明日は年に一度の女の子の決戦日。その名もバレンタイン。

 今年はちょっと頑張って手作りしてみようとしたのは良いものの、皆がいる前じゃ恥ずかしいし何か嫌だし、ろくに練習も出来ずにバレンタイン前夜だったりする。今も夜中。皆が寝たのをきちんと確認したのちこっそりとキッチンに立っているんだけど…

 「んー…これじゃ普通のチョコだわ」

 今目の前にあるのは湯煎にかけた普通のチョコ。料理が苦手な私にはこれはこれで、うん、まぁ無難かもしれないのだけど。でもやっぱり相手が好きなものとか入れてみたい。

 と、言うわけで
 「えっと…あ。ブランデー!」
 を入れてみた。定正ってお酒好きなのよね。すっごく強いし。
 「…んー?」
 味をみてみたけどお酒の味が良く分からない。だから一瓶入れてみた。まぁちっちゃい瓶だから一瓶って言ってもたかが知れてるけど。


 喜んでくれる…かなぁ

 「…じょうさん?何やってるんです?」

 「ぅひっ!?」
 一人きりだと思っていた空間に突如背後から他の人物の声が響いて奇声をあげる。何で!?寝たと思ったのに!
 「さ、定正?べ、別に何でも」
 平静を装え自分。
 「あー、明日バレンタイン、でしたっけ?」
 速攻バレた。まぁ当たり前か。
 くそぅ、乙女の気持ちを汲み取ってスルーしてくれたって良いじゃないか定正のバカ。
 「で、誰に作ってるんです?」
 「さ、定正にじゃないわ!」
 つい反射的に答えてしまった。…だって当日に驚かせたかったんだもん。
 「ふーん、そうですか…」
 目を合わせられず俯いてしまった自分からは、定正がどんな顔をしてるのか…声からでは分からなかった。
 「あ、じゃあ味見させて下さいよ」
 「へ?」
 あじみ?

 いやしかし私も味をみてないのに…あ、でももしかしてこれは本人好みの味に調整する大チャンスなのでは?そう思うとこれはかなりラッキーなんじゃ…!
 「うん!味見してっ!」
 そう勢いよく答えると定正は味見が出来るのが嬉しかったのか、にこりと笑った。


 「何か…結構液体っぽいですね」
 「う、うん」
 定正がスプーンで掬うとチョコは結構液体、かなりさらさらしていた。おおうチョコフォンデュのチョコより液体だぞ。うーん、ブランデー入れすぎたかな。って言うかこれ、ちゃんと後で固まるのかしら。…かなり不安になってきたわ。 「じゃあ失礼して…」
 「…」
 定正がチョコを口に運ぶ。本番じゃないのに緊張が凄まじいです先輩。心臓ばくばく弾けとんじゃいそうで…
 「……定正?」
 「…」
 ちょ、黙らないでよ。何か一言でも感想を。『不味い』でも、『お酒入れすぎ』でも、何でも良いから何か一言…!
 「…どう、なの?」
 「……あの、もう一口良いですか?」
 「い、良いけど」
 味がよく分からなかったんだろうか。今度は多めに液体チョコを口に運んだ。
 「ど、どうなの!?」
 2度目は待てずに尋ねた。すると定正は微笑み、何故か私の肩を掴み

 「ぅえっ?」

 キスをした。

 「んっ…!」

 チョコが流し込まれてくる。甘くて、甘くて、でも少し苦くて、でもやっぱり甘いチョコレート。
 「…んん…っ」
 チョコは多分全部もう流れてきた、はず。けど定正は離してくれない。苦しくなってきて離して貰おうとするも、アルコールと酸欠と、で、頭がふわふわクラクラして力が入らない。

 「ふあ…っ」
 やっと解放されて息を整えようとするけど上手く整えられなくて。顔は『お酒のせい』で火照って熱いし、たくさんブランデーを入れた筈のチョコは何故かとても甘かったし…ダメだ頭が働かない。
 もちろんふわふわな頭も真っ赤な顔も破裂しそうな心臓も、とにかく全部全部、『お酒のせい』、なんだから。
 「じょうさん」
 「…何、よ?」

 「俺さんはこの味、大好きですよ」
 へなりと座り込む私に、にっこりと小憎たらしい笑みでそう言うと「じゃあ、おやすみなさい」と部屋を出ていった。




決戦前夜


 (あ、明日も楽しみにしてますね)
 (!?だ、誰も定正にあげるなんて言ってないわ!)
 (お酒好きなの俺さんくらいでしょう?)
 (!!……しっ、知らない!)

2011.2.6


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