※ボロボロ予蔦注意
それはとてもおそろしい光景だった。
満開に咲き誇る齢数百年であろう桜の大樹。薄桃色の花びらが一陣の風により惜し気もなく舞い散ってゆく。その光景はこの世のものとは思えない程にただただ美しい。
「まさに花吹雪、やなぁ…」
聞き取れるか否かの掠れた声で呟き、花びらに手を伸ばす予蔦。しかしその手は満足に伸ばすことも出来ない。
莉子の膝の上に頭を乗せるそのパートナーは血に塗れ憔悴しきっていた。全身に切傷や火傷、内出血をつくり、その体を直視することはとてもではないが彼女には出来ない。
どうしてこんな事になってしまったのだろうか。
ただそれだけが少女の頭の中をぐるぐると廻っていた。
「莉子…そないひっどい顔、すんなて…」
ひっどい顔、するに決まっているではないか。目の前の大切な人の命が消えかかろうとしているのだ。
するに決まっている。
「わろぅて…?」
どうして死にそうな予蔦が微笑む事が出来るのだろうか。彼女は涙でぐちゃぐちゃになった顔で必死に笑おうとするが、やはりそれは歪な笑顔になってしまった。
桜は散り続ける。
「あんな…最期に1つ、莉子に言いたい事があんねや」
最期だと彼は言う。
もう自分の生は仕舞いなのだと。
震えて上手く出せない声の代わりに莉子は歪な笑顔で首を傾げた。涙が新たな道筋をつくる。
「わいな…わい」
ひゅーひゅーと呼吸する度に鳴る喉。けれど次の言葉はとてもハッキリと聞こえた。
「メロンパンになりたかったんや…!」
**********
「…と言う夢をみた、と」
「そうよ!だからバカツダ1発殴らせなさい!」
呆れ顔の定正をしり目に銀平を盾にしている予蔦に、じりじりとにじりよる莉子。
「ちゅーかわい何も悪ぅないやんッ!」
確かに予蔦が何かした訳ではない。が、その夢で飛び起きた莉子にかけた予蔦の最初の一声が悪かった。
「あんた、こっちがどれだけ怖くて嫌な思いをしたか…っ!しかも!ああああ本っ当ーに腹立つ!」
「あー。まぁ確かにそこで『メロンパンになりたかった』ってのはねえ」
「テっ、テーセっ!?」
「でしょ!?そうでしょ!?しかも私がそこで飛び起きた直後に『メロンパンないん?』よ!?あんたの頭ん中はメロンパンしかないわけ!?」
「あー…それはそれは。じょうさんがご立腹なのも…」
味方だと思っていた定正のまさかの寝返りにますます逃げ場がなくなる予蔦。
「ぎ、ぎんぺーはわいの味方やんな…?な!?」
これは誰がみても(恐らく、多分)理不尽な話。仲間きっての常識人である銀平ならきっと味方だろうと信じていた。
「夢は夢。」
「銀平っ!」
そうキッパリと言いきった銀平は予蔦にとって救いの神となった。輝く銀平。鋼の銀平。ぺっかぺかと輝き過ぎて直視出来んへんNA☆ほーれみてみい莉子、わいは悪ぅない!あかん、わい嬉しゅーて目から塩水出てきよった…!と、小躍りしたのも束の間それは次の言葉で打ち砕かれた。
「でも俺はいつもマスターの味方」
「ぎんぺえええええええええ!」
「銀平良い子!」
ぎゃいぎゃいと騒ぐ3人を眺めていた定正は面倒くさそうにソファーから立ち上がると、欠伸をしながらさりげなく予蔦の背後にまわった。
「つださん、ここは大人しく殴られといたらどーです?ほら、ミックスオレならそこにありますし」
顎でキッチンのカウンターに置いてある缶ジュースを指しながら腕はいつの間にか予蔦をしかと確保している。
「ひっど!テーセーひっど!無実のわいをいやー!そんな羽交い締めにしくさってー!えっちー!テーセーのえっちー!」
「あーはいはい。」
拘束から抜け出そうとじたばたするも力では定正には到底敵わない。半ばやけくそになりながら「むっつりすけべー!」やら「細マッチョー!」やら「モーヒドーリアーン!」やら訳の分からない単語をひたすら連呼する。その後ろで定正が素敵な笑顔を浮かべているのは当然予蔦には見えないわけで。
「じょうさん。1発と言わず2、3発いって良いんじゃないですか?」
「あだだテーセー様すんませんんんん!!」
心なしか、いや、確実に絞め付けもキツくなっている。
「任せて定正。それじゃあ歯ぁくいしばんなさい…!残す言葉はある?」
「どーせメロンパンですよ」
珍しい定正の嘲笑顔。
「そうね」
「ちゃうが…なっ!?」
直後に響くは乾いた破裂音と奇声。
原型に戻れば逃げれるのに…と銀平は一人心の中で呟いたとか。
今日も莉子宅はみんな楽しく愉快に暮らしています。
vie
quotidienne
(あれー?よっつんどしたの?)
(うのぉ…聞いてくれんかわいの悲劇を…!)
(何々ー、メロンパン売り切れてたの?)
(メロンパンちゃうがなっ!)
2011.4.16