もう止めないか
「え?依頼主さん・・・来れなくなったんですか?」
「誠に申し訳ありません。遠路遙々お越し頂きながら・・・実は体調を崩しまして」
天人が江戸にやってきてから、急激に発展を遂げた歌舞伎町。そこは、異国文化が入り混じる不思議な空間となっている。今となっては、それが当たり前だと言うのだから慣れとは恐ろしいものだ。
そんな歌舞伎町でも、数少ないながら創業何十年と続いている店が残っている。
とある有名なお金持ちから依頼を頼まれた万事屋一行は、その依頼内容を聞くべく指定された歴史溢れる高級小料理屋にやって来ていた。ところが、依頼主は待ち合わせ時間を過ぎてもやってこない。
どうしたものかと思っていた矢先に、執事らしき男が事情を説明しにやって来たのだった。
「あ、いや俺達は大丈夫ですけど・・・。体調崩されたのなら、依頼はまた今度って事で」
「皆さんに多大なご迷惑をお掛けしまして・・・お詫びに皆さんの夕食を用意致しますので、よろしければお召し上がり下さい」
執事は深々とお辞儀をして立ち上がり、部屋を出て襖を閉じる時にもう一度頭を下げた。彼が居なくなると、肩の力が一気に抜け落ちる感覚が襲った。
「ッつー、めっちゃ力入ったわ。無駄に疲れちまった」
「なんかあんなに丁寧な対応されると、慣れてないから困っちゃいますよね;」
「でもおかげで夕食は超高級アル!」
「確かに、仕事もしてねぇのに至れり尽くせりだな」
久しぶりに高い料理が食べられると言うことで、ハシャぐ神楽と銀時。夕食が来るまで暇な全員は、部屋に置かれている物に目がいく。
よくよく周りを観察してみると壺や掛け軸、襖に描かれた絵などがかなり高そうだ。
「かなり善いモンだろーな」
「いくらするアル?」
「んー・・・100万ぐらいすんじゃねぇの?」
「新八!!そっち持つヨロシ!!」
「おいィィィ!!何持ちだそうとしてんのお前ェェ!?」
「神楽ちゃん?!置いて置いて!!壺置いて!!」
高級小料理屋で大騒ぎしている一室に、料理を運んできた店の者が驚くのは、そのすぐ後の事だった。
◆
「これ美味しいヨ!!」
「お前肉ばっか食うな!野菜食わねぇとガキのままだぞ」
「そう言う銀さんのお皿の上に乗ってるのは何ですか」
「銀ちゃんが大人になれない原因アル」
「あ゛ッ!?」
銀時の前には料理よりデザートの方が多く乗っているお皿がある。自分で好きな物を皿に乗せたので、それぞれの性格が出ているようだった。
「良いんだよ。俺の体は糖分で出来てんだから」
「それただの糖尿ネ」
「神楽ちゃん、野菜食べようね」
「うん。糖尿にはなりたくないヨ」
「てめぇらなァ・・・」
ふざけ合いながら、新八と神楽の顔には笑顔が浮かんでいる。彼らの喜ぶ顔と美味しい物を食せた幸せが加わり、心がくすぐったく、満たされるような気持ちになった。
「・・・新八ぃ、神楽ぁ。ちゃんと元取れよー」
「もちろんです!」
「任せるアル!」
そんな気持ちを隠すように、2人に声をかけて席を立った。
◆
「なんだこの無駄な広さ・・・」
トイレに行ってから部屋に戻ろうとするが、小料理屋の広さの所為で自分がどこに居るのか、部屋がどこなのかもわからなくなっていた。
「・・・やべ、どーしよ」
この歳になって、店の人に部屋の場所は聞けない。何度かすれ違いはしたが、平然を装いただ通り過ぎていく。
「はぁ」
大きなため息を吐いて、闇雲に歩いた。その内、廊下の突き当たりに出くわし、とりあえずその先にも行ってみようと決意する。
突き当たりを曲がろうとすると、右から誰かが出てくる気配がしたので、反射的に隠れてしまった。
「・・・何で俺が隠れなきゃならねんだ。ったく・・・」
自分の行動に苛つきながら、廊下を右に曲がった。その時だった。
「?・・・ッ?!?」
銀時の目に派手な蝶の着物の裾が奥の部屋に入る瞬間が映った・・・。
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