満天の星空の下、シュリは一人膝を抱えていた。
 手持ちポケモンは全員、ポケモンセンターで休んでいる。

 今日、ポケモントレーナーになって初めて敗北を知った。
 接戦だった。お互い最後の1体で、それがドダイトスになったばかりのイツキと相手のデリバードだった。
 一瞬降参しようかとの考えも頭をよぎったが、イツキは臆しもせず、いつも通りフィールドに立った。だから…。

 甘かった。氷タイプの技をやられたら4倍のダメージをうけること、ましてや相手の持ちタイプにより、それプラス1.5倍になることは百も承知だった。それでも自分は挑んだ。
 その結果がこれだ。

 未だイツキは目覚めない。


 「っ…!」
 泣くな。泣くな泣くな泣くな。泣いちゃいけない。私が泣いて良い事じゃない。
 もっと勉強して、もっと経験を積んで、もっともっと強くならなくちゃ。それが私についてきてくれる皆への…。
 皆への……。


 パキり。

 小枝がおれる音に反射的に振り返る。暗闇の中、草むらがガサガサと音をたてる。
 「っ…!?」
 ヤバい。今野生のポケモンが出てきたら…!

 「何だ、こんなトコにいのか」

 「イツ…キ?」

 暗闇から現れたのは、イツキだった。完全に傷が癒えてないのか、僅かに歩き方がぎこちない。
 何で…?
 その言葉は音にならない。
 「あ?なんだよその顔ー!人を幽霊みたいに」
 いつもと変わらない表情、声、仕草でシュリの隣に腰をおろす。
 だって、あんなにダメージを受けて…。
 「つーか手持ち全部預けたんなら、ポケセンにいろよなー。野生のが襲って来たらどうすんだよ?」
 先程まで微動だにせず眠っていた彼は、今、隣で頬を膨らませている。
 「イツ…ケガは…」
 「シュリは人間なんだからよー、怪我したら大変だろ?オレらはポケモンだから平気だけど」
 シュリの言葉を遮り話を続ける。
 「だからお前は絶対怪我とかすんなよ?シュリが怪我したらミヤビとかに何されるか――」

 「っ平気なわけないっ!!」

 悲痛な声が響く。
 今度はシュリがイツキの言葉を遮った。
 「平気なわけないじゃない!!だって攻撃を受けるんだよ!?ケガしてるじゃん!意識だって無くなっちゃったじゃない…っ!」
 イツキのオレンジ色をした瞳が驚きを隠せず、シュリを見つめる。
 「っ雷吼だって冴葉だって橘華だってミヤビだってスメラギだって!…イツキだって!…イツキなんかさっきまでっ」
 ダメだ止まれ。泣くな。さっきは我慢出来たじゃない。


 ……無理だ。どうあがいても涙が溢れる。

 「平気なんだよ」

 ぽん。と頭の上に男の子としては小さめな手が置かれる。
 「シュリが思うほどオレら、やわじゃねーって!」
 優しく細められたオレンジの瞳がシュリをうつす。
 ふと、イツキは太陽みたいだ。と思った。
 瞬間、かぁっと自分の頬が熱を持ったのに我にかえる。それを知られまいと反射的に勢いよくうつむいた。
 「…っ!」
 な、何可笑しなこと考えてるんだろう。しかも、急にうつむいちゃってるし。暗いんだから、多分気付かれないだろうに。
 「シュリ?」
 「な、何でもない!」
 「腹でも壊したか?」
 怪訝そうにイツキが覗き込んでくる。暗いし大丈夫。頬が赤いのくらい気付かれない。
 「な、何でもないってば!それより原型に戻ったら!?やっぱりまだ疲れるでしょ!?そう言えばさっき歩き方なんか変だったし!」
 「っえ!?べ、別にそんなんじゃねーよ!」
 ぎょっとしたのが空気で分かった。
 確信は無かったけど、今持った。この反応、絶対人型はまだしんどいんだ!
 しめた、と言わんばかりにまくし立てる。
 「へ・ん・だ・っ・た・!私相手に強がんないでよ!そんくらい分かるんだから!ほら、とっとと原型に戻る!」
 「い、いきなりなんだよ…」
 たじろぐイツキ。
 「ほらほら早くっ!戻る戻るっ!」
 「だあああああっ分かったよ!戻る!ありがたく戻らせてもらうって!」
 「分かればよろしい!」
 「ちぇー何なんだよ」
 イツキはぶつぶつと不満そうにしながら原型に姿を変えた。その姿は、ドダイトスの標準サイズよりやっぱり少し小さい。
 「かっこわりー」
 ぽつりと小さいドダイトスはこぼした。
 「へ?」
 顔を見ようとしたけれど、その顔はそっぽをむかれていて表情が見えない。
 「オレさ、もっともっと強くなるからさ…。そりゃあ、もう進化はしねーけど…」
 そっぽむいたドダイトスは続ける。
 「相手が飛行だろうが氷だろうが何だろうが、もう絶対負けない、シュリのチームの柱になるから。だから…」


 「だから―――――」




*********

 「んー…」
 意識と視界がハッキリとしてくる。
 「シュリ!?」
 雷吼が、橘華がスメラギが冴葉がミヤビが、みんな心配そうにシュリを囲み、覗き込んでいた。
 「ほ?何?」
 何で皆そんな…。状況がつかめない。
 「大丈夫か?シュリ」
 雷吼が気遣わしげに額に手を当ててくる。
 「へっ?大丈夫だよ!何、どうしたの??」
 「シュリちゃーんっ!心配したんだよーっ?崖から落ちちゃうんだもーんっ」
 半泣きの橘華が抱きついてくる。その隣でスメラギも口をパクパクさせて目に涙を溜めている。
 「そっか、私ウリムー追っかけてて崖から落ちたのか…。そんで」
 どうやら夢を見ていたらしい。もう何年か前になる、懐かしい夢を。
 「皆、心配かけちゃってごめんね。イツキは?」
 橘華を首にくっつけたまま辺りを見渡すと、そこに仁王立ちしているイツキと目があった。心なしか目と鼻の頭が赤い。

 「こっの、バカシュリ―――――っっ!!」

 「っっ!?」
 シュリは勿論のこと、その場にいる全員が驚きイツキを凝視する。
 「だから突っ走るなっていつも言ってんだろ!?何でいつも一人で行くんだよ!!お前は人間なんだから――」
 「うん、ごめん。」
 イツキにバカ呼ばわりされたのに、自分でも驚くほど素直に謝罪の言葉が出てきた。
 「は?」
 イツキも周りの皆も、予想していたシュリの反応とは真逆の言葉に目を丸くして固まっている。
 シュリはそんな周囲を気にも止めず立ち上がり、自分と同じくらいのイツキを抱き締めた。
 「ごめんね、イツキ。ありがとう」
 「なっなっなっ〜〜〜〜!!」
 イツキの顔がみるみる茹でダコのように赤くなる。
 反対に雷吼と冴葉、スメラギはやや青ざめ、橘華は目を輝かせる。そしてミヤビは目を光らせた。

 「シュリ―――――っっ!!」 

 その叫びはイツキか雷吼か、はたまた冴葉か。
 その後の混乱とイツキへの周囲からの仕打ちは言うまでもなく、シュリの頭は当分心配されたのだった。



***********


 もう絶対負けない、シュリのチームの柱になるから。だから…

 だから

 ヒトリになるな。


 オレはずっとずっと、何があってもシュリの隣を歩くから。






* * * 終 * *





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