もう止めないか 2
「・・・」
暗闇を照らすのは月明かりのみ。三味線の音色があちこちから聞こえ、芸子が舞っているのだろうと容易に予想できた。
先ほど見た着物の裾。見間違いではない。ただ、本当に奴だと言える確証もない。着物の男が入って行ったのは、奥の角部屋。
銀時はその隣の部屋に入り、息を潜めていた。
「・・・・・・」
(ご・・・は・・・・・・)
「(クソッ、あんまり聞こえねぇな)」
隣の部屋の様子が知りたい。なんとしても、奴かどうか確かめたかった。しかし、静寂なはずの部屋は外の三味線・客の笑い声・店の人がもてなす声によって騒がしい。
もっとも、1番騒がしいのは自分自身の鼓動かもしれない。
しばらく緊張しながら待っているとスーッと襖が開く音が聞こえた。
「では、すぐにお持ちいたします」
「あァ」
「!!」
襖が閉ざされ、女が廊下を歩く音が遠ざかる。一瞬だけ聞こえた、聞き覚えのある男の声。
奴に間違いなかった。
「・・・高杉」
◆
「・・・・・フゥ・・・」
高杉の口元に煙管が運ばれる。吐きだされた煙はゆらゆらと漂い、彼自身を取り巻いた。
船の上でジッとしているような男ではない。内密に、重要な取引をするため久々に江戸に来ていた。
適当に話を進ませ、支払いが相手持ちなのを良い事に酒を飲みまくる。そのうち取引先の奴らが酔いつぶれたので、後の事を部下に任せ1人別室に移動した。
元々、1人になれるようにと予約していた奥の角部屋。中に入ると、まばゆい程の照明の明かりが高杉の目を細めさせた。
女将が正座をして出迎え、御注文は?と問いかけると、素っ気なく『酒』と一言返す。すぐに持ってくると言い再び正座をし直して、深々と頭を下げると部屋を出て行った。
そしてやっと1人になった高杉は、煙管に手を伸ばしたのだ。
「・・・チッ」
天人が日本に来て急速に発展した技術。今までにないものを得たこの国は、失ったものも多いのだろう。
高杉が入る前に女将が居たこの部屋は、人工的な明かりで溢れていた。こんな部屋では月の光を見ることも、美しい三味線の音色も満喫出来ない。それが彼の機嫌を損ねたらしい
大きく舌打ちをし、ゆっくりと腰をあげて部屋の電気を消した。
しゃがみこみ、部屋の隅に追いやられていた灯籠を移動させ数個に火を付けると、部屋が『ボゥ』っと温かな色の光に包まれる。
「・・・・・・」
腰窓から見える光り輝く月を視界に捕らえ、壁を背にして座り込む。この部屋に移動したときに持ってきていた三味線に手を伸ばし、そっと抱えた。
慣れた手つきで弦を撥(ばち)ではじくと、三味線独特の音が部屋に響く。
♪〜・・・〜・・・・・・・♪〜・・・・・
〜・・・♪・・・・・
♪・・・・・・〜・・ビンッ
「・・・・・」
美しく鳴り響いていた繊細な音色は、それに似合わない音を出して鳴り止んだ。三味線をゆっくり自分の横に置き、愛刀に手を掛ける。
高杉の鋭い視線は、部屋の襖を捕らえていた。
「・・・・・」
「・・・すみませぇん。両手がふさがってるんで、襖開けてもらえますー?」
「!・・・・・・」
部屋の外から聞こえた声に、高杉の目が大きく見開く。
「・・・・・あれ、開けてもらえない感じですか?・・・んじゃ、強行突破させてもらいまーす」
ドンッッ バタンッッ
2人を隔てていた襖が突き破られた。
「お待たせしましたぁ。ご注文の酒でーす」
「・・・・・・ククッ・・・」
next...