今日は恋する女の子の強ーい味方、バレンタインデー。
 愛の告白…はまぁアレとして。普段の感謝の気持ちとか、ね、たまには素直に言ってみよう!とか思っていたのだわ。この私が。一応、本当に一応だけどチョコ、とか作ったりなんかして。

 ところがどう言うことか。予蔦は3日前に出掛けてくるとか言って出ていったきり帰ってこない。あの草ヘビやろう、生意気だわ。


 「………はぁ」
 他のメンバーにチョコを渡し、残りの1つ。行き場のない、ほんの少しだけ特別な例の物を手に二階の自室にこもって早半日。もう窓の外は真っ赤で…その赤はとても綺麗なのだけれど少し切なくて、そして少し悲しいような。
 
 あのバカはどこに行ってしまったのだろうか。そう言えば行き先を聞いていなかった。

 だってすぐに帰ってくると思ったから。あの人一倍チョコを欲しがりそうな、いや、100%チョコを欲しがるであろう大バカがバレンタインだなんて言う一大イベントを忘れるわけないと思っていたから。それに…

 絶対、今日は一緒にいると思い込んでいたから


 「……………予蔦の大バカやろう」
 ちがう、大バカは自分の方だ。
 ぽつりと溢したその言葉は響くことなく消えていく。
 いつもならうるさいくらいにアイツから返ってくるのに。



 「……寒い」
 いつの間にか寝ていたらしく、ぶるり、と身震いで目が覚めた。そう言えば窓が開いてたんだっけ。
 今は何時かしら。外も部屋ももう暗い。いくら暖かいこの町でもこの時期のこの時間になると流石に冷える。

 「寒い…」
 もう一度呟くと、暖を求めて皆のいるリビングに向かおうと立ち上がった。
 窓…そのまんまで良いや。
 後生大事に手にしていたチョコに目を落とし軽く頭(かぶり)を振ると、それをベッドの上に放り投げた。
 日付が変わってしまったら捨ててしまおう。バレンタインでない日にチョコをあげるとか、少しだけ素直になってみる‥とか、私にはちょっと無理だもの。

 暗いとは言っても外灯のお陰で何も見えない訳ではない。その上ここは自分の部屋。難なくドアノブを見つけ手をかけた。


 『―…』

 「予、蔦?」
 声が聞こえた、気がした。
 けれど室内に姿は見あたらない。まぁこれで部屋の中にいたらゴーストよね。

 予蔦の幻聴なんて自分も末期だわ…。そんな事を思いながら再びノブに手をかける。と

 「莉子ー」

 今度は確かに聴こえた。

 予蔦が帰って、きた?

 声がした方を振り返るとあの開いたままの窓からニョっと手が生えその枠をしかと掴んだ。
 「っ!?」
 何?壁をよじ登ってきた?いやまさか。え、何故?何のために?どうして?
 頭の中には大量のハテナマーク。って言うかやめてよ某ホラー映画みたいじゃないの。

 「ふんーをよっとぉ!」
 奇妙な掛け声と共に窓に人影が表れた。
 予蔦だ。逆光で顔は見えない。けれど間違いなく予蔦だ。
 本当に、帰って、きた。

 すぐにでも駆け寄りたい衝動を抑え出来るだけ冷たい声を出す。
 「っ…どちらさまですか?」
 こんなに私を待たせたのは
 「わっ、わいやわい!」
 あからさまに慌てふためく影。簡単に許してなんかやらないんだから。事によってはあんたのチョコを即刻窓から投げ捨ててやるわ。
 「わいわい詐欺なら結構です。不審者はお帰り下さい」
 「ふし!?ちょお莉子!わいやわい!予蔦やって!」
 慌てて窓から下りてこちらに駆け寄ろうとする。が

 「バカツダ!」

 「!」
 その声にビクリと人影は動きを止めた。
 「どっかに行って3日も帰って来ないし!連絡すら寄越さないし!今日はバレンタイン…だしっ!予蔦、いないし!人がっ…どんな想いで…たと…っ!」
 「な、莉子!?」
 「うっさいバカ!私は…せっかくっ…って…待…っ」
 不覚にも涙が溢れ落ちる。何これ私らしくもない。
 私、なんでこんなことで泣いてるんだろう。本当、なんでこんなことで。
 「ふ…待って、た…ん、だか、らああぁぁあ」
 堰を切ったように泣き出した。
 失態だわ、なんて失態。とんでもない大失態よ。人前で大泣きするだなんて。よりによってそれが予蔦だっただなんて。
 「莉子…」
 「…っ…来るなバカあああああ」
 窓から侵入してきた不審者は、わあわあと泣く家主の命令を無視して近づいてきた。
 不審者の表情は分からない。明かりはついてない上、こちらの視界は滲んでいる。

