に満ちた笑みを浮かべる。持っていた煙管を置いて、銀時が持ってきた御盆の上の酒に手を伸ばした。

部屋に酒が注がれる音が響く。


「高杉」

「・・・・・・」


この部屋に入ってから、初めて男の名を呼ぶ。

それは子供の頃、名を呼んでいたような無邪気さは無く、何かを訴えるような感情が秘められていた。


「・・・いつまで続けるつもりだ」

「・・・・・・」

「過激派攘夷浪士と恐れられてるお前も、ただの人間だろ」

「・・・続けろ」


詳しく話せとでも言うように、高杉が無表情で促した。


「そろそろ獣なんざ飼ってねぇで、動物園に返してこい」

「・・・・・ッ・・・ククッ・・・ハッ」


今言える精一杯のことを言ったつもりだった。攘夷活動を辞めろなんて、それこそ銀時自身には何のかかわりもない事だから言える立場ではない。

だが、やはり以前は共に刀を持った同士。これが精一杯だった。

しかし、銀時の思いとは裏腹に高杉は不敵な笑みを零す。


「なにがおかしい」

「フッ・・・・・てめぇは昔から、相も変わらず馬鹿だな」

「・・・・・」

「いつまで続けるつもりかだァ?・・・言ったはずだ。獣の呻きが止むまでと」

「だからそいつを「銀時ィ・・・」ッ」

「俺はお前のそういう所が腹立たしくてならねェ」


自分の意見を聞き入れようとしない高杉に、銀時の表情が曇り始める。低く、吐きだされた言葉は、紅桜の一件の時に桂から聞いた高杉の気持ちと同じものだった。

高杉は酒の入ったお猪口を畳の上に置いて、隣に置いておいた三味線を持つ。


「俺は1日、1分、1秒たりとも忘れたことはねェ。てめェや宇宙に飛んでるバカと違ってな」

「いつだってお前は何も関わらねェ振りして、いざという時に口出ししてきやがる」

「いったい何様のつもりだ・・・銀時ィ」


捲し立てられて、返す言葉の隙さえ与えてくれない。

持っていた三味線を大事そうに見つめ、撫でながら話していた高杉。だが徐々に力が入り、糸が連なっている棹の部分が強く握りしめられる。


「なにもかも中途半端なお前にッ・・・何がわかる」


ミシリッと鈍い音を立てて、三味線が軋んだ。下を向いている所為で、銀時からは高杉の表情が見えない。

先ほどから酒を飲んでいる高杉は別室で飲んでいた時の分も含まれ、酔いが回ってきたようだった。いつもより感情的なのは酒の所為かもしれない。


「謝る気は無ぇ。俺達の戦争は終わったんだ」


銀時の発言に、ピクリと肩を震わせる。


「それに・・・俺は、この国が居心地悪いとは思えない」

「ッ」






シュッ






一瞬で刀を抜き、銀時に斬りかかった。頬にかすり傷を負い、銀髪が空中を舞う。

御盆を盾代わりに使った所為で、酒の瓶が転がり部屋中に匂いが充満した。


「ちょ・・・おいおい、危ねぇじゃねぇの高杉くん」




ヒュッ




「うぉ?!・・・ッ・・・」



高杉の刀が銀時の持つ御盆を跳ねのけ、喉元に向けられた。

刃先が喉に浅く食い込み、一筋の血が流れる。


「二度と戯言叩けねぇようにしてやる」

「高杉ッ・・・てめぇこそ、いつまでも幻影ばっか追ってんじゃねぇよッ」

「・・・」

「くだらねぇモン全部捨てて、自分の目で何が大事か見極めろよ!!」

「・・・。言いたい事はそれだけか」


そう問いかけても、それ以上何も言わない銀時に戦意を喪失したのか、喉元から刀を離し鞘に収めた。


「ぁー・・・地味に痛ぇ」

「俺に物言うなんざ、随分と偉くなったもんだなァ銀時ィ」

「お前はその上から目線治らねぇのな」


先程まで命のやりとりをしていたにもかかわらず、どこか和んだ雰囲気さえ出ている両者。


「・・・興ざめだ、帰る」

「は?おいまだ「酒零しやがって。代金はお前払えよ」あァ?!?」


部屋の隅に置いておいた三味線を持ち、蹴飛ばされた襖も銀時と同様に踏みつけていく高杉。


「待てって!おい高杉!」

「『くだらねぇモン全部捨てて、自分の目で何が大事か見極めろ』」

「な・・・なんだよ、」


畳の上に横たわる襖に乗り、振り返らずに言った。


「その結果が、今(これ)だ」

「!」


暗い闇にも映える派手な着物を纏った男は、それだけ告げると部屋を後にした。

銀時は追いかける事も無く、残ったのは瓶から零れた酒と割れた御盆、外れた襖だけだった・・・



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