前半グロ注意です。苦手な人はお気をつけください。





 色は赤、香りは鉄。
 世界の流れはスローモーションだった。


 目の前には返り血に染まった見知らぬ長身の男と切り刻まれ引きちぎられる人物…そうだ、あれは母。既に声とは言い難い音が鼓膜を震わす。母の声とはこんなのであっただろうか。
 僕は何をすると言う訳でもなくペタンと赤く生暖かい床に座り込み、ただただその光景を見ている。

 ぶちゅり、ぶちゅり

 「…っ…」
 言葉を発することも満足に出来ない自分。
 獣のように息を荒くし目の前の獲物を千切る男。
 その男の手で肉塊と成り果て千切られる母。
 ほんの少し前までは自分に優しく語りかけていた、そして今は肉片の山となった父。

 何かおかしい…
 (たすけてお父さん)

 何がおかしい?
 (たすけてお母さん)

 すべてがおかしい。
 (たすけて――…)


 ふと気付くと先程まで聞こえていた音はなくなっていた。 「ぁあーぁあぁ〜。終わぁっちゃぁったぁぁぁぁ…」
 血溜まりの中つまらなそうに獣はゆらりと立ち上がった。
 その足元にはヒトの形でなくなった大好きなヒト。あまり傷付けられていない頭部と、骨、大量の肉片に解体された母。その母と目があった。いつも優しげに細められていた目は見たこともないくらいに大きく見開かれていて、その濁った瞳にはもう自分が映ることはない。

 …せ。
 (…してよ)

 その想いは音にならない。

 返せ。
 (かえしてよ)

 音にならない故にその想いは相手に伝わらない。

 返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ
 (ぼくのお父さんをぼくのお母さんをみんなみんなかえしてかえしてかえしてかえしてよっ)

 どんなに想ったってこの叫びは

 「返して欲しぃいい?」

 「っ!」
 一言も声に、音にすらならなかった筈なのに。偶然か、それともエスパーか。全身が粟立ちいきなり無重力空間に放り込まれたような感覚に陥る。
 ニタニタと気味の悪い笑みを顔に貼りつけ鉄臭さを纏いながらこちらに一歩、また一歩と近付いてくる獣。
 「もぅ一回ぃい、肉を集めてくっつけてみればぁああ生き返る。かも、ねぇぇぇぇえぇええ?ひひ…きひひひひひっ」
 こちらを底冷えさせるような笑顔、そして酷く不安定で不快で気味の悪い耳を塞ぎたくなるような声を発しながらそこかしこに落ちている肉片を手に取ると、ぼたぼたと細かいそれを僕の目の前に集め積んでいく。
 「ほらほらぁあちゃあぁんと手に、持っ・てぇぇぇぇえ?」
 首を傾げニタァアと顔に三日月を浮かべると獣はその肉片を自分の手に握らせた。
 「ひひっ」
 「っかぁ…さ…」
 
 「きひ、ぎゅぅぅうううっとねぇぇえ?」
 「ふ……ぁ…ぁあ」
 獣の手に捕らわれた自分の手が母を握り潰していく。ぶるぶると震える小さな手の指と指の間からぐちゅり。と肉が顔を出した。
 「ひ……やぁっ…ぅっ」
 「あーあぁぁぁあ溢しちゃったらダ・メ。でしょおぉぉぉお?きひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃっ」
 鼓動は速さを増すばかりで酸素を取り込んでいる筈なのに苦しい。呼吸の仕方が分からなくなる。身体の震えが止まらなくてむしろどんどん大きくなって頭が痛くて気持ちが悪くて気持ちが悪くて気持ちが、悪くて、それでも、この悪夢、は、覚め、な、く、て。
 「あぁぁあーぁ…涙に鼻汁に唾液にぃぃ…ばぁぁっちぃい子供、だ。ねぇえええええ?くひっ、くひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃっ!」
 至極愉快そうな笑い声が大音量で頭の中に反響する。
 血と肉にまみれた忌まわしき手が僕の頬を擦って、血が、肉が僕の顔、に、母さ、父―…