 その上抱き締められたから。

 「ぅっ…」
 「すまんなぁ……ほんますまんかったなぁ莉子」
 ぎゅうと力が込められる。冷えた身体に熱が伝わる。
 「…っ…どこ、行って…たのよ…っ」
 「や、ほんまは昨日のうちに帰ってるつもりやったんやけど…な?」
 「どこ…っ!」
 答えになっていない答え。何か後ろめたいことがあるのか、と自然に口調が強くなってしまう。
 が、返ってきた答えは予想外すぎるところで。



 「………シンオウ」

 「…ふ!?」
 涙がぴたりと止まった。
 「な、なんで!?」
 「や、やぁなぁ…メロンパンが…」
 「メロンパン!!?」
 あまりの答えに声が裏返る。


 人が未だ慣れない台所作業のイメトレをしていたときにメロンパン。

 みんな少しだけ心配してたのにメロンパン。

 人が一生懸命リアルに台所作業で悪戦苦闘していたときにメロンパン。

 人が、こんなに苦しい思いで待っていた時に…メロンパン。

 しかも…
 お取り寄せ可能なんじゃなかったかしらそのメロンパン!



 「〜っっ予蔦なんか勝手にメロンパンと結婚して勝手にメロンパンとハネムーン行って勝手にメロンパンときゃっきゃうふふして子宝に恵まれながら一生楽しく暮らせば良ぃっ―」
 「どぅおおおおちょっ、たんまたんまたんまたんま!わっ、わいの話を聞いたって!?」
 勢いに任せてどべっと突き放した身体はまたも引き寄せられる。
 「離せバカっ!」
 悔しいかなその腕から逃れられない。もちろん今は純粋に力的な意味で。
 「あ、あんなあんな!メロンパンがあったんや!」
 「そりゃああるでしょうよメロンパン屋さんには!良いから離してよ!」
 何を当たり前の事を言ってるのかしらバカじゃないのコイツ。
 ぐぎぎ、と腕いっぱいの力を込め離れようとするけどやっぱり敵わない。
 「だあああちゃうくて!えとな、アレやアレ!お取り寄せ出来んメロンパンやったんや!」
 「は!?だからって何でこのタイミングで行くのかしら!?世間さまはバレンタインじゃない!」
 私だって一応他所の女の子みたいにチョコだって作って少し、ほんの少し楽しみにしてたんだから。とかは、口が裂けても言えないけど楽しみにしてたんだバカやろう!
 「そっ、それやそれ!バレンタイン限定のスペシャルなチョコメロンパンでな!お取り寄せ出来ん上にお一人様1個だけなん!んでな、それを好きなヤツと食うと一生ハッピーで一緒におれんのやて!」
 「そんなのっ………へ?」
 今、なんて言った?
 「それをな!その、莉子と食えたらええなー思て!1日並んで買ったんはええけど帰りの電車がえろう吹雪で止まってしもて…な?動くのいつぅなるか分からんゆーから…」
 「…」
 突っ張っていた力がぬける。と、同時に離すまいとしていた予蔦の腕の力も優しいものになる。が、それも一瞬だった。
 「せやから途中まで歩いて―」
 「歩いて!?バカじゃないの!?もしも遭難とかしたら死んじゃうじゃない!」
 聞き捨てならない言葉に思わず胸ぐらをつかむ。
 「や、やってバレンタインやないと意味ないやんか!」
 「死んじゃったらおしまいじゃない!」
 「せやけど!せやけど…一緒に食うんなら、バレンタインがええやん…?」
 急にしょぼんと萎れる予蔦。そう言う理由で、しかもそんな怒られた子犬みたいに上目遣いされたら許すしかないじゃない。

 「〜っ!バカっ!大バカ!世界バカ!」
 「せやからすまんかったって…」

 「…うぅっ…帰ってきて良かったよおおおおおお」
 そして再び泣き出した私を予蔦はいつまでも、いつまでも優しく抱き締めていた。





 しょうがないから後でチョコをあげるわ



バレンタインラバーズ



 (ほな!メロンパン食おか莉子)
 (…ハート型だわ)
 (んはー!うまそやなー!)
 (……半分つって…ハート真っ二つじゃないかしら?)
 (どおっ!?ぐ…ぉお!なら分けずに一緒に端から食えばええんちゃう?どや!ナイスアイデアやろ!)
 (でっ、出来るかあほぅ!!)




2011.2.6


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