しとしとと雨が地を濡らす静かな夕方。薄暗くも青から白へのグラデーションがかかった紫陽花は露に濡れてか仄かに光を纏っている。室内の照明は天井のライトと淡い灯りを灯すスタンドライトがあるが、今はどちらも使われておらず屋外の方がやや明るく感じられる。
「……莉子様」
返事が無いことを前提に藤灯は掠れた声で主に呼びかけソファーの前に跪いた。
目の前ですうすうと横になり眠る莉子は疲れているのか、顔に掛かっている髪をのけてもぴくりともしない。そんな主の髪を藤灯は愛おしむように優しく撫でる。
普段は予蔦ら他の手持ちがこの家を賑やかにしているが今日は莉子の従兄弟のトレーナーに半ば無理矢理連れられライモンシティのバトルサブウェイに腕試しに行っている。今この家に居るのは地下で寝ている卍唐とぷかぷかと家の中を漂っているぼんぼり、そして自分と家主であり目の前で寝ている莉子だけだ。
「莉子、様…」
髪から頬へゆっくりと輪郭を自身の記憶に刻み込むかのように指を這わせる。緩やかにカーブを描く頬は暖かみはあるも照明がないせいか少し青白い。顎まで下がると親指は形の良い唇をなぞった。そこを分け入り口内を愛でると指先は僅かに濡れた。そうするも身動ぎ一つせず人形のようにただただ眠りにおちている莉子は些か異様だった。
「…ふ」
自身の指が主の首にまで到達すると自分でも気付かずに笑みがこぼれた。少し力を込めるとその白い首は微かに陰影をつくる。
『藤灯』と言う自分の他にもう一人の違う自分が動いているようで、『藤灯』と言う自分では今のジブンが一体何をしたいのか良く理解出来ないでいた。
ただ触りたい?
ただ慈しみたい?
ただ自分のモノにしたい?
ただ
たダ
我 ダケ ノ モノ ニ ― …
「p、pz」
「!」
眼前、ソファーの背もたれの向こう側からぼんぼりがこちらを凝視していた。凝視、と言っても愛嬌溢れるその瞳は両側面についているので正面からだと此方を凝視しているのか分からない―…筈なのだが、恐らくぼんぼりは藤灯を凝視していた。
「………ぼんぼり…さん?」
「zーprrrr」
何を言っているかは分からないが恐らくは自分の主の事を心配しているのだろう。藤灯は莉子から手を離しぼんぼりに微笑みかける。
「…大丈夫、ですよ。何も、しません」
そう乾いた声で告げるとぼんぼりは「prr」と一鳴きし、また部屋の上部を漂い始めた。
ちらと窓の外に視線を移すと変わらずに淡く光る紫陽花が静かにたたずんでいた。藤灯は静かに立ち上がり窓を開けそれに手をのばした。
嗚呼―…
紫陽花
(花言葉は…辛抱強い愛情、移り気、そして…)
(無情)
2011.6.22