 「っああああああああああああああああっ!!」
 「っ!」
 天井の照明に薄明かりが灯っているのが目に入った。
 ひゅーひゅーとなく喉を落ち着かせようとするが違和感に気付く。何故か腹の上が、重い。何故?視界を下方に滑らす。
 「……………な、何やってるんスか?アマリネさん…」
 「やっほいフレーくん。ダーイジョーオブー?」
 そこにはいつものふざけたマスクをつけ、自分に馬乗りになっているアマリネがいた。
 「……や、あの…えと、重いんスけど…」
 「あっは!ご・めーん☆ぃやーさー、部屋の前通りかかったらフレーくんが魘されてるの聞こえちゃってー。取り敢えず部屋にしんにゅーしたは良ーけどどーしたもんかねと。僕も色々考えてたーんだよ〜」
 「…人の上に馬乗りになってっスか…?」
 しかも普通に鍵は閉めてあった筈っスよ?とは言わない。相手は透鬼だ。
 「んっふふ、ボインちゃんになーっとけば良かったかなぁ。今からどー?なっとくなっとくー?」
 「や、遠慮しとくっス」
 うきうきと提案してくるアマリネにご遠慮申し上げると「そ?ざーんねんっ」と全然残念そうになく返ってきた。

 「大丈夫?またあの時の…?」
 やっと人の上から退き、ベッドの縁に腰掛けたアマリネは今までとは全く別の雰囲気でこちらの顔を覗き込んできた。いつの間にかマスクの柄も変わっている。
 「…えぇ、まぁ」
 あの夢は実際10年前に起こった事で自分が綾鬼に関わるきっかけになった出来事だった。あの直後、ある任務中だったらしいアマリネに助けられた。
 「…」
 「ほらフレーくーん!気分てーんかーん☆んふふふふふーいーまーなーらぁ、リネさんが手取り足取りイイ事教えてあげちゃうヨー!さぁーあサイズはどんなが良いッ!?まないたきょにゅー?それともまさかのきょこ」
 「だああああっだ、だからっ!遠慮っスってばー!」
 また一瞬で雰囲気を変えると、んふふふふと人の頭やら頬やらをぐしゃぐしゃとかき乱し始める。本当に掴めない人だ。
 ふいにそれがぴたりと止まる。
 「ねぇフレーくん。寝るのが怖いのは分かるけどさ、研究に没頭し過ぎて寝ないのはダメだよ?それでフレーくんが身体壊したりしちゃったらリネさん悲しくて溶けちゃう」
 また雰囲気の変わったアマリネはまるで唯一の愛する家族を亡くしてしまうかのように溢す。
 「えっ……あ…はい。ごめんなさいっス…」
 それが例え仮面なのかも知れないと思ったとしても、この言葉以外の返事を出来る者はほとんど居ないだろう。それほどまでに今のアマリネは儚く脆く、切なかった。
 「研究を早く完成させたいフレーくんの気持ちもリネさんは分かるつもりだよ?」
 その声は静かで落ち着いていて、すんなりと心に染み入ってくる。
 「でもさ、もしそれでフレーくんが研究出来なくなっちゃったら代わりにそれは誰がやるの?私は君以外にそれを成し遂げれる人がいるとは思えないよ…。だからさ」
 優しくて、心地よくて、だんだんと意識がふわふわしてきて…。
 「今はちゃんと」
 母に抱かれてるかのような、そんな感覚の中で瞼は自然と下がってくる。
 「おやすみ」
 囁いたその人のマスクの下で、何故か一筋涙が頬をつたった気がしたが、それを確かめる術もなく意識を手放した。


 「今度は良い夢を…」

 そうフレイの頭を撫で優しく唱えたアマリネ。

 その頬は確かに濡れていた。






**********

'10.8.30


その他 企画っ子のフレイとアマリネのお話でした。フレイの肉嫌いの理由を書きたかった

アマリネとフレイ、お互いなんか親子のような何と言うか不思議な関係で繋がってたりします




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