目先の事、己の事しか考えれぬ愚劣な人間共が
貴様らの種など滅ぼしてくれる…っ
全ての大地を揺るがす怒りと深淵まで凍り付いた悲しみが世界を覆った。
***********
「…………」
隣で静かな呼吸を繰り返すのは以前…遠い遠い昔、誇り高く猛々しい、神と呼ばれた一族の青年。
青年は独り、永い間、破れた世界と言う異空間に閉じ込められていた。
そんな彼をその檻から救いだしたのは、奇しくも昔彼が滅ぼそうとした人間だった。
「………――」
自らの口から溢れるは遠い昔の彼の名。しかし今、この世にはその名で振り返ってくれる者はいない。
幸か不幸か彼は変わった。
「………、っっ!?」
ビクリと身体を震わせ、眠っていた青年が跳ね起きる。
「っよ、陽陰さんっ…すすいません、よよよよっかかったり…なんかしてっ…!」
すかさず距離をとり、こちらの様子を上目遣いで窺う。びくびくと…まるで小動物のように。
自分と彼は昔、想い想われる仲だった。それなのに…その距離と反応が、ただただ苦しい。
「白雨ー!そんな事言うなよなー!」
しょうがない。彼は覚えてはいないのだ。
『白雨』と人間に名付けられた彼。本当なら俺は『白雨』なんて名で呼びたくないんだ。
困ったように視線を泳がす想い人。
「お前は俺に気を使わなくて良いし…それに、『さん』だっていらないって言ったろー?」
「えと…それは……」
俯いてどう言おうか、いや、何を言おうか悩んでいるのだろう。彼の長い髪が一房落ちる。
「まぁ、俺には構えないでくれってことだよ」
ぽん、とその悩む頭にふれたかった。が、彼がビクつくのは目に見えている。そんなこと…出来ない。
「じゃーな!またちょっと外行ってくるわ」
「………は、い」
返事をしてくれた彼の顔を見る事なくその場から飛び立つ。
まだ大丈夫
まだ待てる
だって俺は、あれほどまでに永い時間を待てていたのだから――
白時常雨・終